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第6話 戸惑い

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(あの手紙にはいったい何が書いてあるのかしら?)

 きっと、ろくなことは書かれていない───……
 私は静かに陛下……ベルナルド様が手紙を開封していく様子を見守る。
 黙々と手紙を読み進めるベルナルド様。
  
「……」
「……」
「ふっ、ははは」
「!?」

 沈黙が続いたかと思ったら、ベルナルド様は突然笑い出した。

(な、何?  この笑いは……どういう意味の笑い?)

「クローディア」
「……!」

 私はかなり怯えた表情をしていたのか、それに気付いたベルナルド様の手が私の頭を優しく撫でた。

「ベルナ…………へ、陛下!?」
「……ベルナルドで構わない。クローディアには俺の事を名前で呼ぶ事を許可する」
「!?」

 な、なぜ、そんな許可をくれるの!?  と頭の中が大混乱に陥った。
 だけど、今はそれよりも。

「それではベルナルド……様、えっと、こ、この手は、何でしょうか?」
「うん?」

 何故、私は頭を撫でられているの?

「あぁ、あまりにもこの手紙の中身がなかなか愉快でね」
「……」
  
(ゆ、愉快ですって?)

 不愉快の間違いではなくて??
 いったいどんな内容だったのか気になってしょうがない。

「君の姉姫は大陸一の美姫なんて呼ばれているけれど、これは……」
「?」

 ベルナルド様が何やら小さな声で呟く。

「あぁ、すまない。独り言だ」

 私と目が合うと何故か優しく微笑まれ、頭を撫でていたはずの手は何故か私の頬に触れていた。

「アピリンツ国の者達は揃いも揃って見る目のない奴らだな」
「えっと……ベ、ベルナルド様……あなた様の、て、て、手が……」
   
(こんなことされるの初めてで、どうしたら良いのか分からない!)

 私の頭を撫でる人は、お母様以外に誰もいなかったし、ほ、頬に触れられるなんて初めての事でどういう顔をするのが正解なのかさっぱり分からない。

「手?」

 私が顔を真っ赤にして訴えているというのに、何故か当のベルナルド様はきょとんとした顔をしている。

「な、な、何故か、ベルナルド様の手が私の頬に……触れております。その前は頭も撫でられました」
「そうだね」
「な、な、何故でしょう!?」
「何故って、そんなの決まっているだろう?」
「!」

 決まっていたの?
 世の中には人付き合いが皆無だった私の知らないルールが存在……

(……いや、絶対に違う気がする。きっとそういう事じゃないわ)

 これは、子供扱いされているのでは?
 昨夜もお子様は……とか言っていたような方だもの。

 なんて頭の中でぐるぐると色々な事を考えていたら、ベルナルド様は耐えられなくなったのか、私の頬から手を離すと「あははは」と大きく笑い出した。

「クローディア……君は分かりやすいね」
「わ、分かりやすい?」
「昨夜は暗闇で分かりにくかったけどね、君は表情に全部思っている事が出ているよ?」
「ぜ、全部ですか!?」
「そう、全部」

 ベルナルド様は笑いながらそう答える。

「……アピリンツから来た姫君は常にヴェールを被っていると聞いていたけど」
「あ、はい」
「……そのヴェールをこの先も被っていてもらいたいなんて思ってしまうな」
「!」

 その言葉に私は大きなショックを受けた。
 つまり、私の顔は見るに堪えない顔ということ……
 お姉様と似てないとは言え、そこまで酷かったなんて!

「……クローディア」
「…………は、はい」
「その様子。君は思い込みも激しそうだね」
「は、はい?」

 意味が分からなくて困った顔をした私に、ベルナルド様は優しく微笑んで言った。

「君は今、俺の言った言葉を悪い方向に捉えたような顔をした」
「……っ」
「そうではなくて。クローディアが“可愛い”からそう言ったんだよ?」
「!?」

 一瞬、私の思考は停止した。

 ───クローディアガカワイイカライッタ。

(おかしいわね、言語は共通だったはずなのにまるで異国のような言葉が聞こえたわ)

「……カワイイ、ですか?」

 カワイイ……カワイイって何だっけ??  
 私は盛大に混乱中。

「うん、可愛い。クローディアが可愛い、そう思った」
「!」

(違う!  異国の言葉じゃない……!  “可愛い”だ!)

