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8. 仮病がバレまして
しおりを挟むフードのせいで顔が見えない使者からの無言の視線を感じた。
(表情は分からないけれど、すごく見られている……!)
やがて、彼は静かに口を開いた。
「それでフレイヤ様、本日もお加減がよろしくないとの事ですが……」
(───来たわね! もう毎日毎日、聞き飽きた言葉だわ)
なので、私もいつもと同じ言葉を返す。
ただし、今日はいつもより感情を込めてみる事にした。
「え、ええ……そうなの……」
「困りましたね……王太子殿下が王宮でフレイヤ様をお待ちなのですが」
(知ってるわよ!)
内心で突っ込みを入れながら私は申し訳なさそうな表情で目を伏せた。
「…………申し訳ないですけれど、この体調ではとても……うっ……」
今日の私の仮病も胸痛なので、私は胸を抑えて苦しそうなフリをする。
いつもならここで使者は慌て出すのだけど、今日の使者は慌てたりせず冷静だった。
(……やっぱり! この人、これまでの人とは反応が違うわ)
「なるほど……」
目の前のフードの使者が小さな声でそう呟いたと思ったら、カレンに視線を向けた。
「さすが、リュドヴィク公爵家の使用人たちですね。見事な技術です。これはすっかり騙されてしまいますね、それに……」
彼の視線が私に戻った。
「───っ!」
技術──使者のその言葉を聞いて、私は演技ではなく本気で青くなった。
慌てて下を向く。
バレている……これ、もしかしなくても全部仮病だとバレている?
(もしかして……エイダン様……ついに痺れを切らしていつもとは違ってチョロくない使者を送って来やがったの!?)
それだけ向こうも本気だという事なのか。
「フレイヤ様自身が迫真の演技をされていますしね」
「……っ」
演技───はっきりと口にされてしまった。
(なぜ、バレたの?)
もしかすると、私の知っている人なのかしら? とも思ったけれど、顔が見えないから目の前のこの人が誰なのか分からない。
エイダン様の側近の一人? でも、それならこれまで何度も面識はあったのだから、私に分からないはずがない。少なくともこんな声の側近は知らない。
「……」
「……」
私は何も言えず、沈黙する事しか出来なかった。
だって下手に口を開けば揚げ足を取られかねない。
だけど、相手もフードの向こうからじっと私を見るだけでそれ以上の言葉を発しない。
おかげで私の部屋の中はとんでもない緊張感に包まれてしまった。
「────フレイヤ様にお聞きしたいのですが」
やがて、沈黙を破り口を開いたのは、謎のフードの使者の方だった。
どこでバレたのかは分からないけれど、もう病気が演技だとバレているなら下を向く必要は無いわね……と思い顔を上げた。
こうなったら堂々と召喚の要求を突っぱねてさっさとお帰り頂くしかないわ!
なので、開き直った私はいつもの私の態度でその者に聞き返す。
「──聞きたいこと? 何かしら?」
「……」
私が開き直ったのが分かったからか、謎の使者は軽く吹き出した。
……なんだか、失礼ね!
「ケホッ………いや、失礼しました。フレイヤ様は聞いていた話よりも可愛らしくて素直な方なのだなと思いまして」
「!?」
なんなのこの使者は!
内心ではムッとしけれど、ここは大人の対応をと思い、私はにっこり笑って聞き返す。
「どなたからの噂かしら?」
「え? それはもちろん、エイ……王太子殿下でございます」
「…………そう」
私を性悪だの傲慢だのと公の場で呼んだエイダン様は、どうやら他の人にも散々悪口を言いふらしているようね……
「フレイヤ様。あなたはそうまでして王太子殿下の要求を拒否されたいのですか?」
「……そう、とは?」
「もちろん、今のような病気のフリですよ」
「……」
私は少し間を置いてから答える。
「愚問ね! あなたもエイダン様の命令でここに来ているのなら、私が彼に何をされたか知っているのでしょう?」
「……話に聞いただけですが」
「あのような仕打ちをしておいて、今度は手のひらを返して戻って来い、よ? それも、仕事をさせる為だけの要因として、ね。これ、あなたなら許せます?」
私は謎のフードの使者にぐいぐい迫る。
「……許せませんね」
(───え?)
謎のフードの使者は静かに首を横に振りながらも、はっきりとそう口にする。
てっきり、エイダン様の擁護をすると思っていたので私は純粋に驚いた。
「───なるほど……本当に話に聞いていた通りだ」
「は?」
「フレイヤ様。あなたはこの先、どうされるおつもりですか?」
「……」
「このまま仮病を続けても、ただの時間稼ぎにしかならないことはお分かりのはずですよね?」
「───そうね」
そんな事は言われなくても分かっているわ。
という目で私は顔の見えない彼に向かって睨んでみる。
「フレイヤ様、一つ忠告です。領地に戻っても王太子殿下は必ず後を追って来ますよ」
「え?」
「王太子殿下は基本面倒くさがりなので、今はこうして迎えの役目を代理の者たちに頼んでいますが、そのうち痺れを切らして本人がフレイヤ様の前に現れる可能性もあります」
「……」
「その時、公爵家の者はあなたを王太子殿下から護れますか?」
「……」
嫌なことを突いてくる人だわ。だけど、言っていることは間違っていない。
「なら、私にどうしろと?」
私が聞き返すと謎の使者は口元だけ笑みを浮かべて言った。
「───そういうわけでして、提案です。フレイヤ様、僕の婚約者になりませんか?」
「……は、い?」
この謎のフードの使者、何を言い出したの? 婚約者になりませんかですって?
びっくりして私は固まった。
「あなたが他の男性のものになれば、王太子殿下の抱いている野望は砕かれることになりますよね?」
「……それは、その通り……だけど」
(この人は何なの? エイダン様に命じられてここに来ているのではないの?)
私の頭の中は混乱した。
何故、この人はエイダン様の計画を邪魔する様な事を口にしている?
確かに私に新しい婚約者がいれば、側妃にする事は出来なくなる。
お父様もそう思ってどうにかしようとしていた。
でも、それには相手以前に問題が山積みで……
(あなたが私の婚約者になっても、エイダン様に潰されたら意味が無いのよ!)
それに、こんな胡散臭い人の話に……はい、そうですか! と、簡単に頷けるはずがないわ!
そう思った私は謎の使者に向かって強めの口調で告げる。
「突然、何を言っているのかしら? そもそも、あなたどこの誰なの? フードも取らないで顔を見せないような人の言うことを信用できると思って?」
彼は、私の言葉に驚いたのか、直ぐに私に向かって頭を下げた。
「そうでした……申し訳ございません」
「……」
「あまり、この顔をむやみやたらと晒すのは良くないとされているもので……」
「良くない?」
「そうなんですよ」
そう言って謎の使者はフードを脱いで素顔を見せた。
「エッ……!」
私が小さく叫び声を上げると彼は小さく笑った。
「ははは。いつも皆、そんな反応をするんだ」
(どうして……)
その素顔を見てようやく彼が誰なのか分かった。
これまで直接、会ったことは無かったけれど、存在を知ってはいた。
彼は……
「改めて……初めまして、かな? フレイヤ・リュドヴィク公爵令嬢。君とは会ってみたいとずっと思っていたんだ」
そう言ってにっこり笑った彼の顔は、国王陛下とエイダン様によく似ていた────
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