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33. 一番に伝えたい

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 ────夢を見るかのように、過去の記憶が映像のように流れてきた。

『ケホッケホッ……おかあさま……く、苦し……』
『マーゴット!  しっかりして!  ああ、こんなにも熱が……』

 “幼い私”がベッドに横になって苦しんでいる。
 その傍らに居るのは───……

 お母様……だ。
 私と同じ色をした瞳に涙を浮かべながら、必死に幼い私に向かって呼びかけている。

(───そう、だ。私は子供の頃、いつもこうして苦しんでいた……)

『マーゴット、大丈夫か?』
『おと……さま……』

 そうして、お父様がやって来て手を握ってくれて……力を注いでくれて……

『……あたたかい……』

 私は安心して微笑むとそのまま眠りについていた。
 これが私の日常で……でも、ある時、急に身体が軽くなった。

『おかあさま!  見て見て!  身体が……身体がね、とーーっても軽いの!』
『マーゴット……』
『おかあさま……?』

 幼い私は何故か目に涙を浮かべたお母様に優しく優しく抱きしめられていた。
 だけど、私が元気になったのと引き換えに、元々身体の弱かったお母様の病気の症状は明らかに悪化した。
 幼い私は泣きじゃくりながらお母様の手を握り続けている。
 こうしていれば元気になるはずだと信じて。

(ああ……今なら分かる)

 お母様が元々身体が弱かったのは、“強大な力”を持っていたから。
 そして、私がある日、突然元気になったのはお母様が私の力を封印したから。

 私はチラリと首にかけているネックレスを見た。
 もしかしたら、お母様がこれに力を込めたのもこの頃なのかもしれない。
 私はギュッとネックレスを握りしめた。

 ───マーゴット……どうか強く優しい子に……人を思いやれる子に育ってね?

 それがお母様の最期の言葉だった。
 私はそんなお母様の期待に恥じないような人になりたい!  強く強くそう思った。

(ん……?)

 突然、ぐにゃりと視界が歪む。
 場面が変わった。
 幼かった私も成長して───

(あ、これは!)

『きゃぁぁぁぁ!  こ、来ないで!』

 グルルルル……
 私は必死に叫んで逃げようとするけれど、足がすくんで動けない。
 だけど目の前の魔物は完全に私を狙っていた。

 お母様の墓前に花を添えたくて、花を摘んでいたら突然魔物が現れた。
 こんなことは初めてで私は恐怖に震えた。
 そして、もう駄目だ……と思った時……

『───大丈夫か!』
『もう大丈夫だ。君は下がって、そう、こちらに……』

 私は運良く巡回中の騎士たちに助けられた。
 最近、この辺りに魔物が頻繁に現れるということで巡回を強化して警戒していたらしい。
 この時に助けてくれた騎士たちの顔は覚えていないけれど、魔物と戦う姿がかっこよくて、私は“騎士”に憧れを抱いた。

(そうして、騎士団の演習をこそっと見に行った時に見かけたのよ……)

 一際好みの顔を持ったナイジェル様に胸がキュンとした。
 壁の花担当の私が容易く近付ける相手ではなかったけれど。
 聞こえてくる噂だけでも、かっこいい人なんだなぁって勝手に憧れた。


 そして、再び私の視界がぐにゃりと歪む。
 また場面が変わる──……

(あ、これはここ一年の間の……)

 間違えた求婚から「君じゃない」という言葉───
 図々しくも“嫁”として居座ることを決めた私にも優しかったナイジェル様や公爵家の人々。

『ナイジェル様の健康のためにも強く育ってね?』

 薬草に毎日そう話しかけていた私。
 苦いお茶を淹れた時のナイジェル様の反応があまりにも楽しかったので、かなり苦味が強い薬草をわざと煎じたこともある。

『……気のせいだろうか?  今日はとびっきり苦い気がするんだが』

 一口飲んで渋ーい顔をしたナイジェル様に私は言う。

『ふふ、気のせいですよ~!』
『そ、そうか……?  だが……』
『さあさあ、とーーっても健康にいいので一気にグビッとどうぞ!』
『うっ……くっ……い、いくぞ!』

(健康にいいことに関して嘘はついてないもん。許される範囲よね?)

 そうしてなんやかんやと楽しいことも多く過ごした一年だったけど。
 場面は進み、別れの時が迫る──

 呪いのせいで苦しむナイジェル様。
 今にも消えてしまいそうな命……

(そうだ……マーゴ嬢のナイジェル様への気持ちを知ってしまって私は……彼の幸せを願って呪いを解いて身を引こうと決めた)

 ───ナイジェル様。
 あなたが本当に好きな人……マーゴ嬢と結ばれることを願って私は消えたはずだったのに。

『───好きだよ、マーゴット』

 失くしていた記憶と今の記憶が私の中で結び付く。
 マーゴじゃない。
 マーゴットわたしを好きだとあなたは言った。

 口止めをしていたはずの私の居場所を見つけ……記憶のない私と新しい関係を始めたいとも言ってくれた。
 とにかくドキドキしてドキドキして大変だったわ。
 そして、なんの偶然かあなたは私の失った記憶を戻す術を持っていて───……

 私が意識を失う寸前、ナイジェル様はあの日、話した呪いが解けたら一番にしたいこと。
 あれをしたいと言っていた、わ。

(マーゴ嬢ではなく───全部私に、だったのね?)

 そうね。私も目が覚めたら……伝えなくちゃ。
 一番一番大事なこと。


───────
───……


(……握られている手、があたたかい)

「……」

 そう思って目を覚ました。

「…………マーゴット?」
「ナイ、ジェル……様」

 名前を呼ばれたのでそっと答えて、声のした方に顔を向けるとそこには心配そうな表情をしたナイジェル様。

(……生きている!)

 本当にナイジェル様の使う力の対価は命ではなかったみたいだ。
 そして、私の名前を呼んでいるから記憶も失くしていない。

「ナイジェル様……大丈夫です、か?」
「うん、この通り大丈夫だ」

 私が訊ねるといつもと変わらずに優しく微笑んでくれた。

「俺よりも……マーゴットだ。君の方は───」
「……ナイジェル様」
「?」

 私は手を離して起き上がると、自分からベッドの脇にいるナイジェル様の首に腕を回して抱きついた。

「え?  え?  マーゴット!?  どうした?」
「───好きです」

 動揺して慌てふためいているナイジェル様に向かって私は言う。
 どうしても一番に伝えたいと思った大事なことを。

「あなたのことが……大好きです────私の旦那様」

 他の誰かじゃない。私は、あなたと幸せになりたい。
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