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25. デート? のお誘い
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「シビル嬢───悪いが今後は二度と僕に関わらないでくれるかな?」
「は?」
ようやく、この悪夢のような場所から出られた!
土砂崩れで塞がれていた道。
やっと一部復旧されて元来た道を戻ったところでマイルズ様が久しぶりに口を開いた。
(なんですってぇぇ?)
「マ、マイルズ様? ……それは、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
マイルズ様はしれっと答える。
(この男っ……)
この数日間溜め込んだ苛立ちがますます募る。
「今日はこのまま君を伯爵家に送っていく。でも、そこまでだ」
「そこまでって……」
なに、なんなの?
これだと私の方が振られたみたいになってない?
あんたみたいに頼りなくて役に立たない男なんてこっちの方から願い下げよ!!
(そう言ってやりたい! けど……!)
今、この場で外に放り出されたら大変。
ようやく脱出出来たのに帰れなくなっちゃう!
それは困るので言いたかったその文句は何とか耐えた。
だけど、どうにも解せない。
「マイルズ様は、お父様とお母様に私と一緒に謝ってくれないの?」
「え? なんで僕が?」
マイルズ様は不思議そうに首を傾げた。
(な……な ん で 僕 が ? ですってーーーー!?)
この男、この期に及んで逃げる気?
そんな思いでマイルズ様のことを睨んだら彼は冷たく言った。
「シビル嬢……君には色々と騙された。本当にがっかりだよ」
「なっ!!」
(この私に対して、がっかりですって!?)
「こんな人だったなんて。はぁ、本当に失敗したよ。こんなことなら────……」
✤✤✤✤✤
「なんで? ……恐ろしいくらい反応がないんだけど!?」
パターソン伯爵家に対して慰謝料の請求書を送ってから数日が経った。
───こんな金額払えるか!
そんな怒りの返事がくることを覚悟していたのに未だに来ていない。
「まさかとは思うけど……支払う気!?」
それはそれでいいことのはずなのだけど、結婚式場の費用の件で両親と揉めていたことを思えば……
彼らがあの金額を大人しく支払うなんて普通に考えて有り得ない。
「不気味だわ……でも、私が侯爵家と縁を結んだから権力に屈した? でも、それにしてはね……」
うーんと考え込む。
「それか、あれね……マイルズ様が戻って来たからそれどころじゃないのかも───……」
パターソン伯爵夫妻はどんな顔をして息子を迎えたのかしら?
あれから───
土砂崩れにより塞がれていた道は無事に復旧した。
そのため、マイルズ様とお姉様の乗った馬車を含む数日間立ち往生していた人たちも無事に解放されたという。
そんな中、ギルモア侯爵家が集めた情報によると、
巻き込まれた馬車数台の中の一つ、パターソン伯爵家の家紋をつけた馬車は道を抜けてから、ワイアット伯爵邸に立ち寄った。
その後、自分の屋敷に戻ったという。
(ワイアット伯爵家に寄ったのは間違いなくお姉様を降ろすため……)
でも、この報告によるとマイルズ様自身は馬車からは降りていないという。
つまり、マイルズ様は両親とは会っていない。
ただ、お姉様を送り届けて降ろしただけ……
「私との結婚式をすっぽかしてお姉様と駆け落ち……なんて行動をしでかしておいて、まさか挨拶もなしで立ち去るなんて……」
これは、この数日間で二人の関係が崩れてしまったことを現しているとしか思えない。
もしも、本当にこの先お姉様と結ばれたいという思いがあったなら、こんな行動は絶対に取らない!
「……やっぱり何だか嫌な予感がする」
ワイアット伯爵家に戻ったお姉様は、そこで私がお姉様の代わりにジョエル様と婚約を結んだことを聞いたはず。
(もし、本当にマイルズ様との仲が拗れたなら、遠くないうちにお姉様はギルモア侯爵家に来ようとするはずよ……)
正直に言わせてもらえば、お姉様と顔を合わせたいとは思えない。
だからこの予感は出来れば当たって欲しくない。
「まぁ……無理でしょうけど」
お姉様も戻ったことだし、ギルモア侯爵家としてはワイアット伯爵家に対して早く慰謝料請求したいところ。
だけど……
「あの人たちこそ、絶対に支払わないと言ってグズるのが目に見えているから……」
だからこそ、こっち……ギルモア侯爵家は“事前準備”が欠かせない───……
────
「え? ジョエル様と私がお出かけ、ですか?」
「……」
コクッ……
ジョエル様が無言で頷く。
私はびっくりして目の前のジョエル様の顔をまじまじと見つめる。
昼食を終え、日当たり最高なぽっかぽかのお部屋で睡魔と闘っていたら、ジョエル様が怖い顔で話がある! と言って部屋を訪ねて来た。
ガッチガチのすごい顔だったので、これは遂にパターソン伯爵家が動いた!?
