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26. 夫の告白
しおりを挟む「────マーゴットのことが好きなんだ」
「………んえ?」
予想していたの全然と違う言葉が聞こえてきて、変な言葉が口から出てしまった。
「君の……マーゴットの意思を尊重するなら、俺もサインをして提出するべきだと分かっている」
「……」
「だが……出来なかった。マーゴット……君との繋がりを失いたくなかったから」
「!」
(む、胸が……!)
私は恥ずかしくなってしまい、夫の顔が見れず下を向く。
何がドキドキするって、す、好き? とか言われている内容もだけれども、雰囲気だけでなく口調……も変わった。
さっきまでは口調も丁寧だったけど、ちょっとオドオドしていたから……
きっとこっちが“素”なのだと思う。
(ここで変えてくるのは反則よーーーー!)
でも……と思う。
目が覚めた後に聞いた話では、私は記憶を代償にして夫を助けたことで、仮初の妻としての役目は終わったから出ていくことにしていた、そう聞いたわ。
夫が本当に好きな人と幸せになって欲しいと願って。
それなのに、こうして探して追いかけて来て……私のことが好き?
繋がりを失いたくなかった?
どういうことなの?
(……まさか、私が記憶がないことをいいことに、本当に好きな人の存在は隠したまま上手いこと言って丸め込んで、私をキープしておこうという算段じゃ……)
それは、私が好きだったらしい物語の夫並みに鬼畜だわ!
そう思った時だった。
「でも、俺はそんなことを君に言える資格は……ないんだ」
「……え?」
私の中で鬼畜になりかけた夫はそう言って、間違いから始まった求婚の話を始めた。
それは、すでに父親と義父の公爵様から聞いていた話と同じだった。
(あれ……? 全部、喋っている……)
さらに記憶のない私に、再び過去の謝罪までして頭を下げている。
だけど、聞いていた話と違うのは───……
「マーゴット……君はこんな俺にもずっと優しくて……」
「その笑顔が好きだ」
「君の強さと明るさに俺の心はいつも救われていた」
「───治癒能力を持っているから、ではなく……マーゴットの優しさのおかげでずっと苦しかった発作も耐えられた」
「……君がいなかったら、きっと俺は呪いに……負けていた」
「俺の健康の為にと薬草を育て煎じてお茶も淹れてくれた……苦さなんて気にならないくらい嬉しかった。今も飲む度にマーゴットを想っている」
────などなど、すごい勢いで私への想いを語り始めた。
(ひぇぇ!?)
怒涛すぎて私の脳内が追いつかない。
苦いお茶の話ってまさにさっき口にしていた話よね!?
え? つまり、“私”がいなくなったうえ、元気にもなったのに飲み続けているの? わ、私を想って……!
「…………俺はこんなに大事なことを何一つ君に伝えていなかった」
「あ……」
「呪いのせいでいつどうなってもおかしくない身体だから……そんなことを言い訳にして、本当に大事なことを伝えるのを後回しにしてしまった……」
夫はそう口にしながら項垂れているけれど、記憶のない私でもそのことを責める気にはならなかった。
多分、今、私が抱いているこの感情は記憶を失くす前の私も抱いていた感情だと思う。
(自分の命が日々削られてく恐怖の中、確実に残された時間が少ないことも分かっていて、愛を告白してずっとそばにいてくれ! なんて言えないわ)
───そっか!
だから、“私”は事前に周囲への根回しを済ませて出て行く準備をしていたんだ。
結局、私の払った代償は“命”ではなく“記憶”だったみたいだけれど、そんなのはやってみなくちゃ分からない。
もしかしたら、何も起こらない可能性だって……
でも、最悪の展開を考えた時、残された彼のことを思い“出て行った”ことを装うのが一番だと私は考えた。
(何これ……)
私の胸が大きく疼く。
こんなのドロドロじゃなくて、ただお互いのことを想いすぎた両想いカップルの言葉足らずのすれ違いじゃない!
どっちもどっち!!
色んな意味で脳内が大混乱なので思い切って話を変えることにした。
「……好きだった人、のことは?」
「え?」
「最初にあなたが求婚したいと思った、私と似ている名前の人のことは、もういいのですか?」
私がそのことを訊ねると、夫は遠い目をした。
「人となりもよく知らないまま、見た目とか噂とかで抱いた想いだったんだ」
「……!」
何故かしら?
その言葉がまるで自分のことのように感じた。
「でも、君と……マーゴットと過ごすようになってから、彼女を思い出すことはなくなっていて、俺の頭の中はマーゴットでいっぱいになっていたよ」
「……っ!」
そこでその言葉はずるいわ!
私は照れくさくなってしまい顔を俯ける。
「───実際、彼女の本性はなかなかで」
「え?」
びっくりして俯いていた顔を上げると、私たちの目がバチッと合った。
いったいどんな本性だったのかしら? と思いつつ私は言う。
「そ、それは……あなたの見る目がなかったんですね」
私がそう口にすると、何故か夫は切なそうに微笑んだ。
「ああ、その通りなんだが───でも、それはどうなんだろうか……とも実は思っている」
「……? どういうことですか?」
首を傾げる私に夫は言った。
「──君を……マーゴットのことを好きになったから」
「なっ……!」
ボンッと私の顔が真っ赤になる。
「マーゴットのことをこんなにも好きになった俺は見る目があったのか? いや、どうなんだ? そんな気持ちにさせられている」
「~~~~っ!」
(し、心臓を鷲掴みにされたような気分……!)
ここでそんな言葉を言うのはずるい!
私の夫はずるい人!
そう認定してやるんだから!
「……マーゴット」
「は、はい!」
ずるい夫、ずるい夫、ずるい夫!
と、心の中で唱えていたら、今までにない真剣な声色で名前を呼ばれた。
「俺は君とやり直し───いや、違うな」
「違う?」
「マーゴットに記憶があっても無くても、これまでのことは無かったことにはならないから……」
「……」
それは、間違った求婚や最初に口走ってしまった「君じゃない」という発言のことを指している?
漠然とそう思った。
「……新しい関係を始めたい──そう思っている」
「新しい……関係」
「俺は、これまでの記憶が無いという今のマーゴットを見ても“愛しい”と思う気持ちは変わっていないから」
(────やっぱり……ずるい!)
「いつか、マーゴットがこの手を取ってくれる日が来たら……そう思っている」
「そ……そんな呑気なことを言っていいのですか? 私があなたの手を取るのはお爺さんとお婆さんになってから……かもしれませんよ?」
ちょっとだけ意地悪のつもりで言ってみた。
そんなに待てるはずないでしょ? そんなつもりで。
なのに───
「はは……それも、いいかもしれないな」
「え! ……い、いいの!?」
───さすがにそんなに待てないし困る。出来ればもう少し早いうちに手を取ってくれ。
そう言われると思ったのにまさかの肯定。
思わず私の言葉も崩れる。
「ああ……だって、つまり俺たちがお爺さんとお婆さんになるような歳になるまで、ずっと変わらずマーゴットのそばにいられるということだろう?」
「……え!」
すごい解釈!
内心でそう驚く私に向かって夫は微笑む。
「マーゴット……君が生きていてくれて、どんな形でもいいから近くにいてくれる。もう俺にはそれ以上の幸せはないんだ」
「───!」
その優しくも悲しい微笑みに、私の方が泣きそうになってしまった。
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