上 下
21 / 34

21. 怪しい兄妹

しおりを挟む


(俺のことが心配でしょうがなかった?)

 その言葉を聞いた時、何を言っているんだろう?  と思った。
 これでは、まるで今日の訪問は俺のことを心配してやって来たと言っているようなものじゃないか。
 マーゴットの見舞いと言っていたのはどういうことなんだ?
 一気に不快な気持ちにさせられた。

 ───パシッ

「……きゃっ!?」

(あ!)

 そのせいだろう。俺は反射的にマーゴ嬢の伸ばして来たその手を避けると即座に叩き落とした。
 避けるだけのつもりだったのだが、無意識に叩き落としてしまっていた。

「なっんで……!?」
「ナイジェル殿!  マーゴに何をする!」

 手を叩き落とされたマーゴ嬢は唖然とした表情で俺の顔を見た。
 その隣では兄のロイドも憤慨している。

「ナイジェル様!  酷いですわ……な、何をするんですか……!」

 そして当然といえば当然だが、我に返ったマーゴ嬢も同じく憤慨する。

「すまないが、俺は人に触られるのは苦手なんだ」
「に、苦手……?  あ、そ、そうでしたの」
「……ああ」
「ナイジェル様が気の毒だと思ったらつい手が伸びてしまって……潔癖症でしたのね」

 マーゴ嬢が困惑しながらも、どこか安心した顔を見せた。
 これはこれで変な誤解をしている気がした。
 だから、これだけは言っておかないといけない。

「───いや、潔癖症なわけじゃない。妻以外の女性に触れられるのが嫌なだけだ」
「え?  つ、ま?」
「そうだ。妻のマーゴットにならたくさん触れて欲しいし、自分からも触れたいと思う」
「……え?」

(一瞬だったが……分かりやすく顔が引き攣ったな)

 まさか俺がこんなことを言うなんて思わなかった……そう言わんばかりの表情だった。

 ちなみに、人に触られるのが苦手なのは本当だ。
 だが、マーゴットに触れられるのは最初から嫌だとは思わなかった。
 それは、マーゴットが癒しの力を持っていたから……
 ───いや、そうじゃない。
 マーゴットだからだ。
 あの優しいマーゴットだからこそ、不快に思うこともなかったんだ。

(今頃気付くなんて、本当に俺は駄目だな……)

 ……だが、悔いるのは後だ。
 今はこの絶対に許せないマーゴットの噂の件をどうにかしなくては。

(───どこからか聞いたか話のように振舞っているが、実は噂の出処はこの二人なんじゃないか?)

 様子のおかしい二人を見ているとそう思えてならない。

「───何か、おかしかっただろうか?」
「い、いえ。ですが、ほらナイジェル様とマーゴット様は……」
「……ああ、そのくだらない噂のせいで、どうやら誤解されているのかもしれないが」
「ご、誤解?」

 俺はにっこり笑顔を浮かべる。

「そうだ。俺は妻のマーゴットのことを愛している。なので、先程の話はありえない話だ」
「え……あ、愛……?  愛して……いる?」
「ああ、愛している」
「なっ……!」

 俺の発言がよっぽどだったのか、二人が揃ってピクピクと顔が引き攣らせ始めた。

「だから、いったいどこの誰がそんな間抜けな勘違いをして、そんな噂話を広げたのか……不思議で仕方がない」
「え、えっと……それは」
「そ、そうですわね……」

 ますます、二人の動揺が激しくなる。
 こんなはずじゃなかった……表情がそう言っている。

「───ああ、そうだ。その噂を流した人がどうしても許せないので、その人間を見つけ出して、厳重な処罰を与えたいと思うのだが──」
「「えっ!!」」

 さすが兄妹。息ピッタリに仲良くハモった。

「だから、もう少し詳しくその噂について教えて貰えるだろうか?  プラウズ伯爵令嬢」
「え……」
「その話はいつ頃から広まっているんだ?  初めて聞いたのはどこでだった?  その噂を聞いた他の人たちの反応は?」
「え……あ、う……」

