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10. 初めての会話

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(な、なぜ……!  よりにもよって貴女なの!)

 まさかのマーゴ嬢の突撃に驚きを隠せない私。
 そんな私の表情を感じ取ったマーゴ嬢は「あっ!」と小さく声を上げた。

「ごめんなさい!  ……ご結婚されたんですよね、失礼しました……」
「い、いえ」

 今回のパーティーに参加した目的そのものだし、会いたいとは思っていたけれど、向こうから話しかけられることは想像していなかったので、うまく言葉が出て来てくれない。
 そんな私とは対照的に、マーゴ嬢は明るい華やかな笑顔を私に向ける。

「ですけど、マーゴット様とはこれまで中々、お会いすることが出来なかったので……本日のパーティーには参加されると聞いてつい……」
「参加すると聞いた?」

 私が聞き返すとマーゴ嬢はふふっと笑った。
 声は可愛いし笑顔は美しい……

(ナイジェル様が一目惚れするのも分かるわ)

 そんなことを考えてしまって少しだけ胸がチクっと痛む。

「このパーティーの主催者のロビート侯爵令嬢のリリスからですわ!」

 それを聞いてやっぱり二人の仲が良いというのは間違っていなかったのね、と思った。

(それにしても……)

 マーゴ嬢が、話しかけて来た目的は何?
 私は内心で警戒する。

「マーゴット様が結婚されたので、もう私たち“紛らわしい”なんて言われずに済みますわね」
「……そうですね」
「家名だけでなく、名前までこんなに似てしまって……」

 本当に私と話がしてみたかっただけなのか、マーゴ嬢はこれでもかとよく喋った。
 そして、話題はやはりというか私の結婚話に───

「突然の結婚に社交界には大きな衝撃が走りましたわ」
「で、ですよね……!」

(私も色んな意味で衝撃でした!)

「婚約ならまだしも、いきなりの結婚でしょう?  しかも、それまでマーゴット様とフィルポット公爵令息様が親しくしている様子もありませんでしたから」

 ……これは、探りを入れられている、で、いいのかしら?

「確かに急ではありましたが、ご縁がありまして……」
「……ご縁が」

 私がそう答えると、一瞬だけマーゴ嬢の眉がひそめられた気がした。

「……マーゴ様?」
「あ、いえ!  なんでもありませんわ!  あんな素敵な方とご縁があったなんて羨ましいと思ってしまいましたの、ほら、私は……」
「失礼ですが、マーゴ様は結婚のご予定は?」

 ちょうどマーゴ嬢自身の話になったので、無粋だと分かっていたけれど私はすかさず訊ねる。
 だって、ナイジェル様の呪いが解けるまでの間にマーゴ嬢が誰かと結婚してしまう可能性があるのか……知りたかったから。

 ナイジェル様は、マーゴ嬢に今さら求婚なんて出来ない……みたいなことを言っていたけれど、いざ、呪いが解けて私と別れた後にマーゴ嬢が独身だったらやっぱり求婚を考えると思う。

「私?  今のところ予定はないですわね」
「……そう、ですか」

 すると、マーゴ嬢は少し遠い目をしながら言った。

「それに、私にはずっと憧れている人がいて、ですが相手はちょっと身分が───……」
「え?」
「あ、なんでもないです……今のは独り言なので忘れてくださいませ」

 マーゴ嬢は言いすぎたと思ったのか笑って誤魔化してしまった。

(憧れている人……)

 自分にも憧れていた人……ナイジェル様という存在がいたせいなのか、無性にその言葉が心に残った。



 その後、もう少し話を続けようと思ったけれど、ちょうどその辺で痺れを切らした他の人たちが私たちの元へとやって来てあっという間に囲まれてしまった。

「マーゴだけずるいわ!」
「私にも話を聞かせて!  どうやってあのナイジェル様と結婚したの!?」
「出会いは?  きっかけは?」
「療養が長引いているけれど、身体の具合は?」

 噂好きの令嬢たちは一度、火がつくと止まらない。
 次から次へと繰り出される質問はとどまることを知らなかった。

 事前に囲まれたらなんて答えるかは、予め公爵様と取り決めておいたので、私は当たり障りのない返答をしてその場から逃げた。



 輪の中から逃げ出した私は、会場の隅で息を整える。

(───やっぱり質問責めにあったわね……)

