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7. 名ばかりの”妻”になる
しおりを挟む「……ナイジェル様の呪いが解けるまででも構いません。もう暫く私をここにいさせてくれませんか?」
ナイジェル様の目が覚めた後、私は思い切ってそう口にした。
そんな私の言葉にナイジェル様は明らかに驚いていた。
「……マーゴット嬢? それは」
「分かっています。すでに婚姻届が受理されている以上、あなたの“妻”として……となります」
「……」
私の申し出にナイジェル様は明らかに戸惑っていた。
それもそのはず。
私との婚姻継続───その間はマーゴ嬢に新たな求婚が出来ないことを意味するのだから。
(ごめんなさい……私はずるい女なの)
呪いのことが心配という気持ちももちろんある。
でも、それ以上にもう少し、ナイジェル様のそばにいたいという欲が出てしまった。
それでもこれは私の我儘だから。
ナイジェル様が拒否をするならば、その時は素直に受け入れようと決めている。
「確かに……結婚したばかりですぐに離縁というのは、マーゴット嬢にとってかなりの醜聞になってしまうだろうが……」
「……」
私たちの結婚と離縁にどんな理由があったとしても、世間で悪く言われるのはきっと私。
悲しいけどそれが、公爵家と伯爵家の力の差。
どうやら、ナイジェル様はそのことを懸念してくれていたようだった。
「だからと言って、こんな失礼なことをした俺なんかと結婚生活を継続するのは辛くはないのか?」
「……もともと急で顔合わせもしないまま決まった結婚ですよ?」
「うっ! それは……そうなのだが」
「それに、ナイジェル様には他に想う方がいらっしゃるのですから、私は“本当の妻”になるわけではありません」
ナイジェル様は“他に想う方”という言葉の時に肩を少し震わせた。
「ですが、ナイジェル様が今すぐ私と離縁してマーゴ嬢に求婚したいと言うなら無理は言いません……」
「いやいや、待ってくれ! それはない。さすがにそんなことは……出来ない」
「……!」
その言葉にホッとしてしまう私は、やっぱりずるい女なのだと再認識した。
「……コホンッ…………で? 期間は俺の呪いが解けるまで?」
「はい。わかりやすい区切りかと。それに私もこのまま、さようなら……は寝覚めが悪いです」
「マーゴット嬢……」
そもそも公爵家だって、何か事情があるのか呪いのことはあまり公にしたくなさそうだった。
だから、ナイジェル様はどちらにしても、本当に好きな人───マーゴ嬢に求婚出来るのは呪いが解けてからでないとダメなのかもしれない。
───こうして私は無理やりだったけれど、ナイジェル様の“妻”の座に居座ることが決定した。
そうして始まった、フィルポット公爵家での生活。
私はナイジェル様の妻ではあるけれど、名ばかり妻の私がやれることは多くない。
なので、もっぱらナイジェル様の暇つぶしの話し相手となっていた。
「───騎士団に入るのって、やはり相当大変なんですね」
「ああ。実力主義の世界だから身分なんて関係ない。実際に今の騎士団長は元々は平民出身だ」
「え!」
「実力と実績で今の地位まで上りつめたすごい方なんだ」
「……」
(つまり、次期騎士団長候補とまで言われていたナイジェル様はそれだけの努力をしていたということ……)
そういえば、発作の時に握ったナイジェル様の手は豆だらけだったわ。
あれは、それだけの努力を続けていた証───
私は、自分がミーハーのファン精神で見た目だけで彼のことをかっこいいと言い続けていたことを恥ずかしい、と思った。
「……マーゴット嬢の好きなことはなんだ?」
「え?」
話題が突然、私のことになったので驚いた。
私が顔を上げるとナイジェル様とバチッと目が合った。
「……お、俺の剣の話や騎士団の話を聞いても……その、面白くもないだろう?」
「え? いえ、そんなことは……」
「せっかくだから、君の話も聞かせてくれ。マーゴット嬢」
「……っ!」
ナイジェル様の目に見つめられてしまい、胸がドキンッと跳ねて上手く呼吸が出来ない。
