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13. 封印された力

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「黒いモヤ?」
「はい。黒いモヤが見えます。そのせいで奥様は力が使えないのではないかと思われます」
「……」 

 お医者様にそう言われて私は、自分の両手をじっと見る。
 そのあと、もう一度お医者様の顔を見た。

「私は力が“無い”のではなく、何らかの理由で使えないだけ……ということですか?」
「おそらくですが」

 お医者様は頷いた。

「使えない理由が黒いモヤなのでしょうか?  これは?」 
「普通に考えるなら封印かなにかでしょうかね」
「封印……」

 そう言われると何故?  という気持ちが強くなる。

(いったいなんのために私の力を封印する必要が───?  それに誰が?)

「先生、“力”を封印される人というのはよくいるのですか?」
「まあ、いないこともないです」
「そうですか……」

 それならば、もし、力の封印が解除されたら、私の持つ力はナイジェル様のお役に立てたりしないかしら?
 だけど、そう考えた私の考えは筒抜けだったようでお医者様は私に言った。

「ですが、奥様。解除方法があったとしても封印は解かれない方がいいですよ?」
「それは……封印されるだけの理由があるから……ということですよね?」
「はい」

 お医者様は深刻そうな顔で頷いた。

「たいてい封印されるような力を持つ方は、危険な力、もしくは強大な力を持っていることが多いのです」
「危険か強大な力……」
「あと、そのせいで身体が弱い人が多いですね」
「え?」

 私はその言葉に驚いて顔を上げた。

「どうかしましたか?」
「あ、いえ……私、子供の頃は身体が弱かったので」
「今は?」
「今は問題ありません。よくなりました」

 お医者様はそれを聞いて目を見張った。
 そして、うーんと考えながら言った。

「……子供の頃だけ?  ……では、奥様は子どもの頃に誰かの手によって力が封印され、今に至るのかもしれませんね」
「……つまり、私の力の封印を解くことは」
「おすすめしません」
「……ですよね!」

 私はがっくり肩を落とした。
 ナイジェル様の力になりたかったけど、どうやらそれは無理そう。

(だけど───……)

 私の持っている力って何かしら?  やっぱり治癒能力?
 それと……身体が元気になった頃に誰かに力を封印されたのなら、どうしてその前に受けた鑑定でも“力が無い”という判定だったのかしら?

(うーん?  なんだか謎が残るわ……)

「ですが、奥様」
「はい?」
「奥様の力の封印なのですが────少し綻びがあるようです」

(……え?)

 お医者様から告げられたその言葉に私は戸惑いを隠せなかった。




 診察を終えた私は、その足でナイジェル様の元に向かった。

「マーゴット?」
「ナイジェル様……」
「どうした顔が暗い。鼻血は大丈夫だったのか?  診察は終わったのか?  どうだった?」

 ナイジェル様が心配そうな顔でどんどん質問責めしてくる。
 過保護だわ……と思って苦笑してしまう。

「えっと、鼻血……は大丈夫でしたので、このことはぜひ、ナイジェル様の記憶からは抹消して欲しいです」
「……ふっ。なかなか無茶な要求を」 
「いいえ!  出来うる限り抹消の方向で!  お願いします!」

 私はズイッとナイジェル様に近付いてそうお願いした。
 すると、なぜかナイジェル様の顔がみるみるうちに赤くなり……

「マーゴット!  ち、近い!」
「あ……す、すみません!」

 私も近付きすぎて頬が熱くなってしまったので、慌てて後ろに下がって距離を取った。

「……コホンッ……で、他は?  問題なかったか?」
「あ、それなのですが!」
「……!  まさか、どこか悪い所があったのか!?」

 ナイジェル様の顔が一気に心配顔に変わる。

(具合が悪いのはナイジェル様の方なのに……!  もう!)

「そうではなくて、私、全くの無能ではなかったようなんです!」
「え?」

 私が笑顔でそう口にしたら、ナイジェル様は目を丸くしてとても驚いていた。




✳✳✳✳✳✳


(……怖い。だが、読まなくては……)

 ナイジェルはどうにか開封した手紙にそっと目を通す。
 そこに書かれている字はやはりマーゴットの字。これも彼女が書いたものに間違いない。

 《───ナイジェル様へ
 この手紙を読んでいるということは、お父様に会いに行ったのですね?》

 そんな書き出しで始まっていたので、マーゴットに自分の行動はすっかり読まれていたのだな、と思った。

 《……もともと、あなたの呪いが解けるまでは……そう言って私は公爵家に“嫁”として置いてもらっていました》

 分かっている。だけど、俺は……

 《──ナイジェル様、覚えていますか?  私が全くの無能ではないらしいと言った時のことを》

「……」

 そこまで読んで、マーゴットが鼻血を出した日のことを思い出す。
 突然、鼻血を吹き出したものだから焦ってパニックになって大声で叫んだっけ……
 あとから記憶から抹消して欲しいと、凄い表情で迫られたが…………あんなの忘れられるはずがない。

 《あの時、私が最後まで説明する前にナイジェル様は発作を起こしてしまったので、有耶無耶になってしまったのですが、私はお医者様の診察の結果、少しですが治癒能力が使えることが判明していました》

「治癒能力を?  まさかマーゴット……」

 《治癒の力はこっそり、ナイジェル様にも使っていました。黙っていてごめんなさい。だって、ナイジェル様はとても心配性だったから……》

「うっ!  それは、マーゴット………君のことが……」

 《────ナイジェル様、私は自分の授かった力を最大限に使うことに決めたのです。ですから、もう探さないでください。最初に残した手紙にも書きましたが、私はあなたの幸せを遠くから願い、そして見守っています─────マーゴット》

「マーゴット……君はやっぱり探すなと言うんだな」

 ……だけど、なんだろう?
 やっぱり何かが引っかかる。
 一見するなら、実は持っていた治癒能力を活かして遠くで私は頑張ります……そう言っている手紙のはずなのに。

 そもそも、やっぱり手紙というのが不自然だ。
 マーゴットの心優しい性格なら、俺の呪いが解けたことをその目で確認してから、目を覚ました俺にその場でこの手紙に書いたような内容を言うはずだ。

「どうだ?  ……納得したか?  ナイジェル」

 俺が手紙を読むのを黙って見守っていた父上がそう問いかけてくる。

「……いいや」
「だが、探さないでくれとマーゴットは言っているんだろう?」
「……そうですが」

 折れる様子のない俺に父上が大きなため息を吐いた。

「お前は、プラウズ伯爵令嬢のことが好きだったのではないのか?」
「え?」
「それなのにマーゴットを追いかけようというのか?」
「……」

 初めは本当に驚いた。
 だから、「君じゃない」なんて酷い言葉が口から出てしまった。
 それなのにマーゴットはこんな俺を一度も責めることもせず───……

「父上、俺はマーゴットと過ごすようになってから、プラウズ伯爵令嬢……彼女のことを考えることは、なくなっていたんだ」
「ナイジェル?  お前……」
「……俺の心の中はマーゴ嬢じゃない。この一年、ずっとマーゴットでいっぱいだったんだ……」

 なぁ、マーゴット。
 だから俺はあの時君に───……

「お、おい?  ナイジェル!?  どこに行く!」

 屋敷の中ではなく外に向かって歩き出した俺を父上が引き留めようとする。

「……父上や使用人たちは何かを知っていることがありそうなのに口を割らないようなので」
「ナイジェル!」

 今は少しでもマーゴットに繋がる情報が欲しい────……


✳✳✳✳✳✳
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