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第22話 間抜けな兄妹と隠されていた力

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 ブルームとナターシャは、揃ってファーレンハイトとの国境に向かった。

「“守護”の使い手の私が何もしていないのにそんな事があるわけないだろう?」
「ですから、お兄様。ご自分の目で確かめて下さいな」
「……」

 ブルームはチラリと横目でナターシャを見る。

(少し、やつれたか?)

 国一番……いや、この大陸一の美貌を誇るナターシャの姿はここ数日でボロボロになっていた。
 国中が大変な事になっている中、この町に王女一行を満足させられるだけの用意があるはずがない。

(この様子ではファーレンハイトに入国出来ても、国王への色仕掛けは失敗するのでは?)

 ブルームは前に見かけた、ファーレンハイトの新国王ベルナルドの王太子だった頃の姿を思い出す。

(見目麗しい男だったな。女性に囲まれても顔色一つ変えていなかったが)

 だが、女性に興味がなくともナターシャが本気で迫れば堕ちない男はいないだろう。
 ナターシャは入国してから綺麗に着飾ってやればいい。
 それよりも今、気にすべきはナターシャが入れないという謎の結界についてだ。

(どういう事だ……?)

 悶々とそんな事を考えているうちに、目的の場所へと辿り着いた。
 ブルームはキョロキョロと辺りを見回す。

「特に何か変な力があるようには感じないが?」
「……」

 本当に結界があるのか?   
 やはり、ナターシャの勘違い──そう思って足を進めた。

 バシッ

「──っ!?」

 しかし、ブルームは見えない何かに弾き返されてしまう。

「なっ!?」
「ほら、お兄様も入れないではありませんか!」
「っっ!」

 ブルームはそんなはずはない……私に限ってそれはない。
 これは何かの間違いだ。
 そう思って何度も足を進めようとするも……

 バシッ

「……くっ!」

 何度やっても弾かれてしまう。
 ブルームはその場に膝をついて叫んだ。

「何故だ!  私は“守護”の使い手だぞ?  この私より強い守護の力を使える人間なんていないはずだ!!  こんなのは、まやかしだぁぁ!」
「お、お兄様?  ───きゃあぁあっ!?」

 冷静さを失い、ヤケになったブルームは力任せでどうにかしようとでも思ったのか、勢いよく突進し見事に弾き返されて吹き飛ばされる。
 また、その吹き飛んだ先で、これまた見事にナターシャを巻き込み、二人揃ってその場に倒れ込んだ。

「ぐっ……お、お兄様……わたくしを巻き込まないでくださいませ……!」
「うるさい!  そんな所に突っ立っていたお前が悪い!」
「まぁ……!」

 謎の力に盛大に弾かれたくせに、偉そうに喚き散らすブルームや巻き込まれて更にボロボロになったナターシャ。
 更に二人は、他の人の目があるというのに見苦しい罵り合いまで始める始末。
 そんな憐れで滑稽な自国の王子と王女の姿を見たお付きの者達は皆、こう思ったと言う。

 ───あぁ、アピリンツ国に未来は無い、と。



─────



 国境付近で、まさか兄と姉が仲良く騒いでいるなんて思いもしなかった私は、ベルナルド様に今、自分が思った事をどうにか説明していく。
 動揺して上手く説明出来ていないはずなのに、ベルナルド様はゆっくり優しく、そしてしっかり話を聞いてくれた。

「───つまり、クローディアの願った事が叶って現実に起きている?  それは偶然ではないという事?」
「……はい、偶然ではないと思います」

 これが一つ二つなら気にならなかったかもしれない。
 でも、さすがにこれは……

(自分で自分の事が分からなくて怖い)

 そう感じて身体を震わせる私の頭をベルナルド様が優しく撫でてくれた。

「落ち着いて?  ……もしかしてこれは、クローディアの“隠されていた力”なのかな?」
「え!?」
「どうして?  と思う気持ちは分かるけど、そう考える事が自然じゃないかな?」
「私の……力?」

 私はおそるおそる何も出ない自分の両手の掌を見つめる。
 この願ったことが叶って現実に起きてしまう現象が……私の力?

