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4. 不運が重なった結果

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「───本当に申し訳なかった!」
「あ、いえ……その」
「今回の件はナイジェルに念を押して確認しなかった私が悪い!」

(ひぇっ!  大物が私に頭を下げているんですけど……!)

 おかげで頭痛もどこかに吹き飛んだわ……
 とにかく、私はこの目の前の光景に大きく戸惑った。



 私の部屋を訪ねてきたのは公爵様だった。
 扉を開けた時、あまりにも公爵様の顔色が悪かったので、ナイジェル様に何かあったの!?  容態急変!?
 と、思ってしまい焦ったら、そういうことではなく……
「ナイジェルは今の所は落ち着いたので大丈夫だ。医者もそう言っている」
 その言葉に良かったとホッとしていたら突然、頭を下げられた。


────


「とりあえず、お茶を淹れてもらったので……どうぞ」
「す、すまない……」

 公爵様はテープルに置かれたカップを手に取るとゴクッと一気にお茶を飲み干した。

 この状況に戸惑った私はまず、メイドを呼びお茶を淹れてもらい興奮気味の公爵様に落ち着いてもらおうと思った。
 さすが、公爵家!  
 気分を落ち着けてリラックス効果のあるお茶はありますか?  と駄目元で聞いてみたらハーブティーが出て来たわ。

「今回の件……マーゴット嬢、いや、プラウス伯爵家には全く非の無い話だ」
「え?  ですが私やお父様も手紙の宛名の確認を怠ってしまって……」

 公爵家から届いた手紙は実家にあるので、今すぐ綴りの確認は出来ないけれど、宛名はマーゴ嬢宛となっていたはず───

 しかし、公爵様は首を横に振った。

「違うのだ。あれは誤配達……ではなく、最初からナイジェルの相手がプラウス伯爵家の令嬢だと私が思い込み手紙を書いてしまったのだ……」
「……え?」
「だから、この件は私が全面に悪い!」

 公爵様はそう言って再度深く深く頭を下げた。

「どうして……ですか?」
「──そもそも、私はナイジェルの意中の女性は“伯爵令嬢”ということまでしか知らなかった」
「そうなのですか?」

 私が聞き返すと公爵様は渋い顔をした。
 そしてカップを手を取るとお茶のおかわりを注ぎ、また一気に飲み干した。

「ナイジェルはどんなにいい条件の見合い話があっても全て蹴るものだから……その頃はよく喧嘩していたのだが……」
「まあ!」
「すると、ある日ナイジェルは言ったのだ。以前、一目惚れした令嬢がいる、と」

(それが、マーゴ嬢ね?)

「ナイジェルはその時に名前を言おうとしていたのだが、伯爵家の令嬢と聞いた時に私が駄目だと激怒したので、その場ではっきり名前を聞くことはなかった」
「……激怒」

 フィルポット公爵様は、現国王陛下の弟───王族だ。
 伯爵令嬢だと王族としてはちょっと……という思いが全面に出てしまっていたらしい。
 それでも、今回は呪いに苦しむ息子のためにと踏み切ったのに……まさかの人違い!

「あの時に名前をしっかり聞いていれば……と思わなくもないが……それで、今回ナイジェルに意中の令嬢は誰なのかと聞いた」
「……」
「だが、聞いたタイミングが悪かった。今よりも呪いに苦しんでいる最中でナイジェルの発した名前の発音はどこかあやふやだった」
「な、なるほど……」

 これ、最悪のパターンだわ……

「ナイジェルの様子からその相手が未だに未婚なのは分かったのだが、早くしないと誰かと婚約してしまうかもしれないという焦りもあった……」
「それは、分かるのですが……では最終的に“私”になったのはどうしてなのですか?」

 まさか、そんなあやふやな発音のまま選ばれたとは考えにくい。
 そう思って訊ねた。
 すると、公爵の顔がズンッと分かりやすく沈んだ。
 もう、その表情だけで私は色々と察した。

「……ナイジェルの発音があやふやだったから、紙に名前を書かせた……が、私はそれをプラウスと読んでしまった」
「……」

 Prouse(プラウス)とProwse(プラウズ)
 違いはたった一文字……
 しかも、文字を書いた本人は呪われ中……字も色々と怪しかったのでは?

「……だが、最終的な決め手となったのはナイジェルの一言だ」
「はい?  一言、ですか?」
「“癒されるんだ”と言っていた」
「……あ!」
「それを聞いて、プラウス伯爵家は治癒能力に長けている家門だったのでこちらに間違いないと……私は」

(な、なんてこと……!)

 もう様々な最悪な状況がこれでもかと重なった結果がこれなのね……?

「話がここまで進む前に、一度でも先に顔合わせが出来ていたなら……」
「……ナイジェルが呪いを受けていることは、限られた者たちしか知らず、世間には秘密にしているのでな、難しかった」
「あ……」

 ここまでの経緯はよく分かったわ。
 もう、これは誰が悪いとかそういうことではない……ので、私は気になった“現状”を確認することにした。

「えっと、状況は分かりました…………それで、私とナイジェル様の婚姻届……はどうなっています、か?」

 ギクッ
 公爵様の身体がとっても分かりやすく震えた。
 もう、それだけで想像がついた。
 公爵様は再び勢いよく頭を下げた。

「す…………すまない!  それが、今、ここに来る前に確認したところ……提出済み、だった」
「!」

 予想が大当たりしてるーーーー!
 公爵家の皆さん、仕事が早すぎる!

「…………つまり、私はすでにナイジェル様の……妻、ですか」
「そういうことになる」


────


 今後、どうするかはナイジェルも交えて話し合いたい。
 公爵様はそう言って何度も何度も私に申し訳ないと言って、頭を下げながら部屋を出ていった。

「……」

 私は残りのお茶を手に取るとそのまま一気にグビッと飲み干した。

(私……のことはいい)

 もともと夢みたいな話で、それがやっぱり夢だっただけだから。
 何よりあんなに苦しそうで辛そうなナイジェル様を責める気にはならない。

「でも、こんなにすぐ離縁して出戻ったら……お父様が悲しむわよね……」

 結婚相手が大物だということを抜きにしても、お父様はこの結婚を喜んでくれた。それだけ私の結婚を心配してくれていた。
 それなのに早々に出戻って“やっぱりダメな子”なんだって悲しい思いをさせたくない。

「……私は力が使えない“無能”だからダメな子なんだって周りに散々言われてきたわ……きっとまた周りにお父様が責められちゃう」

 それだけは嫌だなぁ、と思った。





 そして翌日。
 どうにか容態も落ち着いたナイジェル様は、今朝、無事に目を覚ましたという。
 よって、今後……これからの私たちはどうするのか……の話し合いの場がもたれることになった。

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