33 / 34
33. 一番に伝えたい
しおりを挟む────夢を見るかのように、過去の記憶が映像のように流れてきた。
『ケホッケホッ……おかあさま……く、苦し……』
『マーゴット! しっかりして! ああ、こんなにも熱が……』
“幼い私”がベッドに横になって苦しんでいる。
その傍らに居るのは───……
お母様……だ。
私と同じ色をした瞳に涙を浮かべながら、必死に幼い私に向かって呼びかけている。
(───そう、だ。私は子供の頃、いつもこうして苦しんでいた……)
『マーゴット、大丈夫か?』
『おと……さま……』
そうして、お父様がやって来て手を握ってくれて……力を注いでくれて……
『……あたたかい……』
私は安心して微笑むとそのまま眠りについていた。
これが私の日常で……でも、ある時、急に身体が軽くなった。
『おかあさま! 見て見て! 身体が……身体がね、とーーっても軽いの!』
『マーゴット……』
『おかあさま……?』
幼い私は何故か目に涙を浮かべたお母様に優しく優しく抱きしめられていた。
だけど、私が元気になったのと引き換えに、元々身体の弱かったお母様の病気の症状は明らかに悪化した。
幼い私は泣きじゃくりながらお母様の手を握り続けている。
こうしていれば元気になるはずだと信じて。
(ああ……今なら分かる)
お母様が元々身体が弱かったのは、“強大な力”を持っていたから。
そして、私がある日、突然元気になったのはお母様が私の力を封印したから。
私はチラリと首にかけているネックレスを見た。
もしかしたら、お母様がこれに力を込めたのもこの頃なのかもしれない。
私はギュッとネックレスを握りしめた。
───マーゴット……どうか強く優しい子に……人を思いやれる子に育ってね?
それがお母様の最期の言葉だった。
私はそんなお母様の期待に恥じないような人になりたい! 強く強くそう思った。
(ん……?)
突然、ぐにゃりと視界が歪む。
場面が変わった。
幼かった私も成長して───
(あ、これは!)
『きゃぁぁぁぁ! こ、来ないで!』
グルルルル……
私は必死に叫んで逃げようとするけれど、足がすくんで動けない。
だけど目の前の魔物は完全に私を狙っていた。
お母様の墓前に花を添えたくて、花を摘んでいたら突然魔物が現れた。
こんなことは初めてで私は恐怖に震えた。
そして、もう駄目だ……と思った時……
『───大丈夫か!』
『もう大丈夫だ。君は下がって、そう、こちらに……』
私は運良く巡回中の騎士たちに助けられた。
最近、この辺りに魔物が頻繁に現れるということで巡回を強化して警戒していたらしい。
この時に助けてくれた騎士たちの顔は覚えていないけれど、魔物と戦う姿がかっこよくて、私は“騎士”に憧れを抱いた。
(そうして、騎士団の演習をこそっと見に行った時に見かけたのよ……)
一際好みの顔を持ったナイジェル様に胸がキュンとした。
壁の花担当の私が容易く近付ける相手ではなかったけれど。
聞こえてくる噂だけでも、かっこいい人なんだなぁって勝手に憧れた。
そして、再び私の視界がぐにゃりと歪む。
また場面が変わる──……
(あ、これはここ一年の間の……)
間違えた求婚から「君じゃない」という言葉───
図々しくも“嫁”として居座ることを決めた私にも優しかったナイジェル様や公爵家の人々。
『ナイジェル様の健康のためにも強く育ってね?』
薬草に毎日そう話しかけていた私。
苦いお茶を淹れた時のナイジェル様の反応があまりにも楽しかったので、かなり苦味が強い薬草をわざと煎じたこともある。
『……気のせいだろうか? 今日はとびっきり苦い気がするんだが』
一口飲んで渋ーい顔をしたナイジェル様に私は言う。
『ふふ、気のせいですよ~!』
『そ、そうか……? だが……』
『さあさあ、とーーっても健康にいいので一気にグビッとどうぞ!』
『うっ……くっ……い、いくぞ!』
(健康にいいことに関して嘘はついてないもん。許される範囲よね?)
