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第6話

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  その日、旦那様(仮)が二枚のハンカチを持って私の部屋を訪ねて来た。

  (あら?  そのハンカチは……)


 

「アリス。君が壊滅的に不器用な事は、ここ数日でよく分かったつもりだった」
「……」

  (壊滅的……)

「てっきり、あの全てを炭にした料理の腕前だけなのかと思っていたのだが……」
「……」

  (さすがに全てを炭にはしていないわ……多分)

  晴れて無事に、私達の婚姻誓約書は受理をされ、旦那様(予定)だったギルバート様は私の旦那様(仮)となった。
  ついに私も人妻(仮)となったわけで。

「侍女が、この地域では新妻は夫となった人の為に、心を込めてハンカチに刺繍するんですよ、と教えてくれましたの」
「そうらしいな」

  旦那様(仮)はうんうんと頷く。

「ですから、私も新妻(仮)としてここはやらねばと思いまして!」
「そうして完成したのが……これだな」

  旦那様(仮)が私に向かって手元に持っていたハンカチを広げて見せてくれる。
  そのハンカチへの刺繍は、私がどうにかこうにか新妻(仮)の務めとして頑張って仕上げた物で間違いない。

「そうですの。私の過去一番の最高傑作ですわ」
「!」

  旦那様(仮)が一瞬、すごく驚いた顔をしたような気がしたのだけれど気の所為かしらね。

「最高傑作……だったのか。なるほど……なぁ、アリス。ちなみにこれは何を刺繍したんだ?」
「え?」
  
  その言葉に私は驚く。
  ショックを受けたから……ではなく、旦那様(仮)の目と頭が心配になったからだった。

「ま、まさか!  旦那様(仮)は、ご自分の家の家紋をご存知無いのですか……?」
「家紋!」
「ええ、家紋ですわ。ちょうど旦那様(仮)が今、手に取っておられる方のハンカチがそうですわね」
「これか……」

  旦那様(仮)は、ハンカチを広げて「これが家紋……」と呟いている。
  
  (そんなに、しげしげと眺めるほど珍しかったのかしら?)

  どこからどう見ても家紋でしょう?
  ちょっぴり、歪んでいるけれど!
  でも、家紋入りの刺繍した物を贈る事が出来るのは、“妻”という存在のみなので、旦那様(仮)はこれまで家紋が刺繍されたハンカチを見る機会が無かっただけなのかもしれない。

  (それなら仕方が無いわね)

「あー、コホンッ、アリス。その、なんだ……ありがとう」
「……!  い、いえ……」

  旦那様(仮)の手が私の頭に伸びて、優しく撫でられた。
  
「だがな……一枚目と比べて見ても……その……こちらの二枚目は……」
「え?」
「なぁ、アリス。これは……」

  刺繍入りのハンカチは二枚贈っている。旦那様(仮)は、そのもう一枚を今度は見せて来た。
  新妻が新婚の旦那様に刺繍して贈るハンカチ。
  一つは家紋になる。もう一つは何でもいいと聞いたので思いつくままに刺した。

「もちろん!  見た通りの犬ですわ」

  私は満面の笑みで答える。
  こちらもちょっぴり歪んではいるけれど、なかなかの出来なのよ!

「ワン……」
「そう、可愛いワンコですけど……あ、旦那様(仮)は、もしかしてここに刺繍された犬の種類を聞いているんですの?  さすがに刺繍された物では犬の種類までは判別が難しいですわよね」
「え?  あ、いや……その……」
「?」

  何をそんなに狼狽えているのか分からず、私は首を傾げる。

「旦那様(仮)……?」
「……」
「……」
「…………そ、そうだ!  そうなんだ!!  何の犬なんだ?  私はあまり犬の種類には詳しくないんだ!  ははは!」
「ふふふ、そうでしたのね」

  私も笑って答えた。

  (まぁ、私ももう一枚はどうしようかしらと思った時に、ふと浮かんだのが、あの結婚の話を進めていた時のしょげた犬の様だった旦那様(仮)だったから犬にしただけ……)

