30 / 30
30. この先の未来を
しおりを挟む今、思い返しても、幼い頃の私は酷く我儘で随分と自分勝手な子供だった。
そんな私をエドワード様だけがはっきりと叱ってくれた。
『そんな事ばっかり言っていると、いつか自分に返ってくるぞ』
そんな事を言うエドワード様の事、最初は嫌いだった。
他の人と違って私の言う事も聞いてくれない。口を開けばお小言ばっかり。
エドワード様だって、嫌々私に付き合っていたんじゃないかと思う。
だけど、ある日エドワード様は無茶な事をしようした私を庇って助けてちょっとした怪我を負った。
『だから危ないと言っただろ! アリーチェに怪我は無いか?』
『……無い』
『なら、良かったよ。全く……もうこんな事したらダメだぞ』
てっきりいつもみたいに頭ごなしに叱られると思ったのに、怒られるどころか心配された。
そんなエドワード様を見ていたら私は何故か涙が出て来てわんわん大泣きしながら謝った。
当時の私がこんな風に素直に謝るなんてかなりの衝撃的な出来事だった。
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
『何だよ。ちゃんと謝れるんじゃないか』
『……』
優しく頭を撫でられた。こんなの初めてだった。
たったそれだけ。
──それでも。
その日以降、私の中でエドワード様が嫌いから大好きに変わって……
エドワード様も私が大人しくなると同時に優しくしてくれるようになった。
ううん、多分……私が分かっていなかっただけで、エドワード様は最初から私に優しかった──……
────……
「エド様、この傷……残っていたんですね」
「え?」
相変わらず看病と称してニフラム伯爵家に通う私。今度はイリーナ様に切られた傷の看病だ。
私を庇って負傷したエドワード様の腕の包帯を替えている時だった。今回の傷とは違う古い傷痕をエドワード様の身体に見つけて思い出した。
「あぁ、昔の……そう言えばあの時もアリーチェを庇ったんだったな。大した傷でもないから特に誰にも言ってないが」
「……」
「? 何でそんな顔をしてるんだ?」
「だって……」
私が昔の反省すべき自分を思い出して、泣きそうな顔になった事に気付いたエドワード様がそっと私を抱き寄せると耳元で言った。
「ははは、あの時のアリーチェ、大泣きしてたよな。そんな泣き顔も可愛いと思ってたよ」
「!?」
あれを!? あの時の私が可愛いですって!?
びっくりして思わずエドワード様から離れる。
「エ、エド様って……」
「何だ?」
「い、いいえ……」
私は静かに首を横に振る。
──もしかしたら、私が思ってる以上に私の事を好きなのかもしれない。
そう思った。
「──アリーチェ。処分の話は聞いたか?」
包帯を替え終わり、服を着替えたエドワード様が私に訊ねる。
それは初耳だ。
(とうとう処分が決まったのかしら?)
「ケルニウス侯爵家、元、侯爵令嬢共に処分が決定したよ」
「……」
やはり処分の決定だった。
ようやく、と言うべきかとうとうと言うべきか……
「侯爵家は領地を半分以上没収の上、男爵にまで降爵となる」
「……男爵に?」
「あの女の異常さを分かってて何もしなかった罪は重いと殿下がな」
まぁ、どこまで何が出来たかは分からないけどな、とエドワード様は少し同情の気持ちを見せる。
「それで……イリーナ様は?」
「あの女は、刑務所だ」
「刑務所? 修道院ではなくて?」
エドワード様は無言で頷く。
「やらかした事柄が多すぎる。まずは本人に思い知らせる所からだろう、と」
「……その刑務所って」
「あぁ。北の監獄と呼ばれる所だよ。あの極寒の地」
貴族令嬢だった女性にはさぞかしキツい場所だろう。
でも、確かにそれくらいしないとイリーナ様には伝わらないのかもしれない。
「……これで、全部片付いたのですね」
「……」
「エド様?」
何故かエドワード様が真剣な顔をして黙り込む。
まだ、何かあったかしら?
聞きたい話も聞いたし、記憶も取り戻したエドワード様からはこれまでの事の説明と謝罪も充分過ぎるほど聞いたわ。
「……アリーチェ」
「?」
エドワード様が突然目の前で跪く。
そして、私の手を取るとそこにそっとキスを落とした。
「ずっと言えなかったんだ……この一言が」
「?」
「最初はただ恥ずかしくて。その後は……あんな事になってしまったから……いや、これは単なる言い訳だよなぁ……」
「??」
そこまで言って苦笑いしたエドワード様は大きく息を吸い込むと私の目を見つめて言った。
「アリーチェ。俺は誰よりも君を愛してる。改めて俺と結婚して欲しい。俺はアリーチェじゃなきゃ駄目なんだ」
「エド様……」
エドワード様の真剣な想いが伝わって来る。
「俺はもう間違えない! そして、例え何度記憶を失っても……俺はその度にアリーチェに恋をする!」
「……断定しちゃうんですね」
私が笑いながら訊ねると、エドワード様はハッキリと言った。
「だって、アリーチェ以外に恋をした事がないんだ」
「ふふ、一緒ですね?」
私もエドワード様しか好きになった事が無いもの。
そんな事を思いながらエドワード様にそっと抱き着く。
「大好きです、エドワード様」
「アリーチェ」
「たくさん間違えた分、たくさん幸せになりましょうね」
「…………あぁ」
エドワード様の口から発せられる「……あぁ」という言葉。
前はとても冷たく素っ気なく感じたのに。
今は違う……こんなにも温かい。
「アリーチェ、愛してるよ」
そう言ったエドワード様の顔が近付いてきたので、私はそっと瞳を閉じる。
(まるで結婚式の誓いのキスみたい)
そんな事を思っていると、待ち焦がれた暖かい唇が私の唇に触れる。
「……アリーチェ。俺のアリーチェ……」
「エド様……」
私の名前を愛しそうに大事そうに呼びながらエドワード様は私の事を抱き締める。
そんな私もエドワード様が愛しくてギュッと抱き締め返す。
しばらく私達は、そんな甘く優しい時間に酔いしれた。
──もしも、あの時、
私が“婚約破棄して下さい!”と口走らなかったら。
エドワード様が記憶喪失にならなかったら。
(きっと、この未来は無かった)
たくさん間違えて回り道をしながらも、ようやく辿り着いたこの時間を今度は失いたくない。
この先の未来は、あなたと二人で幸せに生きて行く──
~完~
✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼
ありがとうございました!
これで完結です。
ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました!
途中、ホラーかよ……と、なりかけましたが恋愛です。
間違いなく恋愛です!
主人公が記憶喪失になる話は前にも書いたので、ヒーローが記憶喪失になったらどうなるんだろ?
という思いから始めた話でしたが、最後までアリーチェとエドワードを温かく見守って下さり本当にありがとうございました。
こんなヒーローでしたが、アリーチェは大好きみたいなので。
いつもの事ですが、たくさんのお気に入り登録や感想、嬉しかったです。
要望のあった王太子殿下の話は……検討してみます。
(設定から練り直さないといけないので……)
次の話は、
新作? と呼んでいいのか分かりませんが、かつて書いた話の続編を始めてみました。
『続・転生したら悪役令嬢になったようですが、肝心のストーリーが分かりません!! ~聖女がやって来た!~』
続編なので前作読んでないと取っ付き難いかもしれませんが、もしよろしければ……!
また、しばらくお付き合い頂けたら嬉しいです。
本当に最後までお付き合い下さりありがとうございました!
( ⁎ᴗ_ᴗ⁎)ペコッ
40
お気に入りに追加
4,255
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(164件)
あなたにおすすめの小説
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。
和泉鷹央
恋愛
子爵令嬢サラは困っていた。
婚約者の王太子ロイズは、年下で病弱な幼馴染の侯爵令嬢レイニーをいつも優先する。
会話は幼馴染の相談ばかり。
自分をもっと知って欲しいとサラが不満を漏らすと、しまいには逆ギレされる始末。
いい加減、サラもロイズが嫌になりかけていた。
そんなある日、王太子になった祝いをサラの実家でするという約束は、毎度のごとくレイニーを持ち出してすっぽかされてしまう。
お客様も呼んであるのに最悪だわ。
そうぼやくサラの愚痴を聞くのは、いつも幼馴染のアルナルドの役割だ。
「殿下は幼馴染のレイニー様が私より大事だって言われるし、でもこれって浮気じゃないかしら?」
「君さえよければ、僕が悪者になるよ、サラ?」
隣国の帝国皇太子であるアルナルドは、もうすぐ十年の留学期間が終わる。
君さえよければ僕の国に来ないかい?
そう誘うのだった。
他の投稿サイトにも掲載しております。
4/20 帝国編開始します。
9/07 完結しました。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
結婚二年目、夫は離婚を告げました。
杉本凪咲
恋愛
「すまないエミリア、離婚してくれ」初恋の人で現夫のロイドは、唐突に私に告げた。追い打ちをかけるように公爵令嬢スイートが現れて、私に冤罪をかけて国外追放に処した。どうやらロイドはスイートと一緒になるつもりらしい。公爵家相手に為す術もなく刑に処される私。しかしその出来事が私の運命を変える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ありがとうございます(*´ω`*)
遅レスごめんなさいっっ!!
全然、今更なんかじゃないですよ!
いつもの事ですが、お読み下さりコメントまで……
ありがとうございます!
ハラハラドキドキと、少しの謎を散りばめつつ……
(途中ホラーになりかけましたが)
無事に最後までお届けする事が出来ました!
最後までお読み下さりありがとうございました(*・ω・)*_ _))ペコリ
スピンオフで、
王太子殿下の物語もただいま更新中です!
お時間のある時にでも併せて読んで貰えたら嬉しいです(o>ω<o)
ありがとうございました!