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30. 秘められた力

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(───な、なに?)

 まるで何かを訴えるようなその光。
 だけど、そんな突然の光はすぐにおさまってしまう。

「な、何だったのかしら?」
「分からない……」

 夫にもよく分からない現象だったらしい。
 目が覚めた時にも身につけていたこのネックレス。
 こんな現象が起きるのは初めてだった。

(悪いことでなければよいのだけど……)

 そう思いながら、そっとネックレスに触れる。
 私が触っても何の反応も示さなかった。

「そういえば、マーゴット」
「はい」
「そのネックレスはどうしたんだ?」
「え?」

 ナイジェル様は不思議そうに私が着けているネックレスを指さした。

「えっと、これは……私の」

 そう答えようとして私の動きが止まる。
 あれ?
 私は記憶を失くして目が覚めた時にはもうこのネックレスを首にかけていたけれど、ナイジェル様はこのネックレスのことを知らない?
 ということは、以前から着けていたものではなかったのかしら?

「マーゴット?」
「あ、いえ。これは、お母様の形見らしいです」
「マーゴットの母君……の?」

 驚いている様子なので、やはり以前の私が着けていたものではないらしい。

「ええ、父……目が覚めた時にお父様にそう説明されました……だから、大事にしてくれ、と」
「そうか、形見……」

 私はもちろんお母様に関する記憶がない。
 記憶がなくてもそれなりに楽しく過ごせているけれど、ふと、こんな時に寂しくなる時がある。

 生きてさえいれば、今、夫としているように新しい関係を始めることだって出来る。
 それは、父親や他の人とも同じ。
 でも、もう居ない人とはそれが出来ない───……

 私の中にあったはずの思い出がない。
 それはすごくすごく悲しいことだった。

「残念ながら、私はお母様のことは覚えていませんけど」
「……っ!」

 その言葉にハッとした夫は「すまない」と小さく口にした。

「──使われている石は、マーゴットの瞳の色と同じなんだな」
「え……?  あ、そういえば!」
「きっと、母君も同じ色だったのだろうね」

 夫の何気ないその言葉を聞いて確信はないけれど、その通り……な気がした。
 記憶にはなくても、きっとお母様から私に受け継がれたものは色々あるはず……そう思えた。

(今度、手紙で父親にお母様のことを聞いてみようかしら)

「……しかし、なんで光ったのだろう?」
「以前のことは分かりません……が、私にとっては初めてです」
「そうなのか……考えられるのは何かの魔力?」

 夫はうーんと首を捻りながら考え始めた。
 私は石がよく見えるようにと思い、チェーンを首から外して、ネックレスごと夫に手渡した。

「あ、すまない。ありが───」

 夫が受け取ったその瞬間、またしてもネックレスの石が光を放つ。
 しかも、今度は先程とは違って、辺り一面が強い輝きに覆われた。

「なっ!?」
「ま、眩しっ」

(────あれ?)

 眩しい……とにかく眩しい!  目が開けられない!
 だけど。
 私、この光を知っている───気がする。
 そう思った瞬間、ドクンッと胸の奥が疼いた。

(確か、こんな風に光に包まれて、それで────……)

 やがて光は収まり、この場には今の現象に呆然とする私と夫が取り残された。

「……」 
「な、なんだったのでしょう?」
「……」
「ん?  ナイジェル様?  大丈夫ですか?」

 夫の反応がないので、心配になって顔を覗き込む。
 すると夫は私以上に放心状態だった。

「……ナイジェル様!」
「あ、ああ、ごめん。ちょっと意識が飛んでいた……ははっ、すまない」
「……?」

 夫はそう言って笑った後、もう一度ネックレスを見つめた。
 そして、すごく小さな声で「……どういうことなんだ」と呟いた。

「マーゴット、このネックレス……いや、石、宝石の方なんだけど」
「は、はい!」
「……魔力を感じる」
「え!?」

 魔力!?
 私はこれまで触れていてもそう感じたことはない。
 でも、夫が嘘をつく意味もないからきっとそうなのだろう。

「つまり、今の光はこの宝石に込められた魔力が何かに反応した……ということですか?」 
「おそらくだけど」
「父……お父様は何も言っていなかったですよ?」

 そう口にするも、よく考えたらそれはそれで仕方がないかなとは思う。
 目が覚めたばかりの私は色々と混乱していたから、父親が母親の形見だと言うことくらいしか出来なかったのも頷ける。
 でも、そうなると、これ何か危険な物だったりするのでは──……

「……マーゴット」
「!」

 夫の声でハッと我に返る。
 私にネックレスを返すとそのまま、優しく私の手を握った。

「そんな顔をしなくても大丈夫だ。俺の方でも調べてみるから」
「ナイジェル様……」
「少なくとも、これはマーゴットには危害を加えるものではないだろうし」
「え?」

 なぜ?  と首を傾げる私に夫は言う。

「だってマーゴットの父親が、そんな危ない物を大事な娘に持たせるはずがないだろう?」
「……」

 夫は私の不安を取り除く天才だな、と思った。




「込められている魔力が分かったよ」
「早っ……」

 そして次の日、再び訪ねて来た夫は開口一番にそう言った。

「多分だけど、記憶を失くす前のマーゴットも調べてすぐに分かったんだと思う」
「分かった?  何をです?」 
「プラウス伯爵の奥方……マーゴットの母君が“封印”の力を持っているって」
「封印の力……!」

 夫の目線が、今日も私が首からかけているネックレスに向かった。

「マーゴットの母君は、おそらくそのネックレスに自分の力を込めていた。君はその込められていた力を解放して自分にかけられていた封印を解いたんだろうなって思ったんだ」

 そうして私は夫を助けてその代償に記憶を失くした、と。

「ずっと誰がマーゴットの封印を解いたんだろうかと思っていたからこれで謎が解けた」

 なるほど……と納得しながらも思う。
 では、未だに魔力を感じるというのは?

「その込められた力がこのネックレスにはまだ残っているということですか?」
「うん。そういうことになる。マーゴットの母君はかなり魔力が強かったんじゃないかな?」
「なるほど……」

 このネックレスを使った時のことは覚えていないけれど、何となくその通りのような気がした。

「では、昨日光った理由はなんでしょう?」
「……」
「最初の光はともかく、二度目の眩しい光は……」

 この宝石に“封印”の力が宿っているのなら……
 あの時の眩しい光ってもしかして、時の光だったりするのでは──?

 ……ドクンッ
 心臓が嫌な音を立てた。
 だってもし、そうなら……
 あの時、この石に触れたのは私ではなく────……

(夫……ナイジェル様だ!)
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