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23. 天国と地獄

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 王宮を出た俺が馬車に乗り込むなり王都から離れた街に行くようにと命じたので御者はなぜ?  という顔をしたが、とにかく頼むと言って押し通した。
 下手に父上に連絡なんてしたら全力で止めに入って来そうなのでこのまま向かう。

「……」

 ガタゴト揺れる馬車の中から窓の外を見ながら俺はひとり呟く。

「まさか、あのハワードの口からすまないという言葉が聞けるとはな」

 皆が知ったら驚くだろう。
 とくに陛下なんて腰を抜かすのではないだろうか。
 まぁ、ハワードは意地っ張りなのでこっそり俺を呼び出して謝ったことなんて皆の前では絶対に認めないだろうけど。

「……」

 でも、まさか呼び出しの目的がマーゴットに関する最重要な手がかりに関する話だったとは。
 しかも、治療施設の名前を耳にした後に調べた上で俺に話を持ってきた。
 きっとあの誰も信じていない噂の話を持ち出したり、マーゴットを悪女だの悪妻だの言ったのも俺の反応を確かめていたんだと思う。

「全く、分かりづらいな……」

 王家はハワードのしたことを公にしないようにと、呪いの事実を伏せたりと我が家に圧力をかけていたから、きっと、ハワードなりに思うことがあったということなのだろう……
 これをきっかけにハワードが人として成長してくれれば嬉しいと思う。

「───だけど、もし次に同じことがあっても、もう庇える気がしないな」

 俺はマーゴットが自分の身を犠牲にしてでも救ってくれようとしたこの命を決して無駄にはしたくないから。



 街が近づいて来ると俺の心は一気に不安になった。

(本当にマーゴット……なんだろうか?)

 マーゴットであってほしいと強く願う。

 父上たちの会話に出ていた施設。
 しかも、我が家とも関わったことがある施設。
 そして、何より最近現れたという治癒能力持ちの女性。
 その全てがマーゴットに繋がっているように感じる。

 ────ナイジェル様、私は自分の授かった力を最大限に使うことに決めたのです。

 もしも、本当にその治療施設にいるのがマーゴットなら、あの手紙に書かれていた通りじゃないか。
 ……とにかくマーゴットらしい、そんな思いしか浮かばないが。
 だが、そうなると別の心配が浮かんでくる。

(封印解いたはずのマーゴットの身体は大丈夫なのだろうか?)

 その治療施設で力を使っているなら、マーゴットへの負担は大きいはずだ。
 それとも俺の思い違いでマーゴットは封印を解いていない?
 解呪者は別にいる?
 そんな考えが一瞬頭をよぎるも、やっぱり俺の中ではマーゴット以外にはありえない……という思いが強くなるだけだった。


 そうして辿り着いた治療施設。
 静かに馬車から降りて施設内に足を踏み入れる。

「……」

 大きく深呼吸を二度三度繰り返して息を整えてから、俺は建物の受付へと向かった。



「フィ、フィルポット公爵令息様……!?」

 受付応対に出て来た女性が声をひっくり返して驚いている。

「え?  ここ、な、なぜ、こ、このような場所に……?」
「突然、押しかけて申し訳ない」

 俺が頭を下げるとますますその女性は動揺した。

「頭、上げてください……!  あ、もしかして、き、騎士団の任務でこの地に?  それでお怪我を?」
「いや、そうではない」
「ええ?  で、ではなぜ……ここは細々と経営する小さな治療施設で……」
「────人を探している」

