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第10話

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「最近、旦那様(仮)が挙動不審だと思うの」
「どういう事ですか?  奥様」

  メイドは不思議そうな顔をして聞き返して来る。そんな顔をするという事は、そう思っているのは私だけ……という事になってしまう。おかしいわね。

「これは前からかしら?  話をしているとよく口ごもられるの。あ、でも頻度は前より増えたかも!」
「……」
「それから、目が合うと必ず逸らされてしまうわ」
「……」
「でもね?  何故かその後にチラチラと視線を戻そうと頑張っているんですの」
「……」
「あと、これが一番謎なのだけれど……」
「……な、何でしょうか?」

  私の様子にそれまで無言で話を聞いてくれていたメイドの表情も真剣なものに変わる。

「それが……旦那様(仮)は、お疲れの様子は無くなりましたけど、今度は常にお顔が火照っている気がして……でも、額に手を当ててみても熱は無いご様子なの」

  あの日、憎たらしいくらいスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた旦那様(仮)は、それからは寝付きが良くなったらしく、疲れた様子は無くなったわ。でも、その代わり何だかいつも頬が赤い。
  
  (これは、血色が良くなった!  と喜ぶべき所なのかしら?)

「どう思う?  お医者様に診てもらったらどうですか?  と進言するべきかしら?」
「…………いえ、言わなくてもいいかと。それにご主人様も“必要ない”と断る気がします」
「そう?」

  確かに言いそうね。と、思った。

「……奥様、奥様は、ご主人様のような行動を取ったり症状になったりする事は無いのですか?」
「私が?」
「そういう経験に思い当たる事があれば、自ずと答えは出ると思われるのですが」
「!」

  そうね……と、考える。
  私の経験、経験ね……

「うーん、私はどちらかと言うとよく喋る方だし……」

  (そうよ。それで、お父様にもよくお小言を言われたっけ)

  淑女らしさが足りん!  
  そのくせ、ぽやぽやしおって!
  そんなんだから誰からも相手にされず、結婚適齢期が過ぎて───

  ……って、今はお父様のお小言はどうでもいいわね。
  むしろ、思い出してもいい事の無い話。

「頬が赤くなるのは、恥ずかしかったり照れてしまったりした時には私もなるけれど……」

  ここに来た時に、私が茹でダコ妻になったのは記憶に新しいわ。今、思い出しても恥ずかしい……

「奥様!  そ……」
「でも、常に赤いなんて変でしょう?  だって、そうなると旦那様(仮)が、常に恥ずかしくて照れてしまっているみたいじゃない?  では何に?  という話になると思うの……」
「……」

  (あらら?  メイドが何とも形容し難い顔に!)

「奥様……私から言える事は……ええ、これはもう、解決策は一つしかありません!」
「え、あるんですの?  旦那様(仮)を理解する為の解決策!」
「……はい。私の経験上、こういうのは外野があれこれ口を出してはいけないのです。口を出すと何故か更に悪化して拗れていくものなのです!」
「……?」

  メイドは物凄い興奮して力説してくれているけれど、残念ながら私の頭では理解が追いつかず話の内容があまりうまく頭に入って来てくれない。

  (んん?  えっと、それはつまり……?)

「ですから、奥様!!」







「────と、言うわけで、やって参りましたの!」
「……」

  (あらあら、旦那様(仮)ったら、驚いて固まってしまっていますわ)

  しょぼくれてはいないけれど、やっぱりワンコみたいだわと、思ってしまった。

  そんなメイドのアドバイスは、単純な事でしたわ。
  ───ご主人様とゆっくりじっくりお話をして下さい!
  これだけでした!

  (まぁ、確かにその通りではあるのだけれど……)

「今は、休憩時間だと窺いましたわ!」
「あ、あぁ、そうだが……」
「ですから、私とお茶をしましょう!  旦那様(仮)!」
「……いやいや、待て待て!  急に訪ねて来てどうしたんだ!?  何かあったのか?」

  大変ですわ!  旦那様(仮)のお顔がとても真剣です。
  こ、これは……何か重大な事が起きたと思われてしまっている??