恥ずかしくて私は慌てて目を逸らす。
「え、えっと、私は……薬草……薬草を育てるのが好き……なんです」
「薬草?」
ナイジェル様は興味があるのか、少し前のめりになって聞き返してきた。
「ち、治癒能力を授からなかった私なので……せめて家のために何か出来ないかと……思った結果です」
「ということは……実家では薬草を育てていたのか?」
「はい」
「……」
私が頷くとナイジェル様は何かを考え込んでいた。
「あの……?」
「あ、いや……なんでもない。それでマーゴット嬢はどんな薬草を育てていたんだ?」
「えっと……」
ナイジェル様は私の話を興味深そうに聞いてくれた。
それから三日後。
今日はナイジェル様の元を解呪魔法の使い手が訪れていて、治療を施す日と聞いていた。
ナイジェル様の呪いの発作の頻度は不安定で、元気な時はずっと元気だけど一度発作が起きるとだいたい眠ってしまう。
(今日はナイジェル様とお話が出来ない───……)
そのことを残念に思いながら部屋で過ごしていると、公爵様が突然私の部屋にやって来た。
「マーゴット嬢、少しいいだろうか?」
「は、はい」
(何かしら? やっぱり離縁しろ? とか?)
そう思って身構えるも、公爵様は話があるのではなく、私に見せたいものがあると言った。
「私に見せたいものですか?」
「ナイジェルから頼まれたのだ」
「……ナイジェル様から?」
怪訝に思いつつ公爵様の後ろをついていく。
すると、外に出て庭に案内された。
(庭……? なぜ?)
不思議に思っていると、公爵様がとある一画で立ち止まった。
「あの……?」
「ナイジェルからマーゴット嬢が薬草を育てるのが趣味だと聞いた」
「え!?」
驚きすぎて声が裏返ってしまった。
ナイジェル様はなぜそんなことを?
「どうにかしてやれないかと相談されたので、庭師と相談して少しだがマーゴット嬢が好きに使えるスペースを作ってみた」
「え? え、それって……」
「これくらいでは罪滅ぼしにもならないかもしれぬが、必要なものがあればなんでも言ってくれ」
「え、ええ!?」
必要なものと言っても……私は振り返る。
私が実家で育てていたと口にした薬草の種やら、道具やらがきちんと揃えられていて……
(……公爵家ってすごい……太っ腹すぎるわ!)
なんとフィルポット公爵家はいつまでいるかも分からない私のために、庭まで用意してくれた。
✳✳✳✳✳✳
「……マーゴット」
プラウス伯爵家に行ったものの、マーゴットの行方についてなんの収穫も得られなかった俺は、肩を落として帰宅した。
屋敷の中に入ろうとしてふと思い出す。
(……そういえば、マーゴット用の庭……こっちだったか?)
嫁いで来たばかりの頃に話をしている中で、マーゴットが薬草を育てるのが好きだと聞き、父上に頼んでスペースを用意してもらった。
それからのマーゴットは嬉しそうに庭の話をしてくれた。
今はなんとかっていう種を植えた、花が咲いた……楽しそうだった。
───私の育てた薬草がナイジェル様のお役に立てたら嬉しいです!
そんなことも言ってくれたっけ。
ずっと話を聞くだけだったから、いつか呪いが解けて元気になったら、この足で見に行くと決めていた。
そして、呪いが解けて一人で自由に歩けるようになった俺は、ようやく初めてその場所に足を踏み入れる。
「……!」
マーゴットが造った庭はしっかり残されていた。
だけど、薬草に関して明るくない俺は何が何だかさっぱり分からない。
───ふふ、そうですよね。分かりました! その時は、私が解説しますね!
「……そう言ってくれていたじゃないか…………マーゴット」
呪いが解けるまではここに───確かに彼女はそう言っていた。
だけど、それでもまさか一言も話が出来ないまま姿を消すとは思いもしなかった。
「────なぁ。俺が……あんなことを言ったからなのか? 君は俺を──……」
俺はしばらくそのまま、マーゴットの気配が残る庭から動くことが出来なかった。
✳✳✳✳✳✳
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