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第21話

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  (知らなかったわ……キスがこんなに甘いなんて)

「……アリス」
「あ……」
  
  初めて触れ合った唇は直ぐに離れてしまう。
  それを何だか寂しいと思ってしまった。

「……くっ!  そんな顔をするなんて……本当にアリスには敵わない」
「?」
  
  (そんな顔……?)

  今、私はどんな顔をしているのかしら?
  旦那様(仮)は、顔を赤らめながら照れくさそうに訊ねてくる。

「アリス……嫌じゃなかった、か?」
「……」

  コクッと私は頷く。

  (全く嫌じゃなかったわ。むしろ感じたのは幸せ……)
 
「……くっ!  またその顔……!」
「?」
「アリス……本当はもっとしたいけど、そうだな。続きは今夜、二人っきりの時にでも……」
「だっ!!」

  そのとんでも発言に私は真っ赤になって旦那様(仮)を見つめる。

「ははは、真っ赤だ。仕方ないだろう?  だって、ほら……」
「……あ!」  
  
  旦那様(仮)がそっと指を指した方向では……

「うぉぉー……やめてくれ……これ以上は見せつけないでくれぇぇ」
「もう、やめてぇぇーーわたくしが悪かったですわぁぁー……芋女神様ぁ……」

  と、膝から崩れ落ちて泣き崩れるサティアン殿下と王女様の姿が!

  (えぇぇ!?  何あれ!)

「あんな煩い二人が後ろにいては、せっかくのムードが……台無しだろう?」
「……」

  そう言いたくなった旦那様(仮)の気持ちが分かるほど二人の泣きっぷりは凄かった。
 
  (ところで、芋女神様って何かしら?  王女様はやっぱりお芋がお好きなのかしら?)

  王女様はずっと“芋女神様”と口にしていた。

「あの……」
「どうした?」
「……王女様が少々変ではありますが、色々とショックを受けられたのは分かるのです……でも、サティアン殿下はどうしてしまったのでしょうか?」
「……」

  だって、どこからどう見ても王女様と同じくらいショックを受けているように見えるんですもの。殿下には何があったというの?

「あれは…………失恋したからだろう」
「え?  失恋、ですか?  ……あぁ!」

  誰に?  と、思ったけれどすぐに答えは分かった。

  (分かりましたわ!  サティアン殿下はこのランドゥルフ伯爵領に来て初めて王女様が旦那さ……ギルバート様にかなり熱をあげている事を知ったのね……あぁ、それは確かにショックかも)

「殿下はたくさんの愛をお持ちでお配りしている様子でしたけれど、ちゃんと本命(の王女様)がいたんですねぇ……」
「アリス……思いっきり他人事のように言うんだな……うん、まぁ、アリスだし、な……」
「え?  だって他人事ですし」

  私がそう答えると一瞬だけ旦那様(仮)はギョッとした顔を見せ、咳払いをしながら言う。

「コホンッ……だが、殿下にはいい薬になったんじゃないか?」
「そうですね」
「…………さて、そろそろ静かにしてもらいたい所だな」

  そう言った旦那様(仮)は今も泣き崩れている二人の元へ向かった。
  そして、

  ───お二人はこのまま、ランドゥルフ伯爵領で私達夫婦の接待を受けますか?  

  と、訊ねた。

「……」
「……」

  顔を見合せた王女様とサティアン殿下は「は、伯爵領を訪ねるという目的は達した!  接待は不要!」と言って逃げる様に帰る準備を始める。

  そんな慌てて帰ろうとする二人を見送りながら、私は旦那様(仮)に訊ねる。

「このまま帰してしまってよかったのですか?」
「え?」
「だって、よからぬ事を……何か悪巧みをしていたのでしょう?」

  今更ながら、すんなり帰してしまって良かったのかしらと疑問に思ったのだけど。
  けれど、旦那様(仮)は表情を変えること無く言い切った。

「煩いしとっても邪魔だったからさっさとお帰り頂いたが、まさか、このまま何のお咎めも無しですませるはずが無いだろう?」
「……え?」
「きっちり報告するとも。私のアリスを傷付けようとした罪は重いからな」
「……!」

  そう言って不敵に笑った旦那様(仮)はとても黒かった。








  (あぁぁ、どうしましょう!)

  ────アリス……本当はもっとしたいけど、そうだな。続きは今夜、二人っきりの時にでも……

  (と、言われていた夜が来てしまったわ!!)

  日中のあの後は、突然帰ってしまった王女様達の事で、てんやわんやの大忙しだったので気が紛れて良かった。
  だけど、落ち着いてしまえばあっという間に夜がやって来て……

  (ど、どうすればいいの!?)

  つ、続きって!?
  え、それよりももしかして今夜……

  (私達、ほ、本当の夫婦に……!?)

