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9. 謎の使者の正体

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「僕の名前は、シオン・デートルド」 
「!」

  そう名乗った彼の名前を聞いて、やっぱり……と思った。
  ──デートルド。
  この国の名前を名乗れるこの方は……
  陛下の子でありながらも側妃の子であるため、王位継承権を持たない第一王子、シオン殿下。
  つまり、エイダン様の異母兄にあたる。

  (なぜ、彼が……ここに?  そしてなぜ私に求婚したの?)

  そのことに気を取られたものの、殿下が我が家に使者のフリをしてやって来ている……
  私は顔を知らなかったばかりか、殿下に向かって生意気な口と態度を取ってしまっていた。
  まずはそのことを謝らなくては!
  ハッとした私は慌てて頭を下げた。
  
「殿下、申し訳ございませ……」
「あー……そういうのはいいから。硬っ苦しいの好きではないんだよね。だから顔を上げて?」
「……!」

  殿下はそう言って私の謝罪を止めると顔も上げさせる。
  おそるおそる私が顔を上げると殿下は少し申し訳なさそうに言った。

「それにフードこれで顔を隠していた僕も悪いからね。君が警戒するのも当然だ」
「殿下……」
「こちらこそ、申し訳なかった」

  母親は違うと言っても、兄弟なだけあってやっぱりエイダン様と顔はよく似ている。
  フードを被らずにやって来ていたら、私もすぐにあれ?  と思ったかもしれない。

  (国王陛下の側妃の息子……でありながらでもあるシオン殿下……)

  お父様から以前、話に聞いた所によると、国王陛下は慣例に倣って正妃を公爵家の令嬢(我が家とは別の家)から娶った。でも、それからほぼ間を置かずに側妃を迎え入れている。
  お父様曰く、それには“色々あった”らしいけれど、私は詳しくは知らない。
  だけど、正妃と側妃がほぼ同時に迎え入れられただけでなく、先に子を懐妊したのは側妃の方だった───

   (そこに複雑なものが絡んでいるのは想像にかたくない)

  そのせいか……エイダン様はシオン殿下の事は滅多に口にされなかった。というよりも、話題にする事を嫌がっていた節がある。
  第一王子だけど側妃の子のため継承権を持たない王子と、弟だけど正妃の子のため王太子となったエイダン様……

  (何が皮肉って国王陛下の側妃様は“男爵家”の出身なのよねぇ……)

  陛下からすれば、自分は、おそらく恋人だった男爵令嬢を側妃にして、公爵家から正妃を迎えたのに、息子のエイダン様は無理を押し切って真逆なことをしようとしているのだから、それはそれは頭が痛い事でしょうねぇ……

  (陛下がエイダン様を強く咎められないのは、そういう背景があるからかな、と私は勝手に思っているけれど……)

  それよりも。
  まさか、シオン殿下が現れるなんて思ってもみなかった。
  王子としての地位は与えられているものの複雑な立場であるシオン殿下は……

「……殿下は留学されていた、と聞いています」
「うん、その通りだよ。これまでも度々、帰国はしていたけど、基本的には色々と各国を転々としていたね。今回、帰って来たのは一週間くらい前、かな」
「そうでしたか……」

  殿下は頷きながらそう言った。

「でも、今回、帰国したら何だかややこしい事になっていて驚いた」
「あ……」
エイダンが長年の婚約者だった公爵令嬢に婚約破棄を突き付けたと思ったら、やっぱり側妃にする!  と言い出している、と聞いてね」
「そう……ですね」

  それは驚くでしょうねぇ……

「なんでそんな事に?  と思って様子を窺っていたら、エイダンの恋人?  の男爵令嬢はなかなかの……うん、まぁ……」
「……」

  シオン殿下は何やら言葉を濁しているけれど、ベリンダ嬢はいったい何を……と思わされた。

「ちょっと男爵令嬢が身分の問題だけでなく色々と困った感じだから、君への婚約破棄を撤回して連れ戻す……だけど、正妃になるには相応しくない振る舞い?  をしていたから側妃に……という話を聞いて……」
「……聞いて、どう思われた、のですか?」

  私がおそるおそる訊ねると、シオン殿下は何とも言えない表情になって言った。

「全く意味が分からなかった!  何だそれは、と思ったよ。だって身勝手すぎるだろう?」
「っ!」
「それに、色々話がおかしい」

  王宮の関係者で初めて“おかしい”と思ってくれる人が現れた事に、私は純粋に驚いた。

「ついでにエイダンが苛立ちのせいかな?  日に日に荒れていっていてね」
「それは私が……登城しないからでしょうか?」

  シオン殿下は頷く。

「そうだろうね。……でも仮病でもなんでも言い訳して来なくて正解だったと思うよ。エイダンは君が来たら逃がさないつもりだと話しているのを聞いたからね」
「!」

  私がそう思った事は間違いではなかったのだと分かりゾッとした。
  単なる時間稼ぎにしかならなかった小細工でも意味はあったみたい。

「領地に戻るかもしれないという事も警戒していた。その時は視察と称して領地に行くか……とも言っていたね」
「えっ!」
「それで、そろそろ君が……リュドヴィク公爵令嬢の身が危険な気がして今日、君の元を訪ねる事にした……というわけなんだけど」
「あの?  ……エイダン様が殿下をここに寄越した、のですか?」

  二人は仲は良くないはずだ。疎遠といってもいいくらい。
  だからエイダン様がシオン殿下に頼み事をするとは思えない。

  殿下は首を振る。

「違う違う。僕は本日、ここに来るはずだった使者にちょっと強引に代わってもらっただけ。ほら、これでも一応、王子だからね」
「あ、そういう……」

  なるほど……と、思った。

「それに使者たちが語る“フレイヤ様”に会ってみたかった」
「使者たちが語る私……?  ですか?」
「そう。君の仮病にあっさり騙されていたこれまでの使者たちだよ」

  殿下はそう口にしながらも、何かを思い出したかのように笑っている。

「もともと“フレイヤ・リュドヴィク公爵令嬢”の事は知っていたし興味深いと思っていたけれど……ね」
「殿下?」
「想像していたよりも……」

  そこまで言った殿下はじっと私を見つめる。その視線になぜか胸がドキッとした。

「いたよりも……な、何ですか!?」

  私のその質問に、少し驚いた顔をした殿下は今度は小さく笑いながら言った。

「ははは……さっきも言っただろう?  可愛らしくて素直だな、と」
「っっ!?」
  
  とんでもない破壊力のある笑顔とその言葉に腰を抜かしそうになった。

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