「いつから……?」

 今までだって、何かを願うことはあった。
 それこそ、お母様の最期は必死に逝かないでと願ったのに。
 いつだって私が願う事は叶わない事ばかりで、こんな事は起きなかった。

「うーん、何かきっかけがあったのかな。クローディアは心当たりがないの?」
「……分かりません」
「なら、最近大きく変わった事は?」
「大きく……?  それは、もちろん」

 私は口ごもる。

 ベルナルド様あなたと出会ったこと────

 そう思った時、胸が大きく疼いた。

「もちろん?」
「べ、ベルナルド様と出会って……は、初めての、こ、恋をしました!!」

 言葉にするのは照れくさかったけれど、これは大事な事だ。
 私が真っ赤な顔でそう叫ぶと、ベルナルド様が目を大きく見開いたまま固まる。

「ベルナルド様と出会って、あ、愛する事、と……愛される事を知りました!!」
「ク、クローディア……」
   
 ベルナルド様がくれる愛はお母様の家族愛とは違う愛。
 私に力があっても無くても関係ない。私自身を望み、大切に想ってくれている。
 そんな惜しみない愛をベルナルド様と会ってから知った。

「クローディア」
「……」

 再び名前を呼ばれたので私はそっと顔を上げる。
 ベルナルド様は優しく微笑んでくれていた。

「なら、俺のクローディアへの愛が力を目覚めさせたのかな?」
「わ、分かりません」

 恥ずかしくて口ではそう答えたけれど、何となくそうだと分かる。
 だって、お母様は言っていた。
 自分の代わりに私の事を愛してくれる人がいたら、と。

(きっとこれだ──)

 私の中に確信が生まれる。

「そう?  でも俺はそうだったら嬉しいな」

 ベルナルド様はそう言ってくれた。
 でも、わたしはその言葉を素直に受け取れなかった。

「力が発現したからですか?  それとも、便利な力だか……」
「クローディア!」

 ちょっと怒鳴り気味のベルナルド様にやや強引に唇を塞がれる。
 そして、唇を離すとベルナルド様は言った。

「違うよ、そういう事じゃない。力の内容なんて関係ない」
「関係ない……?」

 ベルナルド様は大きく頷いた。

「もし、俺の愛がクローディアの力の目覚めのきっかけなら、他の誰でもない“俺”がクローディアの特別だって事だろう?  こんな嬉しい事はないよ」
「──ベルナルド様……」
「クローディアの特別になれた事が俺は嬉しいんだ」

(特別……)

 ベルナルド様はそう言ってギュッと私を抱きしめる。

(もう、既にあなたは誰よりも特別な人なのに)

 ベルナルド様はそうやって喜んでくれるんだと思ったら胸がとてもポカポカと温かくなった。

「それに、クローディアの願い事を聞いたら……この国を……ファーレンハイトを思ってくれているんだと分かってそれも嬉しいんだ」

(……あ)

「……だって、大好きな人の……ベルナルド様の大事なものを私も守りたかったんです」
「クローディア……!」

 破顔したベルナルド様の顔が近づいて来たので私はそっと目を瞑る。
 程なくして暖かくして柔らかいものが私の唇にそっと触れた。




 しばらく互いの熱を堪能した後、ベルナルド様がポツリと言う。

「……それにしても、とんでもない型破りな力だ」

 ベルナルド様の言いたい事はよく分かる。
 おそらく、何らかの制約はあると思う。
 けれど、何かを願ったら叶う……なんて力は悪用しようと思ったらし放題。
 それこそ世界を……
 と、それ以上を考えるのは止めた。

(……今は何が引き金か分からないわ)

「でも、ベルナルド様。私にだって……黒い気持ちはありますよ?」

 ファーレンハイトが幸せで豊かな国でになりますように……と願った反面、祖国のことはどうしたって前向きな気持ちにはなれない。
 でも。

「もしかして、天変地異も私が引き起こしたのでしょうか?」

 お姉様やこの国への害を成す悪人の入国は確かに拒んだ。
 けれど、私は祖国が荒れる事まで望んだつもりはなかった。

「……それに関してはちょっと違う気がするんだよね」
「え?」

 ベルナルド様のその言葉に私は驚いて顔を上げる。

「そもそも、俺はクローディアに何か隠されている力があるのなら、もっと別の事だと思っていたんだ」
「別の力……ですか?」
「そう。でも、俺の勘違いだったのかな?  あ、それとも……」
「それとも?」

 聞き直した私にベルナルド様は不思議そうに訊ねる。

「俺は、あまりアピリンツ国の特殊能力に関して詳しくないから、あまり偉そうな事は言えないのだけど」
「いえ……」
「クローディア。俺の中には二つ疑問があるんだ」

 そう言ってベルナルド様が二本の指を私の前に立てて見せる。

「二つの疑問?」
「クローディアの母君の能力は何?  それと……特殊能力って絶対に一つだけ?」
「え?」
「俺がすごく気になっている疑問…………クローディアの力って、本当に一つだけなのかな?」

 その二つ目の疑問に驚いた私は、しばらくそのまま固まった。  

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