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第二話
しおりを挟む私、レティシーナは、ここファルージャ王国の貴族、ヴァルキリ男爵家の娘として生を受けた。
しかし、そんな私には過去同じ大陸の国の一つでもあるレヴィアタン王国で今から200年程前に存在していた王女、シャロンとして生きた記憶を持っていた。
レティシーナとしての人生とシャロンとしての記憶が馴染むまでは、少々辛い物があったけれど、今ではすっかり馴染みかつての人生の事は振り返ることは少なくなっていた。
そう。
15歳のあの日、非公認の婚約者だったアルマンドと顔を合わせるまでは。
あの日、アルマンドと顔を合わせた時に感じた動揺は、かつてのシャロンの婚約者、エミリオ・ランドゥーニ殿下を思い出させたからだった。
エミリオ殿下はレヴィアタン王国の隣国、ランドゥーニ王国の王太子だった。
シャロンとは婚約関係にあり、仲睦まじく過ごしていたと思う。
それに、シャロンはエミリオ殿下の事を心から愛していた。
アルマンドはそんな人を思い起こさせたのだから、私があの時、動揺するのも仕方なかったと言える。
アルマンド・カーチェス。
カーチェス伯爵家の嫡男である。
銀灰色の髪とアメジストの瞳をした美丈夫。
由緒ある伯爵家の跡取りで容姿も整っているとなれば、令嬢方が熱をあげるのも仕方ないというもの。
そんな人の婚約者が、私、レティシーナ・ヴァルキリなのだから。
しかも、私の身分は男爵令嬢。
やっかまれるのは、もはや当たり前。
私、レティシーナの容姿は平凡の一言につきる。
髪も黒髪でこれといった特徴もない。
ただ、瞳の色だけが特徴的とも言えるかもしれない。
レヴィアタン王国の王族が持つ“金色”の瞳。
かつての私、シャロンも持っていた瞳の色。
何故か、レティシーナとして生まれた私は今世もその金色の瞳を持って生まれてきた。
幸い、ここはファルージャ王国なので、金色の瞳を持っていてもレヴィアタン王国の王族とは無関係だとはっきり言えるので、今まで誰にも気にされた事はなかった。
不思議な事に、この大陸の国々の同国内では、王族と同じ色の瞳を持った子供は生まれない。他国では、私のようにこうして稀に生まれるが、珍しい色を持って生まれてきたと、言われるだけで済むのだ。
──だけど、アルマンドだけは違った。彼は私の瞳の色に興味を示した。
正式に婚約者となり、顔を合わせる機会が増え、何度目かのお出かけをした帰りだったか。
『ねぇ? レティのその瞳の色は生まれ付きだよね?』
かつての婚約者エミリオ殿下と同じアメジスト色の瞳を持ったアルマンドが、何かを含んだような物言いで訊ねてきた。
『知ってる? この国ではないけど、その瞳の色はとある国の王族が持つ色なんだよ』
エミリオ殿下の生まれ変わりであろうアルマンドから、そんな事を言われるとは。
あまりの衝撃に何も言えずにいた私に、アルマンドは更に畳み掛けるように言った。
『かくいう僕の瞳の色も、そこともまた別の国の王族が持つ色なんだけどね』
アルマンドの持つアメジスト色の瞳は、言うまでもなく、ランドゥーニ王国の王族が持つ瞳の色だった。
他国の王族の瞳の色ーーお互い珍しい色ではあるけども、ファルージャ王国の王族が持つ瞳の色ではないから、今まで誰にも気にされる事は無かった。
(ファルージャ王国の王族の瞳の色は碧だ)
『珍しいよね、僕ら2人揃って変わった瞳の色を持つなんてさ』
アルマンドのその言葉を聞いた時、私は確信した。
私がシャロンの生まれ変わりであるのと同じように、アルマンドは、やはりエミリオ殿下の生まれ変わりなのだと。
お互い髪色も顔立ちも容姿も当時とは違っている。
だけど、瞳の色が。瞳の色だけが同じなのだ。その輝きさえも。
『僕はずっとその瞳の色を持った人を探してたんだーーやっと逢えたね、レティ?』
そう言って笑ったアルマンドの微笑みはゾッとするほど美しかった。
と、同時に私にとってそれは、悪夢を呼び起こすものでしかなかったのだけど。
アルマンドは、エミリオ殿下だ。それはもはや間違いないだろう。
そうなると気になるのは、彼もエミリオ殿下だった時の記憶を持っているのだろうかという事だった。
正直に言うと、気になって気になって仕方なかったけれど、私もアルマンドも、どれだけ一緒に過ごしていても前世の事は一切口にしなかった。
私が“エミリオ殿下”の名前を口にする事も無いし、アルマンドが“シャロン王女”の名前を口にする事も無い。
そんな日々だった。
けれども、確かにあの時アルマンドは、この“金色の瞳”を持つ人物を探していたと言っていたのだ。
私の認識が正しければエミリオ殿下にとって、“シャロン”の存在は抹消したい存在のはずなのに。
“エミリオ殿下”の人生をめちゃくちゃにした存在として復讐でもしたいのだろうか?
