上 下
11 / 34

11. 気持ち悪い人

しおりを挟む


「……私と話を、ですか?」

 ロイド様に私が聞き返すと、彼はまたさらに甘く微笑んだ。

「そうです。我々は家名のせいで近付くことを許されませんでしたから」
「は、はあ……そう、ですね」
「私はずっとそれが寂しいと思っていたのです」

 私は、ロイド様にもマーゴ嬢にも特に積極的にお近付きになりたいとは思っていなかったのだけど……?
 ロイド様は違うということかしら。

「だから、まさか、こんなにも早くあなたが結婚してしまうとは夢にも思いませんでした」
「……さきほど妹のマーゴ様にも言いましたが、ご縁がありましたので」
「そのようですね」

 私のその言葉を聞いたロイド様が今度は悲しそうな表情を浮かべた。

(……何かしら?  先程からいちいち反応が大袈裟な気がする)

「ですが、ナイジェル殿はいったいいつあなたを見初めたのでしょう?」
「え?」
「こう言ってはあれですが……その、あなたは妹と違って……あまり目立たないと言いますか……コホンッ」
「……」
「中には、うちの妹と間違えたのでは?  なんて言う人もいたりして……全く、何を言っているのか」

 ロイド様の言葉にやっぱりそう思う人はいるのね、と思った。
 それだけ私とナイジェル様の突然の結婚は世間的にも疑問だったということ。

「こんなことなら貴女が目立たない壁の花でいるうちに……父を説得して私が申し出ていればよかったと後悔していますよ」
「…………まあ、プラウズ伯爵令息様は冗談がお上手なんですね」

 私はどうにか笑顔を作って言葉を返す。引き攣っていないといいのだけど。

「冗談?  まさか!  私は本当にずっと前から貴女のことを気にかけて……」
「プラウズ伯爵令息様?  お分かりですか?  私は、もうフィルポット公爵家、ナイジェルの妻なのですから、そういう言葉は慎んでくださいませ」

 ロイド様がなんでこんなことを口にするのかは分からない。
 けれど、私がすでに人妻の身だと分かっているのに、こういう何かを含んだような話をしてくることが気持ち悪いと思う。

(それにこの人の言い方はいちいち気に障る……!)

 妹のマーゴ嬢と比べる発言を平気でしたり、私を壁の花だと言ったり……
 なにか意図があって私を口説いているにせよ、全くときめくポイントが無い。
 しかも、いちいち甘く微笑んだり、大袈裟に悲しそうな表情を浮かべたり……これもなんだか気持ち悪い。
 まるで、自分の容姿がそれなりにいいことを分かっていて、わざとそう振舞っているみたいに見える。

(同じ美形の部類でもナイジェル様とは違う。ナイジェル様は自分の容姿には無頓着だもの)

 前に鏡を見てため息を吐いていたから、てっきりやつれたせいで美貌が衰えたことを嘆いているのかと思ったら、鍛えた身体が衰えていくのが悲しいと嘆くような人なのよ!
 思わず、顔……はいいのですか?  と聞いたら「顔?」と、不思議そうにしていたわ……

「しかし、ナイジェル殿は床に伏せっていると聞きました」
「……ええ」
「せっかくの新婚なのに貴女だってそれは退屈なのではありませんか?」
「退屈?」

 ロイド様はなぜかしつこかった。
 私がすでに人妻であることを念押ししたのに引き下がろうとしない。

「今のナイジェル殿では今夜のようなパーティーで貴女をエスコート一つ出来ないわけでしょう?  それは女性としてつまらないのでは?」
「……つまらない?」

 ロイド様はまたまた甘い微笑みを浮かべて私の耳元で囁くように言った。

「──私なら貴女に寂しい思いなどさせないのに」
「!」
「私は貴女の味方です。何かあれば───例えば夫に嫌気がさしたとか……ね。そういう時はいつでも私を頼ってください。連絡をお待ちしていますよ───フィルポット夫人」
「……」

 ───退屈?  女性としてつまらない?  寂しいだろう?   だから何かあれば頼って?
 そして、私がナイジェル様に嫌気がさす───?
 何を言っているの?  と思って顔を上げた私にロイド様はまたしても甘く蕩けるような笑顔を見せる。

「ではまた……ああ、そうだ。次に会う時はぜひ、私のことはロイドと呼んでくれたら嬉しいな」
「はい?」

(何それ……)

 私は、言いたいことだけ口にして去っていく彼の背中を唖然とした気持ちで見つめていた。





(なんだか無性にナイジェル様の顔が見たい……)

 パーティーから帰宅した私は、すぐにナイジェル様の元に向かった。
 使用人の話だと特に大きな発作も起こらず無事に過ごしていたという。
 良かった……と安堵した。

「ナイジェル様、戻りました!」
「───マーゴット嬢!」

 私が部屋に顔を出すと、ナイジェル様は読んでいた本から勢いよく顔を上げた。

「おかえり!  ……あー……その……えっと……」
「?」

 何をそんなに口ごもっているのかしら?  と思った。
 まさか、この何か言いづらそうな口ごもり方は、パーティーにマーゴ嬢がいたかどうかを聞きたがっ……

「──い、嫌な思いはしなかったか!?」
「え?」

 違った!

