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3. 君じゃない

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 ────君じゃない?

 その言葉を聞いて一瞬、私の頭の中が真っ白になった。
 どういうこと?
 だって、私宛に手紙が届いて……そしてそれは求婚の話で。
 その後も手紙のやり取りをして今、私は公爵家ここに嫁いできたのに?

(私じゃないなら、ナイジェル様はいったい誰に求婚をしようとしていたの?)

 私に姉妹はいない。
 だから、姉妹で間違えてしまった……そんな話は起こらない。
 私、マーゴット・プラウス伯爵令嬢をいったい誰と間違えることが───……

「……あ!」

 私は小さく声を上げる。

「どうした?  マーゴット嬢。す、すまない、えっと、ほら……そうだ!  きっとナイジェルは呪いのせいで頭が混乱しているんだ、うん──……」
「……」

 公爵様も絶賛混乱中のようで、なんとか必死に息子の言葉を弁解しようとしてくれた。
 けれど、私には分かってしまった。
 たった一人だけ思い当たる人が……いる。

(どうして忘れていたの?  私もお父様も、ずっとじゃない……)

 “彼女”だわ。
 ナイジェル様が一目惚れをして求婚したかったのは……

「……ナイジェル様」
「……」

 ナイジェル様が無言で顔を上げた。
 困惑と混乱でいっぱいいっぱいの表情だった。

(こんな時でも、やっぱりかっこいい……)

 呪いのせいなのか、ちょっとやつれてしまっているけれど、私が密かに憧れ続けた彼──ナイジェル様が目の前にいる。
 そんなナイジェル様にこんなことを告げないといけないなんて……

「私、分かりました。あなたが本当に妻に望んだのは……私、マーゴット・プラウス伯爵令嬢ではなく……」
「……」
「───だったんですよね?」

 ナイジェル様がひゅっと息を呑んだ。

「ナイジェル様……すみません。私は“じゃない方”のマーゴなのです」
「───なっ!?」

 私の言葉にナイジェル様の瞳が大きく揺れた。



 ───どうしてこんなことになったのか。
 我が国には理由は定かではないけれど、ものすごく紛らわしい家名の伯爵家が存在している。
 それが、私の実家の“プラウス”伯爵家と、もう一つの、“プラウズ”伯爵家だ。

 Prouse──プラウスとProwse──プラウズ
 なんと文字の綴りは一文字しか違いがない。
 これまで両家は何代にもわたってまぎらわしいというクレームを受け続けながら、どちらも頑なに家名の変更を拒否!
 私のお父様もそうだった。
 そして今に至る。
 けれど、それだけならこんなことは起きなかっただろう。

 しかし、この両家のまぎらわしい問題にはもう一つ厄介なことが起きてしまった。
 それは……
 同時期、両家に令嬢が生まれてしまったこと。
 そして、
 それぞれの家の娘の名が、マーゴットとマーゴと名付けられたことだった。

 Margot───マーゴット、マーゴ
 家名とは違って、二人の綴りは全く一緒。

 犬猿の仲のはずだけど、ここまでくれば逆に仲良しなのでは?
 そう言いたくなるくらいの偶然の一致により、まぎらわしい名前の令嬢が誕生してしまった。

 しかし。そんな私、マーゴット・プラウス伯爵令嬢とマーゴ・プラウズ伯爵令嬢は名前こそ似ているものの、見た目も性格も全てが真逆。
 社交界に出れば、私はいつだって目立つことなく常に壁の花の常連に名を連ねている。
 一方のマーゴ嬢は社交的で明るくていつも人に囲まれている人気者。
 容姿もそう。
 マーゴ嬢は綺麗でサラサラな金の髪をしている。
 しかし、私はというと……亜麻色のくせっ毛……

 だから、人は私のことをこう呼ぶ。
 “じゃない方のマーゴ”と。


「……普段は私もお父様も手紙は……気をつけるようにしているのです。あまりにも荷物や手紙の誤配達が多いので」
「誤配達……」

 ナイジェル様が呆然としたように呟いた。
 届いた物の中身だってそう。
 身に覚えのない送り主や物の時は、相手が宛名を間違えている可能性だって疑ってきた。

(でも……) 

 今回は私が嫁き遅れ寸前だったこともあり、興奮してしまったことで確認を怠ってしまったわ。
 いいえ、“一目惚れ”はおかしいと分かっていたのにね。
 相手が憧れの人だったから……夢を見たくて考えることを無意識に拒否していたのかもしれない。

 ちなみに、私と同い年のマーゴ嬢が未だに未婚な理由は私とは違う。
 彼女の場合、求婚者が多くて引く手数多だから。
 それだけ。

「───そういうわけで、申し訳ございません。私の名前はマーゴット・プラウスです」
「……」
「……」

 ナイジェル様と公爵様が完全に固まってしまった。

「────そ…………うっ、ケホッ、ケホッケホッ、ゲホゲホ」
「ナイジェル!  大丈夫か!?」

(もしかして発作……!?)

 何かを言いかけたナイジェル様が、急に苦しそうに咳き込んでしまう。
 突然の発作に驚いたものの、私は咄嗟に手を伸ばしてナイジェル様の手を握った。

「ナイジェル様!  大丈夫ですか?」
「……ゔぅっ、ケホッ…………う……」

 どうやら、そこまで酷い発作ではなかったようで、だんだんと様子が落ち着いたナイジェル様は再び眠りの世界へ……

(落ち着いた……?  だ、大丈夫そう?)

 目の前で苦しそうな人を見ると、亡くなったお母様を思い出してしまい胸が痛む。
 そのせいで咄嗟に手を握ってしまった。
 私はコソッとナイジェル様から手を離した。

 その後は公爵様がお医者様を呼ぶなどした為、一気にお屋敷内は騒がしくなった。
 私は公爵様に一旦部屋へ戻るようにと言われ、とりあえず与えられた部屋に戻って来た。
 そして思うことは一つ。

「……私、これからどうなるの?」

 ナイジェル様からすればそれはそれは驚いたことだろう。
 恋焦がれた女性が妻として自分の元に嫁いで来てくれた!  やったー!
 と思ったら……名前が似ているだけの別人でした!

(そりゃあ「君じゃない」と言うわよね……)

「あ、でも、まだ婚姻届を提出していなければこのまま……実家に帰らされる……だ、け?  あれ?」

(ちょっと待って?)

 確か、私はここに到着してナイジェル様と顔合わせる前に婚姻届にサインをしたわ。
 ナイジェル様はいつサインをした?
 もしかして目を覚ました時に……サイン、をしていて……それで、私たちが顔を合わせている間に屋敷の者が提出してしまっていたら───?

「え?  まさか、すでに私たちの婚姻って成立しているんじゃ……?」

 人違いなのにーーー!?
 私は興奮してガタッと椅子から立ち上がる。
 どうしましょう!  早く確認しなくちゃ!
 そう思った時だった。
 ───ズキッ!

「ああ……もう!  頭まで痛くなって来たじゃないの……」

 とりあえず、一旦落ち着こうと思い、椅子に座り直して痛む頭を手で押さえたその時、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
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