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18. 困った時は

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 わ、忘れてた!?
 友人、なのよね?

(ジョエル様!  忘れないで?  忘れないであげてーー!)

 まさかの返答に私は驚いた。
 どこのどなたか知らないけど、そのジョエル様の“友人”に同情してしまう。

「そうか。明日だったのか……」

 ポツリと呟くジョエル様。
 一応、誕生日パーティーそのものは頭の片隅には残っていたみたい。

 そんな息子の様子に侯爵夫人がやれやれと肩を竦める。

「……ジョエル。やっぱり忘れていたのね?  あなたそのパーティーにはシビルさんと行くはずだったでしょう?」

 あっ……という言葉を私は飲み込んだ。
 婚約者など異性同伴のパーティー……
 まさか、こんなことになるとは思っていなかったから……

「……そういえば、俺の婚約者が見てみたいと言っていたな」

 ジョエル様が淡々と思い出したように呟く。

(待って?  ……と、いうことは?)

「ジョエルの婚約者はもうシビル嬢ではなくセアラ嬢となったぞ?」

 侯爵様がふむっ……と頷きながらそう言った。
 そう。
 今はジョエル様の“婚約者”だ。
  
「……」

 ジョエル様と私の目が合う。
 無言でじっと私の目を見てくる。

「……」

(でも、その瞳の奥がなんとなく揺れているように感じるのは───……)

 それはジョエル様だけではない。
 侯爵様や夫人もどことなく躊躇っている様子なのは、きっと私を気遣ってくれているから、だ。
 だって、まだあの結婚式から数日しか経っていない。
 今頃、社交界では“捨てられた花嫁”のことは面白おかしく噂が広がっているはず。
 でも……

「───私、行きます」

 三人が一斉に私の顔を見た。

「私、ジョエル様の“婚約者”としてそのパーティーに同伴します」
「セアラ嬢……」
「……セアラさん」
「───セアラ」

 三人のその表情を見て私は確信する。


 “見た目も中身もパッとしない冴えない”

 家族も含めた色んな人に私は昔からそう言われて来た。
 そして、この言葉には必ず比較対象がいる。
 皆、お姉様と比較しながらそう口にする。
  
(もしも、ギルモア侯爵家ここに来る前の私なら……)

 お姉様と比べて私が劣るからそんな心配そうな顔をさせてしまったのね?
 なんて考えてしまったかもしれない。
 けれど……

(そうじゃない……この方たちはそうじゃない)

「セアラ嬢。本当にいいのか?  王宮パーティーほど規模は大きくないとは言え、ジョエルのパートナーだぞ?」
「はい」 

 侯爵様が焦った口調で私に訊ねる。

「ジョエルでは───エスコートがエスコートにならないかもしれないのだぞ?」
「……そうね、それは私も心配なのよ。だってジョエル……歩幅とか考えなさそうなんだもの」
「!」

 侯爵夫人のその言葉に、思わず吹き出しそうになった。

(それはもう経験済みです……!)

「歩幅、か。それは───へまをするとセアラ嬢が転んでしまうな……それはいかん!」
「……そうなのよ」

 侯爵夫妻、二人の顔がどんどん深刻になっていく。

「ジョエルのことだから、酷ければ置き去り……あ、いえ、セアラさんには絶対しなさそうね?」
「逆にずっと傍に張り付いていて片時も離れなそうじゃないか?」

(過保護!)

「それははっきり言って邪魔ね!」

 夫人がきっぱり切り捨てる。
 こうしてジョエル様のパーティーでの行動を予想してあれこれ話が弾んでいく侯爵夫妻。
 とにかく予想されるジョエル様の行動内容が、これまた結構酷い。 

 私はチラッとジョエル様の顔を見る。

(……無!  目の前でこんなに言われているのに、無だわ……)

 ジョエル様は顔色一つ変えず夫妻の話を淡々と聞いている。
 むしろ、いちいちそうか……と小声で呟いているので、参考にしているのかも!

「……」

 私はこっそり小さく息を吐いた。

 ──やっぱり……だ。
 侯爵家の人たちは、両親やこれまで私が出会った人たちとは違う。
 シビル・ワイアット───お姉様のことは知っているのに、私たちを比べるようなことは言わない。
 だから今も……
 ジョエル様のパートナーがではなく、エスコートされるしてくれている。

(…………心の奥が擽ったいわ)

 ジョエル様とは助け合うって決めたばかり。
 それなら、私は堂々と胸を張ってジョエル様の隣に立ちたい。

「私は大丈夫です。ですが、ジョエル様より私の方が迷惑や心配をかけてしまうかもしれませ……」
「セアラさん!  それは気にしなくて大丈夫よ」
「ああ。セアラ嬢は、それよりジョエルから自分の身を守ることに専念するといい」
「……」

(パートナーから身を守る事態とは?)

「ジョエル様、どうぞ明日はよろしくお願いします」
「…………ああ」

 ジョエル様はそう返事をしてくれたけれど、なぜか顔は背けてしまっていて肝心の表情はよく分からなかった。




 私たちは自分の部屋に戻る。
 ついでに明日のパーティーについてジョエル様に訊ねてみた。

「エドゥアルト・コックス……ジョエル様の友人ってコックス公爵家の令息だったのですね?」
「ああ」 

 ジョエル様はなんでもないことのように頷くけれど、私は内心で汗をダラダラ流していた。

(高位貴族ーー!  貴族の中の最上級じゃないのーー!!)