 かなり混乱しているようだったので用件に入ることにした。

「ひ、人探し……ですか?」
「年齢は二十代前半、髪色は亜麻色で少しくせっ毛のある髪をした小柄な女性なんだが」

 もし、件の女性がマーゴットだとしても、名前をどう名乗っているかは分からないので下手に名前は出せない。

「え……それって……」
「!」

 もう少し、マーゴットの特徴を伝えた方がいいのかもしれないと思ったが、その反応を見るに思い当たる人がいるようだった。

「心当たりがあるのか?」
「え、ええ、まぁ、いないこともないかと」
「……おそらく、最近こちらにやって来たばかりだと思われる」
「!」

 受付応対の女性がゴクリと唾を飲み込んだ。

「失礼ですが、ご関係は?」
「────家族、だ」

 今もまだそう言っていいのかは正直、分からないが現状、マーゴットはまだ、俺の妻だ。

「家族───あ!  ではお迎えに?」
「え?」
「……そうですよね。絶対に探している人いますよね……そう思っていました」
「?」
「平民ではないことは、当然、分かっていましたが、まさかフィルポット公爵家の方だったなんて」

 その女性は何か納得したような顔でウンウンと頷いているが、話が見えない。
 だが、お迎えや、探している人がいる……この言葉が意味するのは───

「誰かに頼まれたのか、院長が突然、連れて来たんです。今日からここで働きますって」
「……」
「何か深い事情があるのだろうと私たちも思いましたが───」

 女性の話を聞きながら俺は確信する。

(マーゴットだ。絶対にマーゴットに違いない)

 無事……だったんだ。
 最悪、命はどうにか繋ぎ止められていたとしても深い眠りについている……
 そういう事態も想像していた。
 だが、この様子だとそういうことは無さそうだ。

「あの……今、彼女は……?」
「今は院長と一緒に外へとお使いに出ています。もうすぐ戻って来るはずです」
「!」

 もうすぐ会える!
 そのことに俺の胸は高鳴った。
 だが、絶対にマーゴットは驚くし、探さないでと言ったのにと俺に拒否反応を示す可能性が高い。
 そんなことも想像して会えたら最初に何を言おうかとたくさん考えた。
 考えて、考えて───

「あの!  ……ですが、その」
「?」

(……なんだ?)

 だけど、その女性は何かを言いづらそうにしている。
 その様子になんだかすごく嫌な予感がした。

「彼女は今───」
「マリィさん!  ただいま戻りました!」
「っ!」

 彼女が口を開きかけた時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
 振り向かなくても分かる。
 この声は間違いない。
 ずっとずっと一年間、そばで俺を励まし続けていてくれた声。

(──マーゴットの声だ!)

「あら?  お客さんですか?」

 そんなマーゴットの声につられるように俺は振り返る。
 緊張で今すぐ心臓が飛び出しそうだった。
 そして───

(マーゴット!)

 振り返ったそこには見覚えのあるマーゴットの姿。
 やっぱり彼女だった。そして無事だった。
 見ただけでは分からないが、元気そうに見える。

「……」

 マーゴットも突然の俺の登場に戸惑っているのか、何も言わずに俺の顔を見ていた。
 やはり、驚かせてしまったかと思い口を開きかけたその時。

「……えっと、?  どちら様ですか?」

 マーゴットの口から発せられたその言葉に、ガンッと鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

(……はじめまして?  どちら様ですか?)

 もしかして、マーゴットは初対面のフリを?
 そう思ったが、マーゴットの顔を見てとすぐに分かった。
 俺が受付応対してくれていた女性に視線を向けると彼女は沈んだ様子で俺に言った。

「……彼女、ここに来るまでの記憶が無いそうなんです」
「……!」

 俺はこの瞬間、天国と地獄を同時に味わった。







(───なんだろう?  私、この人のことを知っている気がする)


 院長先生とお使いに出て治療施設に戻って来た私は、入口の受付に見慣れない男の人がいることに気付いた。
 誰かしらと思いながらお客さんですか?  と、声をかけたらその男の人が振り返った。

(うっわぁ……かっこいい人)

 しかも見るからに貴族の男性なのは間違いない。
 ここは小さな治療施設なのに珍しいなぁって思った。
 そして、不躾にじっと見つめてしまったことに気付いて、私は慌てて挨拶をすることにした。

 ───はじめまして、と。

 でも、その人の表情が強ばったのを見て私は自分が失敗したことに気が付いた。
 それと同時になんだか懐かしい気持ちと、“この人だ”という想いが胸の奥に湧き上がってくるのを感じていた。

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