 ただ、思っていたよりもバチバチの目で見られなかった。
 “じゃない方のマーゴ”が相手だなんて……くらいの嫌味は言われるのかと思っていたのに。

「……あ、そっか。婚約者ではなく、もう結婚しているから……?」

 当主が付き添ってパーティーに現れた私に、喧嘩を売るのはフィルポット公爵家に喧嘩を売るのと同じこと。

「すごいわ……公爵家って」

 私がそう呟いた時だった。

「────マーゴット・プラウス伯爵令嬢!  ……じゃない、フィルポット夫人……」

 男性の……知らない声、誰かしら?  と思いながら振り返る。
 振り返ってその姿を見て驚いた。
 話したことはなかったけれど、存在は知っている───……

「突然、声をかけてすみません。先程、姿を見かけたのでつい……あ、私は」
「存じております……初めまして。ロイド・プラウズ伯爵令息様」

 私はどうにか笑顔を見せたものの内心では焦っていた。

(なんで、今日は次から次へと!)

 なんとここに来て声をかけてきたのは、マーゴ嬢の兄、ロイド様。
 マーゴ嬢同様、存在は知っていたけれど、いざこざによりこれまで接触らしい接触をすることのなかった方───……

(美形兄妹として有名なのよね……)

 こんな間近で顔を見るのは初めてかもしれない。
 そう思ってロイド様の顔をチラッと見る。

(……確かに美形だなとは思うけれど……やっぱりナイジェル様には敵わな……ハッ!)

 油断するとついついナイジェル様のことを考えてしまいそうになる。

「夫人?」
「え?  あ、すみません、な、何か御用ですか?  プラウズ伯爵令息様」
「ああ、突然すみません。実は私もずっとプラウス伯爵家の貴女と話がしてみたいと思っていたもので───」

 ロイド様は他の令嬢たちが見たら、キャーッと悲鳴をあげそうな甘い微笑みを浮かべてそう言った。





✳✳✳✳✳✳


 ナイジェルはしばらくの間、マーゴットの残した庭をただ静かに見つめていた。
 そこへ、父親がやって来る。

「ナイジェル、帰っていたのか」
「……父上」
「……黙って庭を眺めていてもマーゴットがいないのは変わらないぞ」

 その言葉がズキッと胸に刺さる。

「分かっています……プラウス伯爵にも“ここにはいません”と言われました」
「……そうか」

 肩を落とした俺に向かって父上は言う。

「……ナイジェル。お前はマーゴットを探したいと言うが、彼女がお前の呪いを解けたことを確信して他の男の元に行った……とは思わないのか?」
「え?  他……の?」

 そう指摘されて心の底から驚いた。

「これは元々、“人間違い”から始まった求婚による結婚だ。マーゴットは心優しい女性だから、お前の呪いに同情して一年根気よく付き合ってくれたが、実は他に好きな相手がいたとしたら?」
「マーゴットに好きな男……?」
「そうだ。それで呪いの解呪方法があると知り、もうお前に付き合う義理はないとその男の元で幸せになろうと───」
「父上!  …………それはない!」

 自分でもびっくりするくらい強い声が出た。

「……ナイジェル?」
「いや、マーゴットの好きな男に関して……は俺が断言出来ることじゃない。だけど違う」
「違う?」

 父上が怪訝そうな表情になる。
 その顔はなぜそう言える?  と、言っている。

「もし、そんな相手がいてここから出て行くと決めたのだとしても、マーゴットならちゃんと話をしてくれる。出ていくのはその後だ!」
「……ナイジェル」
「マーゴットは手紙だけを置いて他の男の元へ……そんなことをする人じゃない!  マーゴットをそんな軽い女みたいに悪く言わないでくれ!」

 俺がきっぱり否定すると、父上の顔が一瞬苦しそうに歪んだ。

「…………一年は、長かったな」
「?  父上?  どういう意味ですか?  やっぱり何か知っているんですよね?」
「……」

 俺は父上の肩を掴んで大きく揺さぶる。

 どうして父上は何も答えてくれない?
 呪いの解呪だって誰が施したのかすら教えてくれないし……何かがおかしい。

 そうして、父上を揺さぶっているとプラウス伯爵から渡された手紙がヒラッと落ちた。
 俺は父上から手を離し、慌ててそれを拾う。

(そうだ……開封するのが怖くてまだ、中身を読めていなかった)

 探さないでくれ……と書かれているのでは?  と勝手に思ってしまったが、もしかしたら何か違うことが書いてあるかもしれない。

「ナイジェル?  それは?」
「……マーゴットがプラウス伯爵に俺が来たら渡すようにと託していた手紙だ」

 そう言って俺は、マーゴットの残した手紙をどうにか震える手で開封した。


✳✳✳✳✳✳

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