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17. 残された時間

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 ───それからの日々は特に変わらず過ぎていった。

 けれど、ナイジェル様の呪いが解ける形跡はなく……
 ずっと解呪を試みている能力者によると、元々呪いが複雑化していた所に加えて長期化したことで、更に悪い状態になってしまっているという。
 一見すれば、良くもなっていないけど悪くもなっていない……そう見えたナイジェル様の症状は確実に彼の身体を蝕んでいた。


「……不思議なんだけど、こうしてマーゴットに触れていると元気になれる気がする」
「そうですか?」
「ああ……どうしてかな」

 ナイジェル様は私と手を繋ぐと力無く笑いながらそう言った。

(……良かった。私のなけなしの治癒能力でも効果があるみたい…………でも)

 繋いでいる手には前ほどの力が……無い。
 ここ数ヶ月でナイジェル様の症状は一気に悪化してしまった。
 お医者様は、ギリギリ保っている状態……そう言った。

(それはつまり、いつ容態が急変し何が起きてもおかしくないということ───)

 実際、ナイジェル様に治癒魔法を使った後にくる私の疲労は以前より酷くなっていた。
 それだけナイジェル様の身体が弱っている証拠───

「そういえば、マーゴット。またお茶会の誘いを断ったんだって?」
「え!  ……だ、誰から聞いたのですか?」
「父上だけど?」
「……公爵様が」

 ナイジェル様にはあれだけ言わないで、と念を押したのに!

「……あ、いや、俺が無理に聞き出したようなものだから、父上を責めないでやってくれ」
「ナイジェル様が?  ……どうして?」

 私がそう聞くとナイジェル様は寂しそうに笑った。

「マーゴットが最近、あまり外に出かけていないような気がして、気になったんだ」
「え!」

 その指摘にギクッとした。

「やだ、ナイジェル様。そ……そんなことは」
「いいや?  そんなことある」
「……」

 きっぱりと断言されてしまい私はそれ以上の言葉が出ない。

(だって、怖いんだもの……もし私がいない時にナイジェル様に酷い発作が起きてしまったら?  もしそれが最期の瞬間だったらって───……)

 考えたくないのに、ついそんなことを考えてしまう。

「でも私……今はナイジェル様の傍にいたいんです」
「マーゴット…………ありがとう」

 私が微笑んでそう言うと、ナイジェル様も優しく微笑み返してくれた。
 でも、その笑顔を見て私は確信した。 

(きっと、ナイジェル様は自分に残された時間が少ないと予感している──……)




 ───その翌日。
 今日はナイジェル様の診察ついでに私もお医者様の診察を受けることになっていた。

「奥様、また顔色が悪いですよ」
「え?  そうですか?」
「その様子……ナイジェル様にかなり力を使っているのではありませんか?」
「……」

 その指摘に私は黙り込む。だって、図星だったから。

「───いいですか?  奥様の治癒の力は人と違って特殊なのですよ!」
「わ、分かっています……」

 先生曰く、どうやら、私の治癒能力は他の人と違うらしい。
 これまで何度か詳しく教えて欲しいと頼んだけれど、いつもはぐらかされてばかり。

「奥様は色々と無茶をしてしまいそうで心配です」

 大きなため息と共にそう言われた。
 それは“封印”のことを言っているのだと思う。
 このお医者様は私と顔を合わせる度に「封印は解いていませんよね?」と確認してくる。

「そんな……無茶はしませんよ?」
「本当ですか?」
「ええ、だって私に何かあるとナイジェル様が心配してしまいますから」

 ナイジェル様ってかなり心配性なんです。
 そう言ったらお医者様は苦笑した。

 無茶はしない。
 力の封印だって解いたところでナイジェル様の呪いが解呪出来るわけじゃない。
 だから、解くつもりはない。

(それでも……気になることがあるの)

「先生、私の力は強大で特殊だと言いますが、具体的にはどういう力なのですか?」
「奥様……ですから……ずっと言っていますが、とにかく特殊……としか」
「……」

 先生は、またしてもはぐらかそうとするので、私は今日こそはと詰め寄る。

「先生は“鑑定”能力持ちですから、私の力が見えているんですよね?」
「……」
「特殊ってなんですか?  お願いします、教えてください!」
  
 私は何度も頭を下げて頼み込んだ。


─────


 それから数日後。
 その日の私は久しぶりにお茶会に参加した。

(もう、ナイジェル様ったら!)

