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10. 入手した病の情報

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  私にだって、友人と呼べる令嬢達はいた。
  いや、正確には私が友人だと思っていた令嬢達だ。

  数度の人生で私は知った。
  彼女達は、私の事を友人だなんて思っていなかった事を。
  レインヴァルト殿下の婚約者である私に気に入られたくて付き従っていただけ。

  最初の人生で、婚約破棄される少し前から噂を聞き付けていた彼女達は、このまま私に付いていても利はないと判断したのだろう、早々に私の元から離れていった。
  取り巻きのように常に側にいた彼女達も、私の命令でメイリン男爵令嬢への嫌がらせを実行していた令嬢達も。誰一人として私の周りには残らなかった。

  (まぁ、それだけの事をしでかしたのは私なのだけど……)

  きっと本当に私の事を友人だと思っていたのなら、あんな馬鹿な事を繰り返す私を止めるなり、苦言を呈するなりをしたはずだ。そんな事をしてくれる人は誰一人として居なかった。

  あの日、断罪の場の私は孤独だった。
  
  そんな事もあり、私は今世では友人を作ろうとは思わなかった。
  幸い、学園入学前からさほど親しい付き合いをしている令嬢は居なかったから、入学後も1人でいる事は簡単だった。
  今の人生でも擦り寄ってくる人達はいるけれど、やっぱり誰かと友情を築きたいとは思えない。

  恋も友情も私にはいらない。

「……私は1人が好きなんです」

  苦しい言い訳にしか聞こえないだろうけれど、私は殿下に向かってそう告げた。
  時を繰り返しているなんて説明出来ないのだから、こう言うしかないのよ。

「1人が……ねぇ」

  殿下からは信じていなさそうな顔と声で返事が返ってきたけれど、それ以上追求される事は無かった。
  ただ、「俺にはそう見えないがな」と小さく呟いたのが聞こえた。

  その呟きにドキリとさせられた。
  まるで、色んな事を見透かされているようで胸が痛む。

   そして、殿下はさらに続けて言った。

「フィオーラ……お前は今、幸せか?」

「え……?」

  突然の殿下の言葉が意外すぎて、私はそのまま固まってしまった。
  何故、友人の話から幸せかどうかの話になるのだろう?

  硬直した姿の私を見て殿下はハッとした表情を見せた後、すぐに申し訳なさそうな顔になった。

「…………悪い。ただの独り言だ。気にするな」
「……」

  殿下はそれっきり黙り込んでしまった。
  私もそれ以上の言葉を発する事はしなかった。

  だけど、頭の中ではグルグルと考えてしまう。

   幸せ……
   私の幸せって何だろう?  死なずに生き続ける事?
   そもそも4度目の人生を生きている私は今、幸せなのだろうか?


   ──いくら考えても、答えは出なかった。



****



  そんな話を殿下としてから数日後。


「ひゃっ!」

  バサバサという音とともに、紙の束が廊下に散らばっていく。
  私の足元にもその紙の束は飛んで来た。
  ちょうど私の目の前を歩いてたクラスメートの令嬢の1人が、抱えていた物を落としてしまったらしい。

「あぁぁー」

  その令嬢は頭を抱えて唸っていた。
  嘆きたくなる気持ちはとても分かるので、私も手を貸すことにした。


「え!?  あ、フィオーラ様!?」
「大丈夫ですか?」

  落ちている紙の束を拾っていると彼女は私に気が付き急に慌て始める。

「も、も、申し訳ございません!!」
「…………なぜ謝られるのかしら?」
「み、道を……フィオーラ様の道を塞いでしまいました!」

  その言葉に絶句する。私はそんな事で怒るような人間だと思われているのかしら。

「…………そんな事で怒ったりしません。こういう時に聞きたい言葉は、“申し訳ございません”ではなくて“ありがとう”だわ」
「あ……」

 そう言いながら、引き続き紙を拾い集めていると偶然その紙に書かれている内容が目に飛び込んで来た。


『ダンジェール王国に於ける流行病に関して』

『流行病への対策方法~試薬~』


  心臓がドクンと音を立てたのが分かった。
  ダンジェール王国は、我が国からは離れた所にある国だ。
  “流行病”
  これは、まさか……あの私が死ぬ事になった病と同じでは……?
  前回の人生で、確か私が罹患した時に聞いたのは数年前から大陸内で流行りだした病で、国を越えてどんどん広がっているのだ、という話だった。
  なので現在、ダンジェール王国で流行っていたとしても不思議はない。