「犬……そうか、犬……だよな、これは、犬……(見えん!!)」

  こうして、無事に刺繍の謎も解けた旦那様(仮)は、謎の呟きはあったもののスッキリされたようで私もホッとした。

「アリス」
「はい」
「……ありがとう。だが、そのこういった事は無理をしなくても構わない」
「無理……ですか?」

  旦那様(仮)が、労わるような目で私を見る。
  何故、そんな目を?
  ……はっ!  私はあくまでも“お飾りの妻”だからそこまでする必要は無い、と言いたいのかしら。

「その、まぁ……(不器用で苦手だと言うのなら怪我しないかとか)心配になるじゃないか……」
「心配……?」

  (……なるほど!  お飾りの妻のくせに出しゃばって、本当の妻になりたいと求めて来ないか心配しているのね!!)

  ご安心を旦那様(仮)!  そんな気さらさらありませんわ!!

「いえ、心配はご無用です。私はちゃんと(自分の立場というものを)弁えておりますので」
「弁えている……?  ああ、自分の事不器用な事は自分が一番分かっている……と言いたいのか。だが、あまりそうは見えないのだが……」

  ちゃんと、出しゃばらずに“お飾り妻”としての役目を果たして見せます!
  と、宣言しているつもりなのに、何故か旦那様(仮)の顔色は冴えない。

  (そうは見えない?  おかしいわね……どこで私は誤解させるような事をした?)

「とりあえず、今後はもう無理をするな」

  そんな事を口にして真剣な目で私を見てくる旦那様(仮)を見ていたら、何故か突然、頭の中に王女様の存在が浮かんだ。

「王女様……」
「うん?  何か言ったか?」
「…………っ!  い、いえ!  何でもありません!!」

  私は慌てて首を横に振る。

  (い、言えないし、聞けないわ!  王女様も旦那様(仮)に刺繍した物を贈っていたのかしら……なんて考えてしまった、だなんて!)

  そうね。でも、きっと私と違って王女様はとても上手だったに違いな───

「そうか?  だが、ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
「え、あ、ありがとう……ございます」

  自分で言うのも何だけど、どうでもいい存在のお飾りの妻が刺繍した物なのに使う気なの?  と心の底から驚いた。

「だが、反面(からかわれそうなので)人に見せずに取っておきたい気持ちにもなってしまうな」
「そうですよね」

  やっぱり嫌々なのね……

「その気持ちは分かります。なのでどうぞ、無理せず……(その辺に放置で構わなくてよ?)」
「分かってくれるのか?」
「ええ!  恥ずかしいという気持ちはとても」
「あぁ、そうだな(からかわれるのは恥ずかしい)」

  (……んん?)

  このお飾りの妻からのプレゼントのハンカチ達の扱いに困ってるはずの旦那様(仮)は、何故かほんのり頬を赤く染めて微笑んでいる。

  (……んんん?)


  こうして私達、新婚夫婦(仮)の会話はどこか噛み合っているような、いないようなままで今日も突き進んでいく。

  (不思議……)

  お飾りの妻であり、白い結婚のはずなのに、何故か居心地がよく、覚悟していたような冷遇扱いもされない。
  旦那様(仮)にも、実家同様キッチン接近禁止命令を受けてしまったから、炭ご飯も焦げ焦げご飯も出て来ないので毎日のご飯も美味しい! 

  (思っていたのとは随分と違う結婚生活になった気がするわ……)

「……そうね、これは新しい……かも」
「アリス?」
「あ、いえ。そろそろお仕事を再開しようと思っただけですわ」
「仕事……」

  (そう言えば、旦那様(仮)にまだ、何の仕事をしているか説明していなかった気がする)

「仕事……こんなにも壊滅的でとんでもない不器用なのに、いったいアリスは何の仕事をしているんだ……!?」

  …………気のせいかしら。何だか物凄く失礼な言葉が聞こえた気がした。

  
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