「俺との結婚のこと……根掘り葉掘り聞かれただろう?」
「そ、それは……まぁ、はい」
「変なことや嫌なことは言われなかったか!?」

 私にそう聞いてくるナイジェル様の顔は真剣だった。
 ……もしかして、ずっと心配してくれていた?
 マーゴ嬢のことは関係なく?
 そう思ったら胸がトクンッと高鳴った。

「大丈夫でしたよ、色々と聞かれはしましたけれど」

 私は安心して欲しくて微笑んで答える。
 まぁ、ちょっと若干一名変な人がいたけれど……あれは何だったのかいまいちよく分からない。

「そ、そうか……良かった」 
「はい!  ナイジェル様は本を読んで過ごし…………ん?」

 私は、ホッと胸を撫で下ろしているナイジェル様の手元の本に目を向けた。

「ナイジェル様……」
「な、なんだ?  はっ!  やっぱり何か不快な思いをしたのか!?」
「あ……いえ、そうではなくて……」
「?」

 私はそっとナイジェル様が手に持っている本を指さす。

「その本……面白かったですか?」
「え?  あ、ま、まあ……そうだな。マーゴット嬢が戻って来るまでの暇つぶしと思って読んでいただけ……だが」
「…………逆さまですよ?」
「ん?」

 ナイジェル様が不思議そうに首を傾げた。

「その手に持っている本……上下逆さまだな、と」
「さか……さま?」
「はい」

 私の指摘にナイジェル様の目線がそっと手元に向かう。
 そして、自分が本を逆に持っていることに気付くと、ブワァァァと顔が赤くなった。

「こ、こ、これはっ!  別に、君が……心配で落ち着かなかったから、とか……そういうことでは……なく!」
「…………コホッ。ナイジェル様、本当にその本、読んでいました?」
「っ!  よ、読んでいたとも!」
「……」
「……」

 ぷっ……
 この状態でまだ、読んでいたと言い張るナイジェル様が可笑しくて吹き出してしまう。

「な、なぜ、笑う!?」
「ふふ、だ、だって……ふ、ふふ、ナイジェル様、そんなに私のことを心配してくれていたのかと思ったら……ふふ、笑いが」
「~~~マーゴット!!  き、君は、わ、笑いすぎだ!」
「ふ、ふふ……」
「くっ!  マーゴット!」


 この時、あまりにもナイジェル様の部屋が騒がしいので、心配して覗きに来た使用人たちは、笑い転げる私と顔を真っ赤にして恥ずかしがるナイジェル様の姿を見て、逆に何が起きた!?  と思ったという。

 また、真っ赤になって否定するナイジェル様があまりにも可愛かったので、私は、パーティーで会ったマーゴ嬢のこともその兄、ロイド様のこともすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

 もう少し、ここでこんな日々を過ごしたい……と願ってしまったから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私が貴方の元を去ったわけ

なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」  国の英雄であるレイクス。  彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。  離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。  妻であった彼女が突然去っていった理由を……   レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。      ◇◇◇  プロローグ、エピローグを入れて全13話  完結まで執筆済みです。    久しぶりのショートショート。  懺悔をテーマに書いた作品です。  もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

でしたら私も愛人をつくります

杉本凪咲
恋愛
夫は愛人を作ると宣言した。 幼少期からされている、根も葉もない私の噂を信じたためであった。 噂は嘘だと否定するも、夫の意見は変わらず……

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

【完結】婚約者?勘違いも程々にして下さいませ

リリス
恋愛
公爵令嬢ヤスミーンには侯爵家三男のエグモントと言う婚約者がいた。 先日不慮の事故によりヤスミーンの両親が他界し女公爵として相続を前にエグモントと結婚式を三ヶ月後に控え前倒しで共に住む事となる。 エグモントが公爵家へ引越しした当日何故か彼の隣で、彼の腕に絡みつく様に引っ付いている女が一匹? 「僕の幼馴染で従妹なんだ。身体も弱くて余り外にも出られないんだ。今度僕が公爵になるって言えばね、是が非とも住んでいる所を見てみたいって言うから連れてきたんだよ。いいよねヤスミーンは僕の妻で公爵夫人なのだもん。公爵夫人ともなれば心は海の様に広い人でなければいけないよ」 はて、そこでヤスミーンは思案する。 何時から私が公爵夫人でエグモンドが公爵なのだろうかと。 また病気がちと言う従妹はヤスミーンの許可も取らず堂々と公爵邸で好き勝手に暮らし始める。 最初の間ヤスミーンは静かにその様子を見守っていた。 するとある変化が……。 ゆるふわ設定ざまああり?です。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

魅了の魔法をかけられていたせいで、あの日わたくしを捨ててしまった? ……嘘を吐くのはやめていただけますか?

柚木ゆず
恋愛
「クリスチアーヌ。お前との婚約は解消する」  今から1年前。侯爵令息ブノアは自身の心変わりにより、ラヴィラット伯爵令嬢クリスチアーヌとの関係を一方的に絶ちました。  しかしながらやがて新しい恋人ナタリーに飽きてしまい、ブノアは再びクリスチアーヌを婚約者にしたいと思い始めます。とはいえあのような形で別れたため、当時のような相思相愛には戻れません。  でも、クリスチアーヌが一番だと気が付いたからどうしても相思相愛になりたい。  そこでブノアは父ステファンと共に策を練り、他国に存在していた魔法・魅了によってナタリーに操られていたのだと説明します。 ((クリスチアーヌはかつて俺を深く愛していて、そんな俺が自分の意思ではなかったと言っているんだ。間違いなく関係を戻せる))  ラヴィラット邸を訪ねたブノアはほくそ笑みますが、残念ながら彼の思い通りになることはありません。  ――魅了されてしまっていた――  そんな嘘を吐いたことで、ブノアの未来は最悪なものへと変わってゆくのでした――。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

処理中です...