そう思ってドキドキしながら話を聞いてみたところ……
この後、街に出かけないか? とジョエル様は言い出した。
(ほ、本気……? ジョエル様、頭でも打った!?)
私はゴクリと唾を飲み込む。
「ジョエル様、お出かけするには馬車の使用は避けて通れませんよ?」
「……分かっている」
(分かってた!)
「先日、馬車については克服したい様なことを仰っていましたが、まさかこの数日で……」
「……まだだ!」
(克服出来てなかった!)
ならばどうして……?
「母上に……」
「侯爵夫人に?」
「婚約者が着飾っているというのに、気の利いた言葉ひとつも言えない情けない男と言われた」
「え!」
(これが侯爵夫人の言う、軽く……しめる?)
情けない男……
相変わらず夫人は息子に容赦がない。
「それで、私と街へ出かける……?」
「ああ」
それが、どう結びつくのかと思ったけれど、きっと真の目的は馬車の克服なのだろうと思った。
なるほど。そういうことなら……!
「───分かりました! 行きましょう!」
「セアラ!」
(あれ? って今……気のせい?)
私がそう答えたら、ほんの一瞬だけジョエル様が笑った気がした。
そうして出かける準備を整えた私たちは並んで馬車まで歩く。
「ジョエル様……すでに顔が強ばっていますよ?」
「うっ……」
やはり馬車に乗ると思うだけで、顔や身体が強ばってしまうらしい。
(それなら、何か他のことで頭がいっぱいになれば……?)
そう思った私はジョエル様に向かって言った。
ほんの少しの気休め程度でもマシにはなるかもしれない。
「ジョエル様! 難しいとは思いますが、馬車に乗る時は馬車のことではなくて何か別のことを考えてみませんか?」
「……別のこと?」
ムッと怪訝そうな顔をするジョエル様。
「何でもいいですよ、例えば今だったら街に行って何がしたいか……とか楽しみにしていることを考えるとか……」
「街に行ったら……? 楽しみにしていること……」
そこでじっといつもの無表情のまま私の顔を見つめてくるジョエル様。
「私がなにか?」
「いや……」
聞き返すと顔を逸らされてしまった。
「後は……好きなものがあれば、そのことをたくさん考えるのもいいかもしれません」
「好きな……もの?」
「そうです! とにかく馬車以外のことを考えましょう!」
「……」
「えっと、ジョエル様?」
何故また私をじっと見つめてくる……?
「あ、い、いや! なんでもない…………」
この時のジョエル様はそう言っていたけれど、
その後、街に行ったら……楽しみ……好きなもの……とブツブツ何度も繰り返していたので、少しでも楽しいことを考えて気が紛れてくれるといいな、と思った。
そして、私たちは馬車の前に立つ。
チラッとジョエル様を見るととても真剣な表情で馬車を見つめている。
(大丈夫かしら?)
心配になって声をかける。
「ジョエル様……」
「…………だ、だ、大丈夫だ!」
「あ……!」
そう言って歩き出したジョエル様は、これまで私が見た中で一番スムーズな動作で馬車へと乗り込んだ。
(すごい!)
ジョエル様は、馬車に乗り込んでからの様子もいつもと少し違った。
これまでだったら会話はしてくれるもののひたすら前ばかり見て窓の外なんて見ないのに!
それが今は、チラッと窓の外を見るほどの余裕が生まれている。
表情もこれまでで一番落ち着いている気がした。
そうしているうちに、馬車は街に到着。
馬車から降りた後、私はジョエル様に気になっていたことを訊ねてみた。
「ジョエル様、今までで一番リラックス出来ていましたよ?」
「そ、そうか?」
「はい! いったい何を考えていたんですか?」
これから楽しみにしてること? 好きなもの? 美味しいもの?
何かしら───……?
私はワクワクしながらジョエル様の返事を待つ。
「……」
考える素振りを見せたあと、やがて口を開いたジョエル様は無表情。
そのままたった一言、淡々とした様子でこう言った。
「──セアラ」
……と。
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