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16. あなたの“妻”です!
しおりを挟む「───と、いうことがありましたので、今後も気を付けようと思います」
「……」
屋敷に戻った私は、ナイジェル様に図書館での出来事を報告した。
(黙り込んでしまったわ……そして、すごい眉間に皺……)
正直、プラウズ伯爵家──マーゴ嬢を連想させかねない話をナイジェル様にはしたくなかったけれど、ロイド様が私やナイジェル様……公爵家を陥れようとしているなら話は別。
隠しておくことの方が後々の問題になりかねない。
そのため、すっかり頭から抜け落ちていたこの間のパーティーでのことも含めて話をした。
(そんな真剣な顔……マーゴ嬢のことを考えているのかしら?)
「パーティーでも会っていたのか」
「はい」
「……」
このかなり深い眉間の皺は、俺もマーゴ嬢に会いたかったのに……という思いも含んだ皺かしら。
「非常に面白くない出来事だな……」
「……ですよね」
想い人の兄がよからぬことを企んでいるなんて辛いに決まっ───
「───マーゴットは俺の“妻”なのに」
(…………ん? 私?)
自分の名前が聞こえたのであれ? と思ってナイジェル様の顔をじっと見つめる。
私にじっと見つめられたナイジェル様が、頬をほんのり赤く染めながら狼狽えた。
「な、なんだ……?」
「いえ、確かに私はナイジェル様の“妻”ですけど……」
「そうだろう? それなのにマーゴットを口説いた? それも二回も……許せない」
ギリッと唇を噛みながらナイジェル様は怒りをあらわにしていた。
「───美しくも可愛くもない私なんかを口説くのですから嫌がらせにしては手が込んでいますよね」
「───いくら、マーゴットが魅力的で可愛いからといって!」
私たちは同時に口を開いた。
「……え?」
「ん……?」
同時に口を開いたため、互いの言葉がよく聞こえず顔を見合せた私たちはあれ? と、二人で首を傾げた。
(今、ナイジェル様はなんて言っていた?)
───か、可愛いなんて言葉が聞こえた気がしたのは……気のせい、よね?
「…………コホンッ、ま、ましてや、マーゴットを誘いさえすればホイホイ軽く乗ってくる女だと思っているのも気に入らない!」
「……!」
「愚かな奴め……今頃、相手にされなかったことを悔しがっている所だろう」
「……!」
(え……私のために怒っている……?)
その後もナイジェル様の怒涛の独り言が続いていく。
“可愛い”という言葉を聞くことはなかったけれど、その言葉の中にも“マーゴ嬢”の名前は一度も登場することはなく……
また何故なのか、私を褒め称えるような発言ばかりに聞こえて来て、どんどん私の方が恥ずかしくなっていった。
「それで、だ……マーゴット!」
「は、はい!」
遂に独り言を終えたナイジェル様が私の方に顔を向ける。
その瞳は真剣そのもの。
私の胸がドキンッと大きく跳ねた。
「そいつにベタベタと触られたりしていないか!?」
「さ、触っ……!?」
「君の手を握ったり、肩を抱いたり、髪を触ったり……そういう行為だ!」
ナイジェル様の何だか私に指一本でも触れていたら、叩き切ってやる! と、言わんばかりの迫力に胸のドキドキが止まらない。
「……なななな無いです!」
「そ、そうか!」
慌てて私がそう答えるとナイジェル様はホッとしたのか、安心したように笑った。
こ、これはどういう感情なの……?
そのことに更にドキドキしていたら、なんとナイジェル様が腕を伸ばして私を抱き寄せた。
私は心の中で声にならない悲鳴をあげる。
(────~~~~!?!?!?)
「ナナナナナナナイジェル様!? な、何をして……!」
「……」
ギュッ……
ナイジェル様は無言のまま、私を抱き寄せた腕に更に力を込めた。
この間、苦しんでいるナイジェル様に私から無我夢中で抱きついてしまったけれど、あの時とは違う温もり……
トクントクントクン……
(……ナイジェル様の心臓の音が聞こえるわ)
それは私と同じくらい早い鼓動を刻んでいた。
それって、ナイジェル様も私にドキドキしているってこと?
そう思ったら、もう、私の頭の中は大パニックでなにが何だか分からなくなった。
「……つ、“妻”に触れてみようと……思った」
「つ!」
すると、頭上からぶっきらぼうな声が聞こえて来た。
これは顔を見なくても分かる。
私も人のこと言えないけれど、絶対にナイジェル様は照れている!
私はそっと顔を上げた。
案の定、真っ赤な顔のナイジェル様と目が合った。
「……妻」
「つ、妻だろう?」
「はい、妻です……」
傍から聞いたら変な会話だろうとは思いつつも続ける。
「い、今更、妻に触れてみよう……ですか?」
「うっ……」
「間違いとはいえ、私が嫁いで“妻”となってもう何ヶ月経ったと……」
「ぐっ」
ナイジェル様が言葉を詰まらせる。
ほんの少しだけ意地悪を言ったつもりだったのに、ナイジェル様は思っていたよりも真剣に受け止めてしまっていた。
「あ、ごめんなさい。えっと冗談で……」
「マ、マーゴットに! ───こ、こんな風に触れたいと、ずっとお、思っていた……!」
「え!」
顔を真っ赤にしたナイジェル様はプイッと顔を逸らす。
「だが、さ、さすがに、それは嫌がられるかと……思っ……」
「……ナイジェル様」
「っっ! マーゴットは、い、嫌じゃない、のか?」
「……」
顔は私から逸らしたままだけど、耳まで真っ赤なうえ、おそらく瞳も不安で揺れている。
そんな“ナイジェル様”が伝わって来た。
(なんて不器用なの……)
もうずっと私の胸はドキドキとキュンキュンを繰り返している。
「い、嫌なわけありません!」
「!」
「もっと、ふ、触れてください……!」
「マーゴット……?」
私は顔を真っ赤にして叫ぶ。
たとえ、間違いから始まった関係でも、いつか“終わり”が来るのだとしても……
「わ、私はナイジェル様のつ、“妻”ですから!」
「───!」
そう口にした瞬間、ナイジェル様に強く抱きしめられた。
びっくりしたけれど、私も背中に腕を回してギュッと抱きしめ返した。
(あたたかい……)
「……マーゴット」
「ナイジェル様……?」
ナイジェル様の顔が近付いて来たので、まさか! っと胸を高鳴らせたのだけど、ナイジェル様は私の肩に頭を置いて息も切れ切れに言った。
「──す、すまない……胸が……く、苦し……」
「────!!」
(ほ、発作ーーーー!)
「ナイジェル様! と、とにかく! ね、寝て下さい! よこ、横になって!」
「うっ、す……すま、ない……」
幸い発作は軽いものですんだけれど、残念ながら甘い空気は一瞬で崩れてしまった。
(色々と勿体なかったような……いえ、そういうことでは……ないわ)
変な葛藤は有りつつも、ナイジェル様が私を“妻”として見て扱ってくれていることに幸せを感じた。
だからこそ、ナイジェル様の呪いが解けても、このまま“妻”として傍に居られるのでは───……
そんな淡い期待を私はほんの少しだけ抱いてしまった。
そんなに上手く事が運ぶはずがなかったのに。
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