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25. 夫? 元夫?

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(私を探していたってどういうこと?)

 これは立ち話では終わるような用事ではない。
 そう思ったので私たちは場所を移すことにして、施設内の応接間へと移動することにした。



「───どうぞ」
「す、すまない。頂きます……」

 私がお茶を淹れて差し出すと、夫?  元夫?  は、勢いよくお茶を飲み干した。
 こ、これは……
 よっぽど喉が渇いていたみたいね。

「えっと、おかわり……入りますか?」
「す、すまない。頂きます」

 おずおずと遠慮がちに差し出されたカップに私がもう一度ポットからお茶を注ぐ。
 すると、夫?  元夫?  は、またしてもグビッと勢いよくそのお茶を飲み干す。

(そ、そんなにも喉がカラカラだったの!?)

 そんな彼は驚いている私をよそに飲み終えたカップを見つめてしみじみとした様子で呟いた。

「……苦くないんですね」
「え?  苦いのがお好みでしたか?」
「……いや」

 これまた顔に似合わず随分と渋い趣味なのね、と思った私が聞き返すと彼は苦笑した。

「苦手……だったはずなんですけど、いつの間にかすっかり癖になっていて……今でも毎日欠かさず飲んでいるんです」
「?」

(何の話──って、苦いお茶のことね?)

 毎日欠かさず飲んでいる……それってもう好みと言ってもいいのでは?  と、思った。

 そして彼は、手に持っていたカップをソーサーに戻した後、何度も深呼吸をする。
 やがて心を決めたのか口を開いた。

「あの!  ……まず最初にどうしてもこれだけは聞いておきたい!  のですが……」
「どうしても?」

 そんなにも真剣な顔を聞いておきたいこと?
 ここは、やっぱり……
 どうして手紙と離縁届けだけおいて勝手に居なくなったりしたんだ!?
 かしら?
 無責任だ!  
 ……って怒りたいのかもしれない。
 そんなことを考えてしまったので、ちょっと怯えながら次の言葉を待った。

「───か、身体は大丈夫ですか?」
「え?」
「どこかが痛いとか……苦しいとか、身体が重くて怠いとか熱っぽい感じが続くとか…………そういった症状は起きていませんか?」
「……え?  え?」

(お、怒るどころか……こ、これは、私の身体の心配をしているの?)

 想像していた質問と違ったので驚いてしまった。 
 そう訊ねてきた彼の表情はすごく真剣で、でも瞳の奥はどこか不安そうに揺れていた。
 これはかなり心配されている───そう思った私は慌てて首を横に振る。

「な、ないです。大丈夫です。えっと、どこも悪いところはありません!  毎日元気にモリモリ働いています!」
「モ……そ、そうか…………よ、よかった……」
「!」

 私の返答を聞いた彼の顔がホッとしたのと同時に一瞬泣きそうな表情になったように見えた。

「───ですが、記憶を失っていると聞いています」
「あ、はい……そうなのです」

 私は頷いた。
 そうなると身体そのものは元気でも、悪いところがないという言い方はちょっと違うかもしれない。

「全然、覚えていない……のですか?」
「はい」

 その答えを聞いた彼はまた寂しそうな顔になった。

「そ、そうなると……こんなことを言われても突然の話で驚くとは思う……のですが!」
「は……はい?」

 次は何かしら?  と、私は耳を傾ける。

「───じ、実は……俺はあなたの夫なんです」
「……え?」

(いえ───知っていますけど?)

 思わずそんな言葉が口から出そうになった。
 どうしてこの夫?  元夫?  は改まってそのことをわざわざ口にしたのかしら?
 そう思ったところで気付いた。

 彼は、もしかしすると私が自分の父親と義父の公爵様からすでに大まかな話を聞いていることを知らないのでは?
 だから、ずっと私のことを探していて……?  今日やっと辿り着いたというのはそういう……?

「……」 

 でも、聞いた話によると、こちらの私の夫もしくは元夫は、あの私がなぜか好きだったというドロドロ物語の主人公の夫のように愛人との浮気三昧の酷い夫……ではないけれど、私への求婚は間違いで起きていて好きな女性は別にいるって話だったわ。
 それを私も了承して結婚生活を送っていたけれど、このたび私が出て行ったのだから、てっきりその好きな人に新たに求婚しているのだとばかり……

(もしかして、振られちゃった……?)

 だとしても、それで私を探すのはやっぱり理由が分からない。
 そうなると───置いてきたという手紙の内容が良くなかった?
 ああ!  もう、いったい何を書いたのよ───私!  

 一度にぐるぐると色んなことを考えていたら、夫?  元夫?  が気まずそうに話を続ける。

「……その、突然現れたこんなのが夫なんだと言われて……混乱しているとは思いますが」
「えっと……」
「それでも俺の話を聞いてくれると嬉しいです」
「……」

 そう言って頭を下げる彼を見て私は困惑した。
 困惑した理由はもちろん目の前のこの人が私の夫だったから───ではなく。

(“こんなの”ですって?)

 彼は鏡を見たことがないのかしら?
 こんなにも私好みの理想のかっこいい顔をしているのに……自分で“こんなの”呼ばわりをするなんて!
 なんて勿体ないの!  
 今すぐ鏡で自分の顔を見て欲しいわ!

 なんてついつい興奮してしまう。

(───って、違う違う。今、大事なのはそこではなかったわ!)

 どうも好みの顔が目の前にあるせいで調子が狂ってしまう。
 記憶を失くす前の私は、こんな好みの顔を前にして興奮しないでいられたのかしら?
 そして、どんな夫婦生活を送っていたのかしら───?

「……」

 記憶がなく思い出せないことだらけの私だけれど、今、絶対にはっきりさせておかなければならないことがある。 
 それは…………

「あの……」
「はい。なんでしょう?」
「……あなたが私の夫だということは理解しました……それで」
「……それで?」
「私たちはまだ夫婦なのでしょうか?」

 …………私がまだ人妻なのかどうか、よ!

 それによって、私の心持ちも大きく変わるし、それに目の前のこの人を夫と呼ぶのか元夫と呼ぶのかだって変わってくる。
 だから、知りたい。
 あなたは私の夫なの?  元夫なの?  そして私はまだ、人妻なの?

 私の質問にハッとした彼は申し訳なさそうに頭を下げた。

「……離縁届けは提出していない、ので……だから、君は今も俺の妻……です」
「離縁……していない?」
「……はい」

(私、まだ人妻だったーー!)

 だけど、何故なの?
 私との婚姻を継続していたら好きな人?  に求婚出来ないじゃない!
 いったい夫は何をモタモタしているの?

「……えっと、なぜ?  ですか」 
「……」

 すると、夫は下げていた頭を上げる。
 だけど、その表情は悲しそうだった。

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