  紙を手にしたまま固まっている私を怪訝に思ったのか、持ち主の令嬢がおそるおそる声をかけてきた。

「あ、の?  フィオーラ様……その、ありがとうございました」

  その言葉に私はハッとし、意識を元に戻す。
  拾い集めた紙を手渡しながらこの紙に書かれている内容について探ることにした。

「いえ、気になさらないで。それよりも……ここに書かれている内容なのだけど」
「え?」

  私が内容に興味を示したのが意外だったのか、とても驚いた顔をされてしまった。

「これは、どなたかの書いた論文か何かなのかしら?」
「えっと。あ、はい。私の父です。王宮で薬師をしていまして」
「王宮で?」
「私も将来は薬師になりたいと思っているので、今から勉強しているのです!」

  目の前の彼女はキラキラした目でそう語った。
  何故だかとても眩しく感じた。

  それよりも、王宮に流行病を研究している人がいたということ?
  ならばその方に話を聞きたい!  私はそう思った。

「えっと、貴女は確か……」

  私はチラリと彼女の顔を見る。

「お先に名乗る失礼をお許しくださいませ。私は、アシュラン・クリムド。クリムド伯爵家の長女です」

  アシュラン様は、名前が思い出せない私を察してか先に自己紹介をしてくれた。

「ご丁寧にありがとうございます。私はフィオーラ・オックスタードと申します。あの、アシュラン様……突然ですけれど、貴女にお願いがあります」

  私は無礼を承知で切り出す事にした。

「何でしょうか?」

  アシュラン様は首を傾げながら、またもや不思議そうな顔をして私を見る。

「貴女のお父様……クリムド伯爵にお会いしたいのです!」
「父に!?」

  相当驚かせてしまったらしい。
  アシュラン様は、目を丸くしている。

「貴女の持っているその論文の内容に興味がありまして。お話を聞かせていただきたいのです」
「これにですか?」

  アシュラン様はおそるおそる、先程拾い集めたばかりの手にしている紙の束を私に見せた。
  私はもちろんと頷く。

「ええ。その内容に」
「フィオーラ様は、流行病にご興味が……?」
「……興味とは違うかもしれませんけれど」

  私の濁した答えに「王子の婚約者は勉強が大変なんですねぇ」と言ったので、アシュラン様は、病について調べる事がお妃教育の一環だと解釈していたようだった。
  理由など何でも構わないので私は知りたい。あの流行病に関する事を!

「フィオーラ様。私は構わないのですが、父は基本王宮に泊まり込んでいまして……」
「え……」

  アシュラン様は申し訳なさそうに言う。

「特に今は、この流行病の件で缶詰状態です」
「……何故?」
「ダンジェール王国でこの流行病が猛威を振るいだしたのが今から1週間前だからです。まだ、どんな病か分かっていないのです。だから、それらを詳しく調べるために薬師の人達は連日泊まり込んでいるのです」
「……っ!」

  今、ダンジェール王国ではまさにあの病が流行っている。それも流行りだした直後だったとは。

「落ち着いてからでなら、話をする時間を作る事も可能でしょう。また連絡します」と約束だけしてアシュラン様は行ってしまった。

  アシュラン様が去った後の廊下で私は1人考え込む。
  それでも、少しでも構わないから何としても話を聞きたい。今、話を聞こうとする事がどれだけ邪魔になる事かももちろん分かっている。
  けれど今、この国から離れた場所にある国とは言え、病は存在し、しかも流行りだしたと言うのだから……やはり余計に気になってしまう。

  王宮の薬師に会いたい。だけど、私だけでは会う事など不可能。

  …………頼れるのは…………

   殿下しかいない。私は迷うこと無く脳裏に殿下の顔を思い浮かべていた。
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