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~嘆く王女~
しおりを挟む────どういう事ですの?
今、この憎き芋女は何と口にした?
『はい! アリスの愛称を使ってエルシーと名乗っていますわ!』
エルシー……その名は間違いなく、わたくしの大好きな本を書いている作者の名前ですわ!
わたくしをモデルにしたとしか思えないあの話だけでなく、その他に発売された本は全て読みあさりましたもの。
今度の新刊ももちろんチェック済みでしてよ!
(え? 嘘でしょう? 芋、だって、芋女よ!?)
くらっと目眩がする。
信じられないわ、いえ、こんなの信じたくない……
(わたくしの神様がこの世で最も憎い女だなんて有り得ませんわ!)
「……アリス。そこで“お買い上げありがとうございます”と言える君を私は心から尊敬するよ」
「え? 何故ですの? 私、読者の方にお会いしたら絶対にそう言うと決めていたんです! まさか、王女殿下が1番最初の方になるとは思っていませんでしたけど」
「……ははは! アリス……やっぱり君のそういう所もいいな」
ギルバートが芋女……いえ、芋女神様……を抱きしめながら、今まで見たことも無いような顔で笑っていますわ。
(なんですの、あのデレデレ顔は! わたくしの前では一度も見せた事は無かったのに!)
ギルバートが笑うのは、わたくしが命令した時のみ。
それも、ほんのり微かに笑うだけ。
この人は笑顔を作れない男なのだとずっと思っていましたのに。
「……きゃっ!? 旦那様! 何をするんですか!?」
「何……って、アリス……愛する妻がこれ以上、斜め上に走って行かないように言葉以外でも伝えなくては、と思っただけだ」
「だ、だからと言って、キ、キスをするなんて……!」
(はあぁぁぁ? 何してるのよ!)
ギルバートが、芋女……いえ、芋女神様の頬にキスをしていましたわ!
ばっちり目撃してしまったわたくしは、ふつふつと怒りが込み上げて来る。
(わたくしは一度だってされた事がありませんわよ!?)
いつだったかしら……護衛騎士の忠誠を示しなさい! と命令した時も、ギルバートはわたくしの手の甲にキスをする振りだけで……頑なに触れようとしなかったわ。
(照れているだけだと思っていましたのに!)
「……ずっと、アリスにこうしてキスをしたかった」
「なっ! だ、だからって何を、こ、こんな所で……お、王女様やサティアン殿下が見ています……!」
「構わない」
「わ、私は構います!! ……あ! 旦那さ……」
「……アリス」
(あぁぁぁ! またしても‼)
そう言ってギルバートが、頬を赤く染めうっとりした表情を浮かべながら再び、芋女神様に迫っていく姿をわたくしは呆然と見ている事しか出来なかった。
「……っ! 畜生っ!」
(……?)
わたくしが呆然としている横で、とても悔しそうな声が聞こえてきましたわ。
節操の無いわたくしの婚約者のクズ王子が、ギラギラした目で唇を噛み締めながらあの二人を見つめていましたわ。
(……? サティアン王子のこの反応は何ですの……?)
「……声をかけたら今日はちゃんと目を見て……答えてくれたのに…………取られた」
(答えてくれた? 取られた……? いったい何の話をしているんですの……?)
「旦那様……く、苦しいですわ」
「……苦しい方がアリスの記憶に残るだろう?」
「……い、意味が分かりません!」
「だって、アリスだからな。私はもう必死なんだ」
(またですの!?)
わたくしがサティアン王子に気を取られている間に、ギルバート達のイチャイチャが加速していましたわ。
(どうして! ギルバートはそんな事をする男ではなかったのに)
いつだって、わたくしに忠実だった男は、何故か今、見たことの無い顔でひたすら妻に愛を囁いている。
どうして、わたくしではないの……!
そんなあの芋女がわたくしの憧れ続けた神様ですって?
やっぱり信じられない! いえ、信じたくない!
(いえ、待って? こんな事になったのは……)
「……サティアン殿下、あなたがあの作戦を失敗したからですわ……!」
「え?」
隣でがっくり肩を落としていたサティアン王子にわたくしは恨み言をぶつける。
「あなたがあの日、手篭めにしていれば! 今頃、わたくしがあの腕の中にいたに違いありませんわ!」
「は? む、無茶を言わないでくれ! そ、そりゃ僕だって……ふ、夫人を……誘惑……」
「……」
「でも……そもそもユーリカ王女、君から聞いていた話と違って伯爵の愛はかなり重そうじゃないか!」
「……そ、それは!」
嫌なところを突いてくる王子ですわね……
わたくしは王子を睨む。
「それに……あのまま実行していたら、僕……殺されていそうじゃないか!」
「なっ!」
なんて弱腰の王子なんですの……!
と、思った所で強い視線を感じたので、ハッと振り返る。
(ギルバートがこっちを……わたくしを見ているわ!!)
「……王女殿下、それに、サティアン殿下」
喜んだのもつかの間……ギルバートは芋女神様を抱きしめたまま、とても低い声でわたくし達を呼んだ。
(な、何かしらこの圧は……)
「……今、とても聞き捨てならない言葉が聞こえました」
「は?」
「え?」
わたくしとサティアン王子の驚きの声が重なる。
「旦那様? どうかしましたの?」
「あぁ、すまない、アリス。ちょっと看過できない言葉が聞こえて来てね」
「私には何も聞こえませんでしたけど?」
「……」
ギルバートは軽く微笑むと、再び芋女神様をギュッと抱きしめた後、額に軽くキスを落としていた。
(何してんのよ!)
「旦那……様?」
「アリス……顔が真っ赤だ……茹でダコだ」
「旦那様のせいですわ! 急にこんな事ばかりして……!」
「……アリスには言葉より行動の方がよいのだとようやく分かったからな」
(ま、またしても、わ、わたくしの目の前で堂々とイチャイチャを……!!)
「……さて。あなた方は、そんな私のアリスに何かしようとしていたと聞こえましたが?」
「「っ!」」
「しっかりと説明してもらいましょうか」
(ギ……ギル……)
ギルバートは見た事も無い真っ黒そうな微笑みを浮かべてわたくしとサティアン王子に向かってそう言った。
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