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19. 無償の愛

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✳✳✳✳✳✳


 マーゴットの持つ強大な治癒の力というものが“呪い”にも効くものなのか否か。
 俺はどうしてもその答えが知りたかった。

「お、奥様の力が呪いまでどうにか出来るほどの強大な力……なのかどうか、ですか?」
「そうです」

 俺が詰め寄ると、先生はあからさまに困惑の表情を浮かべた。
 そして思った通りはぐらかそうとする。

「いや、それを私に聞かれましても……」
「───先生は鑑定が出来ますよね?  だからこそ、マーゴットに力があり封印されていることも見抜けた。それなら、マーゴットの力がどんな力なのかも鑑定していれば分かったのでは?」
「……」
「教えてください!  マーゴットの持っている力は、俺の呪いを解くことも出来るような力なんですか!?」
「……」

 先生は何度も口を開きかけては閉じる……という動作を繰り返してから、やがて観念したようにポツポツと語り始めた。

「奥様にも同じように詰め寄られました……あなた方は夫婦揃ってそっくりですね」
「!」

 “夫婦”という響きに胸が痛む。
 俺は、マーゴットに愛想を尽かされていてもおかしくないくらいには、夫らしいことを何一つ出来なかった最低な夫なのに。

「……」
「…………ナイジェル様、まず奥様はそもそも力が強大という以前に“特殊”な力の持ち主でした」
「え?」

 俺は沈んでいた顔を上げる。
 特殊?  
 首を傾げる俺に先生は続ける。

「奥様の治癒能力は、他の方々と違って吸収型でした」
「吸収…………はっ?  待ってくれ……それって」

 ますます胸が痛む。
 吸収?  つまりそれは……
 先生は俺の言いたいことが分かったようで静かに頷いた。

「そうです。奥様の治療能力は一度、自分の身に相手の病や怪我の苦しみを代わりに請け負って相手を癒すという方法を取ります」
「代わり───!?」

 いや、待て待て、待ってくれ……
 マーゴットの残した手紙にはなんて書いてあった?
 能力があることが判明してからこっそり俺に治癒魔法を使っていた……そう書いていなかったか?

「先生!  マーゴットは俺に力を使っていたと!  ………マーゴットの身体への負担が!」
「はい。ですから、ナイジェル様の診察の際に奥様も一緒に診ていました」
「なっ!」

 俺はガクリとその場に崩れる。
 何も知らなかった。
 マーゴットが治癒魔法を使っていたことも、俺の痛みや苦しみも一緒に引き受けてくれていたことも。
 それなのに俺はただただ、マーゴットの優しさに甘えてばかりで……

(畜生……!  自分で自分が嫌になる!)

「ナイジェル様、本題に戻ります。奥様に秘められていた強大な力は……」
「力は……なんだ?」
「────浄化、です」

 その言葉に俺は息を呑んだ。

「じょ、浄化って……それは滅多に持つものがいない珍しい力……」
「そうです。奥様は封印されていて使えませんでしたが“浄化”の力を秘めていました。浄化ならナイジェル様の複雑化した呪いも取り払うことだって…………可能でしょう」
「……!」

 ───やはり、マーゴットは呪いに効く力を持っていた!  
 その予想は当たっていた。
 だが……

「そ、そのことをマーゴットは?」
「……本当は言いたくはなかったのですが、ものすごい剣幕だったので話してしまいました」
「……」

 マーゴットも自分の持つ力……浄化のことを知っていた……
 どんどん嫌な予感ばかりが強くなっていく。

「奥様の場合、浄化の力を使おうとすると代わりに自分の身に呪いを請け負うことになります。もちろんその後に浄化は出来るわけですが……なので使ったら奥様も苦しむことになるかもしれないとお伝えしました」
「……っ!」