そうしてなんやかんやと楽しいことも多く過ごした一年だったけど。
場面は進み、別れの時が迫る──
呪いのせいで苦しむナイジェル様。
今にも消えてしまいそうな命……
(そうだ……マーゴ嬢のナイジェル様への気持ちを知ってしまって私は……彼の幸せを願って呪いを解いて身を引こうと決めた)
───ナイジェル様。
あなたが本当に好きな人……マーゴ嬢と結ばれることを願って私は消えたはずだったのに。
『───好きだよ、マーゴット』
失くしていた記憶と今の記憶が私の中で結び付く。
マーゴじゃない。
マーゴットを好きだとあなたは言った。
口止めをしていたはずの私の居場所を見つけ……記憶のない私と新しい関係を始めたいとも言ってくれた。
とにかくドキドキしてドキドキして大変だったわ。
そして、なんの偶然かあなたは私の失った記憶を戻す術を持っていて───……
私が意識を失う寸前、ナイジェル様はあの日、話した呪いが解けたら一番にしたいこと。
あれをしたいと言っていた、わ。
(マーゴ嬢ではなく───全部私に、だったのね?)
そうね。私も目が覚めたら……伝えなくちゃ。
一番一番大事なこと。
───────
───……
(……握られている手、があたたかい)
「……」
そう思って目を覚ました。
「…………マーゴット?」
「ナイ、ジェル……様」
名前を呼ばれたのでそっと答えて、声のした方に顔を向けるとそこには心配そうな表情をしたナイジェル様。
(……生きている!)
本当にナイジェル様の使う力の対価は命ではなかったみたいだ。
そして、私の名前を呼んでいるから記憶も失くしていない。
「ナイジェル様……大丈夫です、か?」
「うん、この通り大丈夫だ」
私が訊ねるといつもと変わらずに優しく微笑んでくれた。
「俺よりも……マーゴットだ。君の方は───」
「……ナイジェル様」
「?」
私は手を離して起き上がると、自分からベッドの脇にいるナイジェル様の首に腕を回して抱きついた。
「え? え? マーゴット!? どうした?」
「───好きです」
動揺して慌てふためいているナイジェル様に向かって私は言う。
どうしても一番に伝えたいと思った大事なことを。
「あなたのことが……大好きです────私の旦那様」
他の誰かじゃない。私は、あなたと幸せになりたい。
225
お気に入りに追加
4,850
あなたにおすすめの小説
❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました
四つ葉菫
恋愛
彼は私を愛していない。
ただ『責任』から私を婚約者にしただけ――。
しがない貧しい男爵令嬢の『エレン・レヴィンズ』と王都警備騎士団長にして突出した家柄の『フェリシアン・サンストレーム』。
幼い頃出会ったきっかけによって、ずっと淡い恋心をフェリシアンに抱き続けているエレン。
彼は人気者で、地位、家柄、容姿含め何もかも完璧なひと。
でも私は、誇れるものがなにもない人間。大勢いる貴族令嬢の中でも、きっと特に。
この恋は決して叶わない。
そう思っていたのに――。
ある日、王都を取り締まり中のフェリシアンを犯罪者から庇ったことで、背中に大きな傷を負ってしまうエレン。
その出来事によって、ふたりは婚約者となり――。
全てにおいて完璧だが恋には不器用なヒーローと、ずっとその彼を想って一途な恋心を胸に秘めているヒロイン。
――ふたりの道が今、交差し始めた。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
前半ヒロイン目線、後半ヒーロー目線です。
中編から長編に変更します。
世界観は作者オリジナルです。
この世界の貴族の概念、規則、行動は実際の中世・近世の貴族に則っていません。あしからず。
緩めの設定です。細かいところはあまり気にしないでください。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる