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7. 意味深な訪問者

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「イリーナ・ケルニウスですわ。本日は訪問の許可を頂きありがとうございます」
「こちらこそ、エドワードを気にしてくれてありがとう」

  伯爵家に現れたのは、ケルニウス侯爵家の令嬢、イリーナ様だった。

  (そんな気はしていた……していたわ!)

  私は打ちひしがれていた。
  心のどこかで令息であって欲しいと願ってしまっていたから。

「いえ、エドワード様が事故にあわれたと聞いて驚きましたわ。そのお話を聞くまでずっと心配していましたのよ。だって突然手紙のお返事が途絶えてしまったんですもの」
「あぁ、手紙。どうもエドワードはあなたと手紙を何通か送りあっていたそうだね」
「まぁ、伯爵様もご存知でしたのね。そうですわ……少しご縁がありまして」

  うふふ、と微笑むイリーナ様。

「ところで、そちらの方は……」

  イリーナ様がチラリと私の方に視線を向け訊ねる。

「エドワードの婚約者だ」
「初めまして。アリーチェ・オプラスと申します」

  伯爵様からの紹介を受けて私が挨拶に進み出る。
  イリーナ様と私に面識は無いので、本当に初めまして、だ。

「オプラス……伯爵家?  ……あぁ、あなたがそうでしたの!」
「……」
「聞いていましたわ。幼馴染の婚約者の事。へぇ、あなたが……ねぇ……ふふ」
「!」

  イリーナ様の私に向ける視線は、まるで私の全身を舐め回すかのような視線でそれが何だかとても気持ち悪い。
  それに、さっきから発している言葉からエドワード様との仲の良さをアピールして来ている気がする。

  (もしかして、わざと言っている?)

「それで、どうしてここにエドワード様の婚約者のアリーチェ様がおりますの?」
「アリーチェ嬢は、我が家に通って事故にあった後のエドワードの世話を焼いてくれているんだよ」
「まぁ、そうでしたの!  あぁ、婚約者ですものねぇ……ふふ…………必死なんですわね」

  ───ゾクッ

  イリーナ様は笑顔なのに、目が……目の奥が全然笑っていない。そして伯爵様には気付かれないように私に冷たい視線を送ってくる。
  完全に敵意むき出しだった。

  (記憶を失くす前のエドワード様とイリーナ様の関係っていったい……)

  少なくとも手紙のやり取りをしていたのは間違いない。なぜ……?
  そんなモヤッとした気持ちが生まれる。
 
  (ダメダメ!  先走らないって決めたでしょう!)

  そんな葛藤をしている内に、エドワード様の部屋の前に着いた。

「……アリーチェ様も同席されるんですの?」
「エドワードたっての希望なんだが」
「え!  エドワード様の……?」

  一瞬だけイリーナ様が動揺した。しかし、すぐに彼女は笑顔に変わる。それも、とても意味深な笑顔に。

「あぁ、そういう事なのですね。ふふ、エドワード様ったら……分かりましたわ。アリーチェ様も同席してくださって構いませんわ。その方が話が早いですものね」
「……?」

 




「エドワード様、ご無沙汰しております」
「……あぁ、君にも心配をかけてしまったようで、すまない。ケルニウス侯爵令嬢」

  エドワード様のその返しにイリーナ様の眉がピクリと反応する。
  けれど、それも一瞬の事ですぐに彼女は微笑みを浮かべる。

  (さっきからイリーナ様の表情の変化が凄い……いえ、怖い)

「まぁ、嫌ですわ。エドワード様ったら。そんな他人行儀のような呼び方やめてくださいな?  ……いつもの通りイリーナとお呼びくださいませ?」
「……」

  エドワード様はそれに対し答えない。
  イリーナ様もそこはあまり気にしていないのか、そのまま会話を続けた。

「それよりも驚きましたわ。事故だなんて!  怖いですわね」
「あぁ……」
「怪我はもう大丈夫なんですの?」
「あぁ……」

  エドワード様の返答が素っ気ない。
  まるで少し前のエドワード様と自分を見ているよう。

「んもう!  エドワード様ったら相変わらず素っ気ないですわね……酷いですわ」
「……そうだろうか?」
「えぇ。ですが、それがエドワード様なんですものね、うふふ」

  (あれ……?)