  そんな事を考えて、落ち着かなくなってしまった私はウロウロウロウロと部屋の中を歩き回る。

  (あんな目で見つめられて、愛を囁かれてキスまでされて……私、すごく愛されていたわ)

  そっと、自分の指で唇に触れて昼間のキスを思い出していたら、部屋の扉がノックされた。

  (ひっ!)

「ど、どどどどどうぞ!  あ、あああ開いてますわ!」

  挙動不審すぎる様子で出迎えると、そこにはすでに笑いを噛み殺した旦那様(仮)が立っていた。

「なななななんで笑うんですの!」
「アリスが……面白……いや、か、可愛くて」
「!!」

  (可愛い!)

  そう言われる事に慣れなくて私が言葉に詰まると旦那様(仮)は嬉しそうに笑った。

「こんな真っ赤な顔で出迎えて貰えるなんて、すごくすごく幸せだ」
「ど、どうしてです?」
「だって、それだけアリスが私の事を意識してくれているという事だろう?」
「うっ……!」

  旦那様(仮)は腕を伸ばし、私を抱き寄せながら言う。

「放っておくと、あちこちに旅立ってしまうアリスの頭の中を私でいっぱいにしたいんだ」
「なっ!  そんなの……」

  (もう、いっぱいですわよ!)
   
  恥ずかしくて言えない……

「アリス……」
「!!」

  甘く蕩けそうな声で私の名前を呼んだ旦那様(仮)の顔が近付いて来たので、再び私達の唇が重なる。

「好きだよ、アリス」

  唇を離しながらそう言って私を抱き上げた旦那様(仮)は、そのまま私をベッドまで運ぶ。

「だ、旦那さ!  ……んんっ!」

  そのままベッドに降ろされて、再びキスをされたので私の頭の中はどんどん溶かされていく。

  (このまま、今夜はこうして私は……)

  そう覚悟を決めて旦那様(仮)に腕を伸ばそうとした時だった。

「アリス。私はこれまでの君の長い付き合いだった恋人に負けないような男になってみせるよ」

  (…………ん?)

  私は伸ばしかけた腕をピタリと止める。

「今はまだ無理でも、いつか、そいつよりも私の方がいい男だと君に言わせてみせる」

  (…………んん?)
   
  私の恋人?  そいつ?  
  あまりにも聞きなれない言葉の数々に私はおそるおそる聞き返す。

「こ、恋人って、だ、旦那様(仮)……そ、それは誰の事ですの?」
「?  誰ってアリスの恋人だった男に決まっている」

  (えぇ!?)
 
  旦那様(仮)は大真面目な表情ではっきりと言った。
  なんならその瞳の奥は嫉妬の炎で燃えているようにも見えた。

  ────私の恋人だった男??  初耳ですわ!!

  (え?  私、恋人なんていたの?)

「ま、ま、待ってください?  それは、ど、どんな方……」
「どんな方って……5年もの間、ずっとアリスとはっきりしない関係を続けていただろう」

  (ご、5年間も!?  本当に誰の事ですのーー!?)

「待って下さい!  あの……私の事を愛してると口にしてくれたのは、旦那様(仮)が生まれて初めて……ですわよ!」
「何!?  では、そいつは長い付き合いなのに愛の言葉をアリスにこれまで一つも吐かなかったのか!?  つまり、アリス……君はそいつに5年間も弄ばれ……くっ!  ますます許せん!  どこのどいつだ!」

  (私が知りたいですわーー!)

「私はアリスが嬉しそうにそいつからの手紙を受け取っている度に嫉妬という感情に苛まれ……」
「え?  手紙?」
「そうだ……あんなにたくさんのやり取り……」

  (……あれ?  それってもしかして……)

「旦那様(仮)?  前にも説明したと思いますけれど、あれはお仕事ですわよ?」
「……仕事?」
「はい。出版が決まるまでやり取りをしていましたの」
「出版……アリスは小説家……」

  旦那様(仮)が呆然と呟く。

「そうですわ。ですから、あれはお仕事の手紙です」
「恋人……」
「いた事ありませんわ」
「なっ!!」

  (な、何かがおかしい!)

「……だ、旦那様(仮)」
「アリス……」
「わ、私達、は、話し合う必要がありません?」
「き、奇遇だな。私もそう思った……」





  ────お飾りの妻が本当の妻となるはずだったその日の夜。

  私と旦那様(仮)は、ベッドの上で互いに正座をしながらこれまでの事を話す事になった。
  
「なっ!  待て、アリス!  君はそんな事を言っていたのか!」
「だ、旦那様(仮)こそ……何故……!」
「……」
「……」

  絡んだ糸がようやく解れ始めた時は、既に空は明るくなっていた……


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