 ここ数ヶ月、ずっと私がナイジェル様に付きっきりなのを心配して、彼は私を外に出すために強硬手段に出た。
 結果、私が折れてこうして数ヶ月ぶりのお茶会の参加が決定した。

(もう!  帰ったら一番苦~~い薬草を煎じて飲ませてやるんだから!!)

「マーゴット様、お久しぶりですね」
「ここ数ヶ月、お誘いしてもお断りばかりされるからどうされたのかと心配していました!」
「体調が悪かったわけではないのですよね?」

 私が姿を見せると、次から次へと質問が飛んできた。
 一見、これまで姿を見せなかった私を心配しているようだけど──その質問の裏には“ナイジェル様”について探りたいという様子が見え隠れしている。

(まぁ、そうなるわよね……)

 だって、ナイジェル様が療養に入ってからもうすぐ一年。
 パッタリ表舞台に現れないことからも、もう誰もがただの怪我ではないことは察している。

「あ、あの!  マーゴット様……やはりナイジェル様のご容態はよろしくないんですの?」
「!」 

 遂にその質問が来たのね、と振り向いた私の身体がビクッと小さく跳ねた。
 その質問を口にしたのは、マーゴ・プラウズ伯爵令嬢。
 あの、マーゴ嬢。

(……よりにもよって、どうしてあなたがそれを聞くの……) 

 私は内心で複雑な気持ちになりながら、予め決められている答えを口にする。

「いえいえ、思っていたより療養期間が長すぎて身体がなまってしまって、これではまだ皆様の前に顔は出せないと言い張っているだけなのです」
「そう……なんですね」
「ええ、騎士のプライドだそうですよ」
「……」

 私のその言葉に大体の人は、騎士様ですものねぇ、と納得してくれたけれど、マーゴ嬢だけは何だか納得のいかない表情をしていたように見えた。



 そんな彼女の表情の意味を理解したのは、お茶会もだいぶ進み、ちょうど私が御手洗に行った時のことだった。

(話し声がするわ……先客?  というかこの声は──マーゴ嬢の声!) 

 声が可愛いからすぐに分かる。
 どうやら、マーゴ嬢が他の令嬢と話している声のようだった。

「しっかり。足元がフラついているわよ、大丈夫?  マーゴ」
「ええ、ありがとう」

(マーゴ嬢、具合悪いのかしら?)

 お茶会の席に着いている時はそんな具合の悪い様子は見受けられなかったけど。
 私は盗み聞きはよくないと分かっていながらも、その場から動けずについつい会話を聞いてしまう。

「マーゴ……やっぱり。フィルポット公爵令息様のことが心配なの?」
「ええ……だってもう一年近くお姿を見ていないのよ……」

(───ナイジェル様の話!)

「マーゴ。あの方はもうご結婚されているのよ?  いい加減に諦めないと」
「そんなことは、分かっていますわ!  でも……私、やっぱり……“彼女”が羨ましくて」
「マーゴット様のこと?」
「だって、あんな突然、結婚だなんて!  ……マーゴット様への求婚の手紙……どうせならいつものように間違って私の元に届いてくれたら良かったのにと何度思ったことか……!」
「マーゴ、落ち着いて!」

(…………っっ!)

 マーゴ嬢は隣の友人に向かってポロポロ涙をこぼしながらそう叫んでいた。
 私は呆然としてしまい、その場から動けずただただ立ち尽くす。

 ────マーゴ嬢がナイジェル様のことを心配していて?
 ────もう結婚しているのだから、諦めないと?
 ────私が羨ましい?
 ────間違っててもいいから求婚の手紙が……欲しかった?

(それって……マーゴ嬢がナイジェル様のことを……好きってこと?)

 二人は両想い……だったの?
 そう思った瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

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