  どうやら、イリーナ様は素っ気ないエドワード様の態度が気にならないようだった。

「ほら、初めてお会いした時もー……」

  イリーナ様はこれでもかって言うほど、エドワード様との話を語っていた。
  エドワード様はそれを特に何の反応も示さずに聞いていた。
  記憶が無いので本当か嘘かが分からないので、おそらく反応のしようが無いのだと思う。
  そんなイリーナ様の語る話は、エドワード様に話していると言うよりも、私に向けて話しているように聞こえた。

「ふふ。あぁ、そうですわ。ねぇ、エドワード様…………」
「?」

  そこまで言ってイリーナ様が立ち上がるとにっこり笑ってエドワード様の傍に近付き、耳元で何かを囁いた。

「っっ!」

  何か言葉を囁かれたエドワード様の目が大きく見開く。
  それはまるで、何かに驚いているよう。

  (な、何?  イリーナ様は何を言ったの?)

「君は何を言っ………………うっ」
「!」

  そして、その瞬間エドワード様が頭を抱え出した。

「え?  やだ、何?  エドワ……」
「エドワード様!!」
「きゃっ……」

  私は驚きイリーナ様を無視して慌ててエドワード様に駆け寄る。
  その際、イリーナ様にぶつかった気がするけれど、それよりもエドワード様の方が大事だ。

「エドワード!  大丈夫か?」
「…………うぅっ」

  伯爵様も心配して声をかけるけどエドワード様は答えない。
  ただただ頭を抑えて苦しそうなので、答えられないのだと思う。

  (頭痛がするって言っていたのに!  もっと配慮すべきだった!!)

「エドワード様……!」
「……アリー、チェ……?」

  私がエドワード様を抱き締めると、エドワード様が少しだけ微笑んだ。

「はい。アリーチェです、エドワード様」
「…………うん、アリーチェ……」

  エドワード様が私にしがみつく様に抱き着いてくる。
  私もギュッと抱き締め返す。

「今、お医者様を呼んでいますから」
「ありが、とう…………くっ」

  相当痛そうだ。
  こんな時何も出来ない自分が情けないと思う。

「エドワード様……大丈夫です、大丈夫ですから」
 
  お医者様が来るまで私は必死にエドワード様を抱き締め続けた。


  ───この時。
  目の前で苦しそうにしているエドワード様に夢中で、放置されたイリーナ様が私をどんな目で見ているかなんて気付きもしなかった。






「──とりあえず、頭痛は治まったようです」

  お医者様のその言葉にほっとした空気が部屋中に流れる。
  エドワード様は今、薬で眠っている。

「何か強いショックを受けたようでしたが……」

  エドワード様の異変はイリーナ様が耳元で何かを囁いた後に起きていた。

  (いったい、イリーナ様は何を言ったの?)

  チラリとイリーナ様に、視線を向けるとイリーナ様は無表情で大人しく座っている。
  ……そう、無表情。
  エドワード様が頭痛を訴えた時は動揺した顔を見せていたけれど、その後はずっとこの表情。
  私には何だかそれが不気味に思えて仕方ない。
  そんな事を考えていたら、イリーナ様が椅子からすっと立ち上がる。

「私、今日はこれで、失礼しますわ」
「ケルニウス侯爵令嬢……せっかく来てくれたのにすまない」
「いえ、私の方こそ、エドワード様を興奮させてしまったようで申し訳ございませんでしたわ。エドワード様の具合が早く良くなる事を心から願っております」

  そう言って出口の扉へと向かうイリーナ様は、私の傍を横切る際に小さな声で私にだけ聞こえるように言った。

「“婚約者”だからって調子に乗るんじゃないわよ。あなたはエドワード様に愛されてなどいないくせに」

  ───と。

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