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第2話

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『──名無しさんへ
  この間、テスト勉強しようとすると眠くなると言ってましたが、その後テストはどうでしたか?  私は……』


『──権兵衛さんへ
  心配かけました。やっぱり眠気には勝てませんでした。なのでテストの結果は散々です……』




  秘密のやり取りが始まって、はや半年がたった。
  お互い素性の追求はしないと誓って今もひっそり文通は続いている。

  相手は私の事を名無しさんと呼び、私は相手を権兵衛さんと呼んでいる。
  しかし、素性の追求はしないと決めたものの、手紙から読み取れる事はそれなりにある。

  権兵衛さんは男性だ。
  わざと男性の振りでもしてない限りそれは間違いないと思う。
  そして、もう一つ。
  私と学年が同じである、という事。
  テストのタイミングや、教師の話題からいってそこも間違いない。

  そうなると……

「このやり取りが出来るのも、あと半年……かぁ」

  最初こそ、本気で何だこの人……と思ったものだけど、今の私はすっかり権兵衛さんとの手紙のやり取りを楽しむようになっていた。


  権兵衛さんは、どうでもいい悩み事も真剣に返事を書いてくれる優しい人だ。
  成績が上がらず落ち込む私にアドバイスをくれたり励ましてくれたり。
  そんな権兵衛さんに私は、すっかり心許してた。

  権兵衛さんの事を思い出してニマニマしていたら、  

「何があと半年なんだ?」

  私の呟いた独り言を拾ったのか、ちょっと不機嫌そうな声で隣から話しかけられた。

「……勝手に私の独り言を拾わないでよ」
「はぁ?  仕方ないだろ。隣の席なんだから勝手に聞こえて来たんだよ!」
「だったら、聞こえない振りでもしててくれればいいじゃない!」
「無茶言うな!!」

  私と言い合いを始めた、この隣の席の男性は、

  レオナール・トランド。
  トランド伯爵家の嫡男。
  彼はこの学校でとても有名だ。知らない人などいないだろう。

  まず、このシュテルン王立学校に入学した3年前。
  レオナールは首位の成績で入学試験を突破している。
  それだけでも凄いのに、彼はその後一度も成績を落とすこと無く常に首位を維持している。
  多分、2位以下との差は凄い離れているのではないか……と言うのが専らの噂だ。

  なので、私の学年の生徒達は首席卒業のご褒美は早々に諦め、如何に自分達の将来に有利な道へ行けるかに全力を注いでいる。

  そして、そんな彼が有名なのには、成績では無いもう一つの理由がある。

  それは、レオナールの両親にある。
  彼の両親は有名だ。
  シュテルン王立学校に通っていてレオナールの両親を知らない人はまずいない。

  レオナールの両親は二人共、当時シュテルン王立学校に入学し、三年間首席卒業の座を狙ったライバル関係だったと言う。
  結果、首席卒業したのはレオナールのお母様にあたるマリエール様。
  そんなマリエール様の“お願い”はなんと、ライバル関係だったルカス様(レオナールのお父様)の願いを叶えてもらう事だった!

  そんな前代未聞のお願いによって自分の願い事を叶えて貰えるチャンスが巡って来たルカス様の願い事……それは当時、没落した元貴族令嬢で平民となっていたマリエール様を将来の伴侶にする為に、自身の婚姻の自由を得る事だった──

  単なるライバル関係だと思われていた二人のロマンス展開に当時の社交界は大盛り上がりだったと言う。
  しかも、当時公爵家の子息だったルカス様が望んだのが、元貴族とはいえ、本来ならば結婚出来ない平民のマリエール様だったから。

  そんな身分差故に結ばれた恋に憧れない人はいない。

  また、そんな二人がそれから結婚するまで三年かかった事も、“二人らしい”と微笑ましく受け取られていたらしい。
  ようやく、結婚が決まった時は大盛り上がりだったとか、とにかくルカス様がマリエール様にベタ惚れしてるとか……
  二人の噂話は尽きない。

  レオナールは、そんな有名人の息子なのだ。
  ちなみにレオナールには妹がいて、彼女も私達の一学年下でシュテルン王立学校に通っている。
  彼女も入学試験から、常に首位の座をキープしていて半端ない兄妹だと学校中の注目の的だ。


  そんな私とレオナールは、何の腐れ縁かずっと同じクラスだった。
  そして、彼は何故か私に構ってくる。

  そもそもの始まりは私の成績が奮わなかった事で、どうもレオナールは先生に私の面倒を見るように頼まれたらしい。

  シュテルン王立学校は成績が悪くて留年とか卒業出来ないとかそういった事は無いけれど、勉強が辛くて自主退学する生徒が少なからずいる。
  私がそうなる事を危惧した先生方がどうしてか……レオナールを私の元に寄越した。

  何故、レオナールだったのか。
  そして、何故レオナールは断らなかったのか。

  理由は知らない。

  知らないけど、レオナールは真面目な性格だったので、きっちり私の面倒を見る事に全力を注いだ。


「いいか?  アリアン。この公式はだなー……」

「こら、アリアン!  その勉強の仕方では非効率過ぎる!」

「アリアン!  朝食はしっかり摂るんだ。そうでないと頭に入るものも入らないぞ!」


  ……いや、あんたどこのオカンだよ。


  って言いたくなるくらいの構いっぷり。


  レオナールの事は嫌いじゃないけど、3年近くこんな日々を送れば、友人を飛び越えて、もはやオカンにしか思えない。

  伯爵家の嫡男に対して農家の娘が何言ってんだって感じだけど、この学校に於いて身分差は、あって無いようなものだから見逃して欲しい。


「ゴンさんは……きっとレオナールとは大違いだわ」
「は?  ゴン?  誰だそれ」
「レオナールの知らない人だよー」
「はぁ!?」

  レオナールは意味がわからん!  って顔をしている。
  それはそうよね。

  ゴンさん……こと権兵衛さんのアドバイスは言ってる事はレオナールとほぼ同じだけど言い方は優しい。
  私だって年頃の女の子だ。
  優しくされる方がいいに決まってる。

  権兵衛さんは、どこの誰でどんな人なんだろう……

  詮索しないなんて取り決めなければ良かったなぁ……

  私は横で「おい!  俺の話を聞いてるのか?  無視するな!」と、喚いてるレオナールを後目にそんな事ばかり考えてた。

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