 コックス公爵家と言えば王家に連なる家門!
 さすが侯爵家ともなると、伯爵家の我が家とは付き合いの幅が全然違う!

「顔が広い」
「え?  あ、コックス公爵令息───エドゥアルト様がですか?」
「……」

 そうだと言わんばかりに頷くジョエル様。

「そうなのですね?  私はこれまで全然面識がありません」

 今までパーティーなとでお見かけすることはあっても、完全に遠くから見かけるだけの存在だ。
  
「ジョエル様はどれくらいの付き合いの仲なのですか?」
「……」

 そこでジョエル様は黙り込んでしまう。 
 私には分かる。これはきっと考えている時の間。
 思った通り、時間を置いてジョエル様はポツリと語りだした。

「家族ぐるみの──十年以上にはなるだろうか」
「結構、長いお付き合いなんですね?」

(しかし……)

 十年以上の付き合いがあって、辛うじて誕生日が頭の片隅にとどめられる程度なの?
 果たして婚約者……果ては妻となる予定の私はどの辺りに位置づけられるのだろう。
 さすがに家族は別なのかな?

 なんてついつい考えてしまった。

(ん……?)

 すると、ジョエル様はなぜか顔をしかめている。

「ジョエル様?  どうしました?」
「気付くといる」
「はい?」
「エドゥアルトは気付くと俺の近くに寄って来ている──そんな奴だ」
「……」

(これは────世話焼きタイプの友人かな?)

 直感的にそう思った。


────


 そして翌日。
 すっきり快晴とまではいかなくても昨日の大雨、大嵐が嘘のように静かになっていた。

(とりあえず晴れてよかったわ) 
  
 馬車が苦手なジョエル様。
 侯爵夫妻が言うには、天気が悪かったら馬車に乗せるのも一苦労なのだとか。

「さてと。それよりも支度しなくちゃ……」

 そういったものの……今日は公爵家のパーティー。
 でも、一つ心配事があった。

(家から持ち出して来たドレスで大丈夫なのかしら……?)

「私の持っているドレスって、お姉様のとは違ってシンプルなデザインのものばかりなのよね」

 ────セアラっていつもそんな地味なドレスばっかり選んでつまらなくなーい?
 ────せっかくお父様がドレスを新調してくれるって言ってくれているのよ?  ここはたっぷり甘えなきゃ勿体ないわよ!
 ────あ、でも、似合う似合わないはあるものね……セアラじゃね、うん、仕方ないかしら……

(お姉様の口癖だったわ……)

 そんな苦い記憶を思い出していたら、部屋の扉がノックされてメイドと侯爵夫人がやって来た。

「え?」

 私は目を丸くした。
 支度を手伝ってくれるためのメイドは分かる。
 しかし、なぜ侯爵夫人まで一緒……?

「あ、あの……?」
「セアラさん。ごめんなさいね、私までお邪魔しちゃって」
「いえ……」

 私がそう答えると侯爵夫人はフッと悲しそうに笑った。

「まだジョエルの婚約者となったばかりなのに。そして、酷い目に遭ってからまだ日も浅いというのにセアラさんを公の場に出すことが申し訳ないと思っているのよ」
「……あ」

 やっぱり気遣ってくれているのだと分かった。

「セアラさん」
「はい」
「いいこと?  何かあったらジョエルを頼りなさい!」
「は……い」

 そう返事をしたものの、もともと他に頼れる人がいません!!
 夫人は私の目を真っ直ぐ見ながら続ける。

「いいかしら?  変なのが絡んできたらすぐジョエルよ!」
「すぐジョエル……?」

(あ、なるほど!)

 女性へのエスコートは不慣れで心配なことも多いけれど、それでもやはり彼は侯爵令息として育った身。
 パーティーという華やかな場には慣れている。
 だから、困った時はジョエル様に頼りなさい……そういうことね!?

 私は分かりました……と強く頷く。

「そうよ!  だってそういう時にこそ、あの子の無表情・無口が最大限に活かされる時なのだから!」

(……んん?)

 なんだか思っていたのと違う返答。

「すごいわよね。そういう時のジョエル自身の脳内は、せいぜい“うるさいヤツに絡まれたな、どうしようかな”って呑気に考えているだけなのに、勝手に周りが誤解して怯えていくのよ」
「……」
「本当にジョエルは便利なの。だから、ね?  困った時はすぐジョエル!  はい、復唱!」
「こ、困った時はすぐジョエル……さま……」
  
 侯爵夫人の勢いに押されて私は復唱する。

「OKよ!  どうせあの子はセアラさんに張り付いているだろうから大丈夫でしょう!」
「……」
「ではここからが本題。ようやくやって来た義娘───セアラさんのドレスアップの確認といくわよ!」
「!?」

 夫人のパンッと手を叩く合図とともに侯爵家のメイドたちが動き出した。
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