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第七話
しおりを挟む「……え? どういう、事なの……?」
ランドゥーニ王国の歴史書の今から200年前の出来事が記載されている部分に目を通した私は、驚きが隠せない。
本を持つ手がプルプルと震える。
そこには、こう書かれていた。
『ランドゥーニ王国とイラスラー帝国の開戦前に、王太子であった第一王子エミリオ殿下が王位継承権の放棄を申し出た為、ランドゥーニ王国の王位継承は、第二王子シルベスト殿下に移る事となったーーーー』
「何で、エミリオ殿下が王位継承を放棄しているの……?」
私の頭の中はひたすら混乱していた。
(何故? 何故なの? てっきりアラミラ様を王妃に迎えて国王になったとばかり……!)
動揺しながらも、読み進める。
そして、ページを捲った先の書かれていた内容に言葉を失った。
「…………っ!!?」
『第一王子エミリオ殿下、戦死』
私はバサリと持っていた本を落としてしまう。
……戦死? エミリオ殿下が?
私が死んだすぐ後に……彼も……死んでいた……?
“エミリオは、シャロンの事を心から愛してた。それこそ、自分の命が尽きるその瞬間まで、ね”
“エミリオは、誰とも結婚していない”
アルマンドから言われた言葉が頭の中に蘇る。
エミリオ殿下は、確かに結婚していなかった。
───否、出来なかった……死んでしまったから。
アラミラ様と恋人だった事は一度たりとも無いとも言っていた。
彼女は確かにエミリオ殿下との関係をシャロンに仄めかして来たけれど、あれはアラミラ様の嘘だった?
……エミリオ殿下は、もしかしたら本当にシャロンの事を愛してくれていたの?
最初から裏切ってなどいなかったの……?
「エミリオ……様」
ポロポロと私の目から涙が溢れた。
貴方の事を最後まで信じなくて、ごめんなさい……エミリオ様……
私の頭の中に、かつてエミリオ様と過ごした日々が思い起こされていく。
それは暖かくも優しい日常で。
あぁ、どう思い返しても、エミリオ様はとてもシャロンを大事にしてくれていた。
シャロンは愛されていたんだ。
私は、やっとその事に気付いた。いや、ようやく気付けた。
その日は朝までずっと涙が止まらなかった。
◇ ◇ ◇
「うーん……そんな顔になるかもとは思っていたけど……」
「はっきり言えばいいじゃないの! ……酷い顔だとね!!」
「レティは、いつだってどんな時だって可愛いよ? ただ、心配になっただけ」
「……うっ」
翌朝、居ても立ってもいられなかった私は、登校するなりアルマンドを捕獲して空いている教室に連れ込んだ。
そしてもうすぐ授業が始まる時間だけど、今はそれどころじゃない。
アルマンドも、教室に戻ろうとする素振りを見せないから、同じ気持ちなのかもしれない。
「全部読んだの? エミリオに関するところ」
「……読んだわ」
「そっか」
アルマンドが切なげに微笑む。そんな顔を見ていると胸がきゅんと苦しくなった。
「どうして?」
「うん?」
「どうして、エミリオ様は王位継承権を放棄したの? ……何で王子様自ら戦場に行ったの? どうして……戦死してるの……」
私はもう既に、泣きそうだ。
昨夜も散々泣いたけど、まだまだ涙は枯れないらしい。
アルマンドは優しい手付きで私の頭を撫でながら言う。
「……そうだね。王族としては無責任な行動だったとは思うけど、大切な人達を守れなかった僕に、国を守る事は出来ないと思ってしまったから、かな」
「え……?」
「幸い、弟……シルベストは優秀だったから。ちょっとまだ成人前だった事が心配ではあったけど」
当時、エミリオ様の弟のシルベスト殿下は15歳だったはず。
……確かにまだ成人前だった。
「戦場に行ったのは……シャロン達の敵を討ちたかったから。まぁ、まさか戦争には勝利したのに自分が死ぬとはさすがに思ってなかったよ。油断した所を襲われちゃったんだ」
自分でも驚いたよ、なんて言ってアルマンドは笑ってるけど、決して笑える話ではない。
