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第18話
しおりを挟むあら? そう言えば旦那様(仮)の言う“愛”というのは……
私はいつぞやかの会話を思い出す。
確か、王女様は無自覚のお転婆で、でもそこが良い所で楽しそうに笑っていると胸が温かくなるというような事を言っていたわ。
(…………んん?)
何だか本日お会いした王女様のイメージとはかなり違う気がしますわ。
お転婆……? これも違う気がしますわね。
ギルバート様の妻である私が気に入らないというのもあるかもしれないけれど、どこか刺々しい雰囲気があるもの。
(一緒にいて胸が温かくなる気はしないですわね……)
王女様の事をよく知らなかったから、あの時は勝手なイメージで話をしていたけれど……
てっきり王女様のそんな所を旦那様(仮)は一途に想っていたのだとばかり考えていたのに。
(そうよ、あの時の会話で初めて旦那様(仮)は愛を自覚した様子で……)
なのに旦那様(仮)はたった今、王女様の事を女性として愛した事は無い、あくまでも騎士の任務だったと口にされた。
そうなるとあれは──……
「……っ」
ドクンッ
私の心臓が変な音を立てる。
(お、落ち着いて! 落ち着いてよーーく思い返すのよ、アリス! よく考えずに突っ走って事故に遭ったのは一度や二度では無いでしょう?)
そう自分自身に言い聞かせて落ち着いて考える。
あの時の私と旦那様(仮)の会話は本当に本当に王女様の事だった?
私は、何も疑うことなく王女様のつもりで喋っていたけれど、本当にそうだった?
ちゃんとそう口にしていた?
───(王女様って)そんなにお転婆なのですね……
「……ひっ!」
(…………言っていないわ! どう思い返しても言っていない!)
待って待って待って!
それなら、あれは誰の話だったんですの!?
あの後、“愛する事を諦めなくてもいいのだろうか?”という言葉に、私が大きく頷いた旦那様(仮)の愛のお相手というのは───……
ボンッ!
自分の頬に一気に熱が集まって行くのが分かる。
違う違う、自惚れてはダメ! という思いと、まさかまさか……という思いで頭の中が大混乱を起こし始めていた。
(いえ、私はお飾りの妻ですわよ! 勘違いしてはダメ)
混乱しすぎて目にはじんわり涙までもが浮かぶ。
(で、ですけど、ほ、頬が熱いわ……)
「……? ラ、ランドゥルフ伯爵夫人……? ど、どうした? 急に落ち着きが無くなって顔が真っ赤になった……が?」
「あ……えっと……」
サティアン殿下が戸惑った様子で訊ねてくる。
その声を受けて私はそっと顔を上げた。
恥ずかしいけれど、多分、今の私の顔はまたしても茹でダコに負けないくらい真っ赤になっているに違いない。
「……」
「……可愛っ!! あ、う……ランドゥルフ伯爵……夫人。そ、そんな顔で僕を見るなんて!」
突然、どこか嬉しそうに興奮した様子のサティアン殿下がよく分からない発言をしながら、私の方へと手を伸ばして来ようとする。
「?」
「嬉しいよ! まさか君の方から僕を誘っ……」
何故? と思ったその時……
「───アリス」
旦那様(仮)の私を呼ぶ声が聞こえたので、慌ててそちらに顔を向ける。
すると、パチッと旦那様(仮)と目が合った。
ドクンッ!!
その瞬間、今にも口から心臓が飛び出してしまいそうなくらい強く私の胸が跳ねた。
(な、名前を呼ばれて目が合っただけなのに、ド、ドキドキするわ……! 何これ!)
私がどう答えたら良いのか分からず戸惑っていると、王女様が引き攣った顔で旦那様(仮)に向かって声を荒らげた。
所々に青筋が見えるので相当お怒りのご様子。
「ちょっと、ギルバート! 何でそこで芋……の名前を呼んでいるんですの!? ふざけないで頂戴!」
(また、いも?)
ちょっと王女様の発言の意味が分からなかったけれど、そんな王女様を一瞥しただけで旦那様(仮)は、私の方に向かって歩き出していた。
「ギルバート! 聞いているの!? 答えなさい!」
旦那様(仮)は小さなため息を一つ吐き、一旦足を止めて王女様に鋭い視線を向けると冷たく言い放つ。
「……妻の名前を呼ぶ事を責められる理由が全く分かりません」
「なっ!」
「それから、王女殿下。もう一度言いますが、妻を……アリスの事を馬鹿にしないでもらえませんか? 彼女は大事な───……」
そこで一旦、言葉を切った旦那様(仮)は、止めていた足を進め私の元へと辿り着いた。
そして、私の腰に手を回して自分の方へと抱き寄せる。
(え!)
そこで一つ大きな深呼吸をすると、
「私の愛する妻です!」
と、言い切った。
(旦那様(仮)ーーーーーー!?)
私がギョッとして顔を上げて旦那様(仮)を見上げると、堂々とした言葉の割になんと耳まで真っ赤になっている。
腰に回された手が少し震えているのは……まさか、照れ……? 緊張?
「あ、愛する妻……ですって!?」
言葉を失っている王女様を無視して、旦那様(仮)はサティアン殿下と向き合う。
「……サティアン殿下も、わざわざ妻の様子を気にかけて頂きありがとうございます」
「うっ! あ……あぁ……」
サティアン殿下は、旦那様(仮)に声をかけられると、私に向かって伸ばしながらも行き場の失っていた手を気まずそうにそっと降ろした。
「ですが、あなた様が今、寄り添うべき相手は我が妻ではなく、婚約者の王女殿下かと思われます」
「……ぐっ!」
にっこり笑顔で旦那様(仮)はサティアン殿下に向かって王女様の方を指し示したけれど、肝心のサティアン殿下は心底嫌そうな表情を浮かべる。
全身で行きたくないと言っているのが私にまで伝わって来てしまった。
(まぁ、近寄りたくない気持ちは、よーーく分かりますけれども……)
旦那様(仮)に袖にされた王女様は、ただいま怒りのオーラが全開。
今、不用意に近付いたら、八つ裂きにでもされそうな雰囲気ですもの……
そんな同情心しかない思いでサティアン殿下の方を見ていたら、旦那様(仮)が私の腰に回していた腕にぐっと力を込めた。
(……?)
「──アリス」
「は、はい……」
旦那様(仮)に視線を戻すと、何故か先程までの鋭い雰囲気は消えていて、頬を赤く染めたままワンコの顔になっていた。
そんなワンコ顔に胸がキュンとしてしまう。
「殿下ではなく……私を見て欲しい」
「……!」
「それから、そんな、か…………わいい顔を私以外には、見せないで欲しい」
「……!!」
「こ、心の狭い発言だとは、分かっている……が……」
旦那様(仮)は、そこで一旦、言葉を切ると照れくさそうにコホンッと一つ咳払いをする。
「私は、アリスの完全無自覚なお転婆な所や、楽しそうに笑っている所を見ると胸が温かくなるんだ」
「!」
(この話って……私が思い出していた……)
私が目を丸くしていると、旦那様(仮)は腰を掴んでいないもう片方の手でそっと私の頬に触れてくる。
その仕草にますますドキドキして胸が破裂しそうになった。
「…………なぁ、それが“愛”というものなんだろう? アリス……」
そう口にした旦那様(仮)の目は真剣で真っ直ぐ私の事を見つめていた。
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