 ようやく理解したら、ドキンッと胸が大きく跳ねた。
 と、同時にお母様の言葉を思い出す。
   
 ───何を言っているの!  いつかきっと現れるわ。私以外にもクローディアを可愛い可愛いと言ってくれる人が

(そんな事を言ってくれる人なんて絶対に現れないと思っていたのに)

 胸の奥がポカポカして来た。

「…………です」
「うん?」
「その、う、嬉しい……です。ありがとうございます……ベルナルド様」
「クロー……」
「?」

 私が照れて、はにかみながらそう答えると、ベルナルド様が一瞬だけ固まった。
 そして、少し沈黙した後に小さな声で言った。

「…………やっぱりヴェールが必要な気がする」




 何だか話が大きく脱線し、更には空気もおかしくなってしまった気がするので、私は慌てて話を戻す事にした。

「そ、それで手紙にはどんな事が書いてあったのでしょうか?  ゆ、愉快とは……」
「あぁ……」

 ベルナルド様の視線が手紙に移る。
 そして、少し考える素振りを見せた後、彼は言った。
   
「ねぇ、クローディア。先に君に聞きたい事があるのだけど、一ついいかな」
「は、はい」
「君は父上……ローランド国王の事を知っていた?」
「え?」

 その質問にドキッとする。
 身代わりであろうと無かろうと、私はこの国の事も国王陛下の事も何知らずにやって来た。名ばかりとはいえ、一国の王女としてそれはどうなのか。

(でも、嘘をつくのはダメだわ)

「……申し訳ございませんが、殆ど知っている事はありませんでした」

 私は顔を伏せながらそう答えると、ベルナルド様は小さな声で頷いた。

「そうか。まぁ、王太子の顔も知らなかったし、そうだろうね」
「申し訳ございません……」
「クローディア。そうするとこの手紙の内容は、すごく矛盾するんだよ」

 その言葉に驚いて顔を上げると、ベルナルド様と目が合う。
 彼のその瞳にドキドキしながらも私は聞き返す。

「矛盾……ですか?」
「そうだよ、だって手紙の一部にはこう書いてあるんだ」
「?」
「───第二王女のクローディアはローランド王の事を昔から慕っているので、是非とも良くしてやってくれ……ってね」
「なっ!」
「ナターシャではなくクローディアが嫁いできた理由は、クローディアが父上に懸想していて強く望んだからなんだって」
「私……が?」

(あの人達はどこまで愚かなの!?)

「滅多に我儘を口にする事の無かった王女の願いを何としても叶えたかった……」
「~~~っ!」
「だからクローディアの事は、王の好きにしてくれって書いてある」

 私はヘナヘナとその場にへたり込む。

「凄いよね、仮にクローディアがそう望んだのだとしても、普通は先に連絡するのが当然だ。それを怠っておいて送り付けたクローディアの事は“好きにしてくれ”」
「も、申し訳ございません……」

 私はその場に手をついて頭を下げた。
 こんなのもう謝る事しか出来ない。
 予想はしていたけれど。ある意味予想通りの事しか書かれていないけれど!

(最低だ……!  あの人達は本当に最低だったわ)

「アピリンツ国は父上を……ファーレンハイトを馬鹿にしているのかな?  どれだけ舐められていたのかがよく分かる手紙だよね」
「!!」

 ベルナルド様がそう思い、怒るのも当然の事。
 ローランド元陛下がご存命でもそう思っただろう。
   
「アピリンツ国を代表して謝罪させて下さい。本当に申し訳ございませんでした……陛下」

 さっきまでの和気あいあいの雰囲気は全て離散してしまって今、この部屋の中はピリピリした緊張感しかなかった。

(楽しい、そう思える会話だったのに)

 今までまともに会話する人が近くにいなかった私にとって、先程までのベルナルド様との会話はドキドキもさせられたけれど楽しかった。

(嘘でもお世辞でも“可愛い”とまで言ってくれたのに)

「どうぞ、罰は私にお願い致します」
「罰?」

 ベルナルド様の眉がピクリと反応する。

「クローディアは巻き込まれたのでは?」
「いいえ。ローランド陛下がお姉様……ナターシャ王女を望んでいた事を知っていたのにも関わらず、のこのこ身代わりとしてやって来た私も同罪ですから」

(きっと、ベルナルド様の事だから私を処分した後、アピリンツにも制裁を加えてくれると信じているわ)

「そ、それに私は昨夜、ベルナルド様に無礼な態度を……」
「……なるほど。分かった……クローディアには処罰を与える」
「はい」

 ───どんな罰でも受け入れるわ。
 そう覚悟して私はベルナルド様の次の言葉を待った。

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