「……まぁ、死んだらシャロン達の所に行けるなぁって考えた事は否定しないけどね」
そう語るアルマンドの表情は少し暗い。
わざわざ死のうと思って戦場に行ったわけではないけれど、別にそこで死んでも構わないと思っていたとも取れる口振りと表情だった。
何となくこれ以上追求するべきでは無い気がした。
「……そう、分かったわ。なら、その……他にも気になる事があるのだけど」
「うん?」
私は、さっきから、話していて気になっていた事を訊ねる事にした。
まずは一つ目。
「敵討ちって、どういう事? ……シャロンが死んだのはーー……」
「シャロンの死は、隠し持っていた毒による自害って言われてるけど、本当は違うでしょ?」
「…………なっ!!」
「シャロンは毒なんて持っていなかった。シャロン……君達は殺されたんだよね? イラスラー帝国の手の者に」
「…………!!!!」
どうしてそれを、と思わず口に出しそうになった。
あの日、確かに私は毒を盛られた。
ある程度の毒は身体に慣らされていたけど、元々、幽閉生活で身体が弱っていた事と、発見が遅れた為、命を落としたのだ。
レティシーナに生まれ変わった後、どうしてもランドゥーニ王国の歴史書を読む気にはならなかったけれど、レヴィアタン王国の歴史書は、気になってしまい手に取って読んでみた事がある。
『シャロン王女は、エミリオ殿下との婚約を破棄した後、ランドゥーニ王国にて服毒自殺した』とそこには記載されていた。
(私の死は自害として処理されていたのね)
当たり前だ。犯人はそれを狙って私に毒を盛ったのだから。
祖国が婚約者の国に攻め入った事で王子との婚約を破棄され、当の本人は離宮にて幽閉中。
世を儚んで自害をしても誰も不思議に思わなかっただろう。
だから。
アルマンドの言葉に驚きを隠せなかったのだ。
おそらく、私の発見時には他殺の証拠なんてどこにも残って無かっただろうに。
なのに、他殺だと。私は殺されたのだと彼は断定したのだ。
「調べたからね。シャロンが自害なんてするはずが無い。他の誰が信じなくても、エミリオだけは信じていたよ」
「……アルマンド」
エミリオ様が信じてくれていた。
何だかそれだけで、あの頃のシャロンの心も少しは救われた気がした。
「…………ありがとう」
「いや、僕はお礼を言われる資格は無いから」
「どうして?」
「そもそもシャロンを傷つけたのはエミリオだ。そしてシャロン達を守れなかったのも」
そういうアルマンドの顔は本当に後悔の念が溢れているようだった。
「……ねぇ、アルマンド。後もう一つ、さっきからずっと気になってたんだけど……」
「うん」
「シャロン“達”ってどうして複数なの?」
「…………っ」
私の言葉にアルマンドは、微かに動揺を見せた。
目が泳いだのも私は見逃さなかった。
「えー? あれ、僕、そんな言い方してたかな? レティの聞き間違い……じゃないかな?」
「私の聴力を舐めないで! 間違いなく言ってたわよ! それも、何度もね!」
たった今もその口で“シャロン達を守れなかった”と言っていた。
私と誰を守れなかったと言うの?
「で? 誰の事なのよ」
「…………」
「アルマンド!」
私が睨みつけると、アルマンドは私の瞳をしばらく見つめて、やがて観念したように口を開く。
「……シャロンが気付いていなかったのなら、知らないままの方がいいんじゃないかって思ってた……だから、言うつもりは無かったんだけど、そっか口が滑って無意識に口走っていたのか……」
「…………」
やたら、勿体ぶるわね……かなり言ってたと思うのだけど?
レティ、落ち着いて聞いてね? と前置きしてアルマンドはようやく口を開いてくれた。
「レティ……シャロンは、シャロンはね? あの時、妊娠してたんだ」
「!?」
アルマンドの言葉に私の瞳は、驚きで大きく見開きそのまま固まった。
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