 マーゴ嬢は質問に答えられず、言葉を詰まらせる。

「ナイジェル様……ど、どうして……」
「どうして?  俺は大事な妻を陥れられるような話を聞かされて大人しく黙っていられる性格ではないのでね」

 俺のその言葉を聞いたマーゴ嬢が泣きそうな表情になった。

「大事な……妻、だなんて……嘘……よ」
「嘘ではない。俺の気持ちを勝手に決め付けないでくれ」
「───だって!  だって私の方が……!」

 マーゴ嬢は強い口調で叫ぶ。

「私の方が?  なんだ?」
「───っ!」

 だけど一切動じない俺の顔を見てマーゴ嬢の表情が崩れた。
 そしてガクッと下を向くと小さな声で何やら言葉を発する。

「私……の方が…………に」

 聞き間違いでなければ“私の方が可愛いのに”と聞こえた。



 その後、もう少し深く追求しようとしたが、これ以上は分が悪いと思ったロイドがマーゴ嬢と俺の間に入って「……マーゴット様に会えないようなら、今日はもうお暇します。な、それでいいだろ?  マーゴ!」と言い出した。
 マーゴ嬢もそれに同調し二人は逃げるようにして公爵家から出て行った。

「……結局、マーゴットを心配していると言っていたのは最初だけだったな……」

 きっと、あれも口だけだったのだろう。
 マーゴットへのお見舞いはどう見ても口実だった。

 あの二人の目的は俺とマーゴットを仲違いさせることなのだろうか?
 だとすれば、マーゴットが公爵家から出て行ったことは知らないのだろう。
 もしも知っていたらわざわざこんな回りくどい方法をとる必要は無い。
 つまり、あの二人はマーゴットの行方に繋がる情報は持っていない。

「だが……目的がなんであれ、このまま有耶無耶にはさせない」

 あんな悪意の塊のような噂をそのままになんかしておけない。
 マーゴットが知ったら絶対に傷つく。
 いや、今もどこかで耳にしてもう傷付いているかもしれない。
 悲しませたくないのに……

「……すまない、マーゴット……」


─────


 それから、相変わらず見つからないマーゴットの行方を探しながら、俺は社交界での噂や、プラウズ伯爵家の兄妹についても調べを進めた。
 そして出た結論は───

(やはり、噂の出処はプラウズ伯爵家の二人のようだな……)

 だが、マーゴットの人柄のおかげか、その噂を信じるは人はおらず、むしろマーゴットに嫉妬した者の嫌がらせ……と世間では思われていることが分かった。
 つまり、二人の目論見は失敗していると言っていい。

 証拠はほぼ固まったため、プラウズ伯爵家に行って尋問する準備を進めていたその日。
 俺の元に王宮から手紙が届く。
  
「……?」

 誰からかと思えば……
 差出人は、一年前……俺が呪いを被るきっかけになった王子だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫
恋愛
 彼は私を愛していない。  ただ『責任』から私を婚約者にしただけ――。  しがない貧しい男爵令嬢の『エレン・レヴィンズ』と王都警備騎士団長にして突出した家柄の『フェリシアン・サンストレーム』。    幼い頃出会ったきっかけによって、ずっと淡い恋心をフェリシアンに抱き続けているエレン。    彼は人気者で、地位、家柄、容姿含め何もかも完璧なひと。  でも私は、誇れるものがなにもない人間。大勢いる貴族令嬢の中でも、きっと特に。  この恋は決して叶わない。  そう思っていたのに――。   ある日、王都を取り締まり中のフェリシアンを犯罪者から庇ったことで、背中に大きな傷を負ってしまうエレン。  その出来事によって、ふたりは婚約者となり――。  全てにおいて完璧だが恋には不器用なヒーローと、ずっとその彼を想って一途な恋心を胸に秘めているヒロイン。    ――ふたりの道が今、交差し始めた。 ✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢  前半ヒロイン目線、後半ヒーロー目線です。  中編から長編に変更します。  世界観は作者オリジナルです。  この世界の貴族の概念、規則、行動は実際の中世・近世の貴族に則っていません。あしからず。  緩めの設定です。細かいところはあまり気にしないでください。 ✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

処理中です...