 あの呪いがどれだけ苦しいかは俺が一番知っている。
 もし、マーゴットが封印を解いて俺に浄化を試みていたら……そう思うだけでゾッとする。

「ですが、そのことよりももっと大きな問題があったので、それも奥様には伝えています」
「……もっと大きな問題?」
「封印されるほどの強大な力の解放……もし封印を解いてしまえばその代償として奥様の身の保証はありません───」

 その言葉に頭がクラッとする。

「……それは最悪……い、命に関わる……可能性……も?」

 先生は目を伏せながら悲しそうな表情で頷く。

「……さすがにこれだけ聞けば奥様も封印の解除は思いとどまるだろうと思ったのですが───」
「……」
「ですが、それなら、ナイジェル様の呪いを解いたのは誰なんだってことになるので、まさかとは思っておりました」
「先生……」

 どうやら先生は、マーゴットの封印解除と俺の解呪に関しては関わっていないようだ。
 だが、もしもマーゴットが封印を解いて力を使ったのなら、その場に医者は必須だろう。
 なぜ呼ばなかった?
 そう疑問に思うもすぐにハッと気付く。

(いや、マーゴットには治癒能力を持った父親がいるじゃないか!)

 先生はマーゴットが封印を解くといったら止める可能性が高かったから呼ばなかったのでは?

 父上と屋敷の使用人たち、そしてマーゴットの父親のプラウス伯爵……皆、様子がおかしかった。
 そこから察するに俺の呪いを解呪したのはマーゴットしかいない。
 そして、マーゴットが俺に会わずに姿を消したのは……

 心臓が苦しい。
 発作の時とは全然違う苦しみだった。
 そして問わずにはいられない。

「……なぜ……マーゴットは……自らを危険に晒してまで俺にそこまでのことを……」
「はて?  ナイジェル様は何を言っているのですか?  そんなの決まっています───愛でしょう?」

 先生が当然のように愛だと口にしたので、俺はびっくりしてその場に固まる。

「ナイジェル様は、むしろ愛、以外に何があるとお思いですか?」
「……あ、い……」
「無償の愛…………奥様らしいですね」
「マーゴットの……愛」

 ───ナイジェル様!

 俺の頭の中に、いつだって明るく優しい笑顔のマーゴットの姿が浮かんだ。
 会いたい。
 あのホッとする笑顔が見たい。

「……マーゴッ……ト」

 俺の目から涙がこぼれそうになる。

 先生の話だとマーゴットは最初は封印を解くつもりはなかったと言っていた。
 理由は俺が心配するから。
 だが、俺の呪いの症状が進んだことで、考えを変えたのかもしれない。
 自分を犠牲にしても───と。

「……っ!」

(しっかりしろ───今は、くよくよ嘆いて泣いている場合じゃない!)

 泣くのはマーゴットの無事を確かめてからだ。
 ───マーゴットは絶対に生きている!  
 まずは何よりも俺がそう信じなくては。

 そう決意してグッと拳を強く握る。

「ナイジェル様?」
「──先生、突然押しかけてしまったのに話を……ありがとうございました」

 俺は頭を下げて病院を後にする。
 そして、空を見ながら呟いた。

「──なぁ、マーゴット。俺は君に話したいことが沢山あるんだ……だから、ごめん。君を探すことは諦められそうにない……」

 父上、使用人、マーゴットの父親……彼らは知っていることがあるはずだが、絶対に口を割らないだろう。
 それなら、俺は俺で───勝手にさせてもらう!
 もし、マーゴットが何かに苦しんでいるなら今度は俺がマーゴットを救いたい。





 そうして俺がマーゴットの行方を追い始めてから数日後のことだった。
 マーゴットに繋がる有力な手がかりもなく、日にちだけが過ぎてしまい焦っている俺の元へ、訪問連絡が届いた。

「訪問?  こんな時にいったいどこの誰──…………なっ!?」

 その名前を見て驚いた。
 俺の元へ訪問連絡を寄越したのは───ロイド・プラウズとマーゴ・プラウズ。
 プラウズ伯爵家の二人だった───

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