(──なんてね。そもそも捨てられたのはシャロンの方だったわ)
しかし、アルマンドと出会って(ある意味再会して)2年が過ぎたけと、彼は私に何かしてくる様子は一切無かった。
時折、さっきのように思わせ振りな事を言ってくるくらいだ。
全く考えの読めない人だと思う。
アルマンドがエミリオ殿下の生まれ変わりだと確信してから、エミリオ殿下の記憶を持った人間との婚約なんて冗談じゃない! そう思った私は、それとなくアルマンドに婚約を解消しないかと何度も持ちかけていた。
アルマンドだって、もし記憶があるのなら、シャロンの生まれ変わりと結婚だなんてそれこそ冗談じゃないと思っているに違いなかったからだ。
なのに、アルマンドの答えは。
『しないよ? するわけないでしょ? 何で僕がレティとの婚約を解消しなくちゃならないの?』
あっさりと拒否をしたのだ。
それから2年が経ったけど、いつ何を言ってもさっきのように拒否を貫くのだ。
最近は何を言いたいのか察知して最後まで言わせてもくれない。
お互い今年で18歳になり、学院も卒業する私達はこのままいけば卒業と共に結婚する事になる。
(アルマンドは、それでいいのだろうか?)
彼は一体、何を思い何を考えているのだろう。
『裏切り者!! レヴィアタンが反旗を翻したではないか!!』
『シャロン、申し訳ないが君との婚約は破棄する事になった』
『ふふふ、彼は私を選んだのよ。さようなら、裏切りの国の王女様』
───今でも目を瞑れば鮮明に思い出す事が出来る。
祖国の裏切りと、心変わりをした婚約者の姿を。
彼の心を攫った紅い瞳のイラスラー帝国の王女様の事を。
「……まぁ、たとえ心変わりされなくても、きっとエミリオ殿下の元に嫁ぐ事は出来なかったでしょうけどね」
“今から200年前、ランドゥーニ王国、レヴィアタン王国、イラスラー帝国の3国間で戦争があった”
200年前の自分の生活は、今やこんな一行の文として歴史書に書かれるだけ。
シャロンはそんな戦争の最中に死んでいるから、何故、ランドゥーニとレヴィアタンの戦争に、いつの間にやらイラスラー帝国まで加わっていたのかは知らない。歴史書もそんな背景までは書いていない。
自分が死んだ後のエミリオ殿下のその後は知りたくなくて、ランドゥーニ王国の歴史書だけは読む気にならなかった。
もしかしたら、それを読めばこの疑問は解消するのかもしれないけれど、どうしても手にする事が出来なかった。
そういう意味では、今世がファルージャ王国生まれで良かったなと思う。
もしも、ランドゥーニ王国に生まれていたら自国の歴史は絶対に学ぶ事になっていただろうから。想像するだけで身体が震える。
「……やっぱり、あの紅い瞳のイラスラー帝国の王女様と結婚したのかな?」
そして、国を継いで国王となったのだろうか。
そうなると、今のランドゥーニ王国の王族は彼の子孫なのだろうか……
(そもそも私は何のために記憶を持って生まれてきたのだろう?)
「前世の記憶なんて無ければ良かったのに」
私は独り、ため息とともにそう呟いていた。
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