「いえ!  お茶をしてお話をするだけです!!」
「!?!?」

  旦那様(仮)ったら、さっぱり意味が分からない、という顔になりましたわ。


───


  そうして私達は、やや強引だったけれど休憩時間を利用してお茶をする事になった。

「……はっ!  待て待て待てアリス!」
「そんなに慌ててどうなさいましたの?  旦那様(仮)」

  席に着いてゆっくり待っていて下さいね!
  と言ったのに、旦那様(仮)ったら、何故か青ざめた顔で慌てて私の元へと駆け寄って来た。

「き、き、君……いや、アリスがお茶を淹れるのか!?」
「ええ!  他に誰がおりますの?」

  今、この部屋には私と旦那様(仮)の二人っきり。
  私が訪ねたと同時に他の方々は「我々は外で休憩して来ます」と言って部屋を出て行ってしまったから。

「そ、それはそうなのだが……だって、アリスは……炭」
「はい?  今なんて仰いましたか??」

  アリスは……の後の最後がなんと言ったのかよく聞こえなかった。

「……いや、お茶だしな。さすがに炭にはならない、か」
「旦那様(仮)?」
「……コホンッ、そ、側で見ていても良いだろうか?  その……(心配で)」
「構いませんけど、面白い物でも何でもありませんわよ?」

  (きっと、普段、お茶を淹れる所なんて見る機会が無いでしょうから物珍しいのね~)

  旦那様(仮)はコクリと頷くと、とても真剣な眼差しになった。

  (え!?  お茶を淹れる所って、そんなに真剣な眼差しで見るものだったかしら!?)

  まるで、方々から敵に奇襲でもされるのを警戒しているのでは?  ってくらいの鋭い眼差し。
  さすが、元・騎士。
  そんな目で見られるとこちらも緊張してしまうわ。
  そこで、私はハッと気付く。

  (知らなかったわ……この屋敷では女主人が旦那様にお茶を淹れるという事は、かなりの重要任務なのかもしれない。これは心してかからないといけないわね)

  ……あれ?  でも、その割にはあっさりとお茶を淹れるセットを渡された気がするのだけど。
  何にせよ、ここまで、緊張感の漂うお茶を用意するのは初めてだわ。

  そんな事を思いながら、私はお湯を沸かしてお茶を淹れる準備を始めた。




  私の淹れたお茶を飲んだ旦那様(仮)は一口飲んだ後、何故か天を仰いだ。
  そしてこう言った。

「……お茶だ。お茶だった……」
「旦那様(仮)?」

  (この反応は何ですの?)

  お茶を淹れている間の旦那様(仮)は凄かった。
  私が何かする度に、ピリッと鋭い眼光を向けて来て「はっ!」とか「むっ!」とか謎の声をあげ、無事に私がお茶の用意が出来た時の旦那様(仮)はまるで、手強い敵との一戦を終えたかの様にかなり疲れ切っていた。

  (私がお茶を淹れている間に、旦那様(仮)はいったい何と戦っていたと言うの……?)

「アリス……その、とても美味しい!  最高だ!  こんなに美味しいお茶は初めてだ」
「それは良かったです!  ありがとうございます」

  旦那様(仮)は、これでもかと言うくらい私の淹れたお茶を美味しいと褒めてくれた。

  喜んで貰えたようで私も嬉しいけれど、あれだけ見えない何かと戦っていたんですもの。
  きっと、今の旦那様(仮)ならその辺の水でも最高に美味しいと感じると思うわ。

「そ、それでだ、アリス。は、話というのは?」
「え?」

  お茶の準備をしている時は、何故か顔の青かった旦那様(仮)は、またここ最近の赤い顔に戻っていた。

「そ、そうでした……!」

  (お茶を淹れる任務があまりにも重要過ぎて、すっかり忘れていたわ)

  そもそもの目的は謎の旦那様(仮)を理解する為に話をしに来たのに。
  お茶はそのついでの道具だったはずなのに……何故。

「その様子では、緊急だったり急を要するような話では無い、のだな?」
「はい」
「……では、何だろうか?」
「えっと……」

  しまった!  何と切り出すか全く考えていなかったわ!
  今になって焦り出す私。

  (…………そうよ、そう。こういう時は……)

  まずは、さり気ない話から───

「………………ご趣味、は何ですか?」
「は?」
「…………(ま、間違えた?)」


  いくら、お飾りの妻で白い結婚とは言っても私達は一応、新婚夫婦(仮)
  夫婦(仮)に、なって既に何日も経っているというのに、初顔合わせの席で訊ねるような定番の言葉が飛び出してしまった。

  もしも、この場に使用人がいたら「い、今更ですか!?」と言われたに違いない。
  と、私は混乱する頭で思った。


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