上 下
1 / 34

1. 突然の求婚

しおりを挟む


 ───今から、約一年程前。
 独身令嬢たちの憧れの的でもあった、フィルポット公爵家の令息、ナイジェルが突然、結婚を発表した。
 お相手はプラウス伯爵家の令嬢、マーゴット。
 この二人の結婚には最初、誰もが首を傾げた。

 お相手のマーゴット嬢は、特別目立つような人物でもなく、家も中流の伯爵家。
 そしてこれまで公爵令息のナイジェルと親しい様子などは一切見受けられなかった。
 それなのに、突然の結婚発表。
 それも、婚約期間をすっ飛ばしていきなりの結婚。
 当然、社交界には大きな衝撃が走った。

 次期騎士団長候補とも言われていた公爵令息のナイジェルは、結婚の発表をするひと月程前に任務中に大怪我を負って療養中と言われていた。
 具体的な怪我や具合については秘匿とされていたが、プラウス伯爵家は治癒力に長けた能力を持つ家でもあったので、その過程で二人は出会い愛を育み結婚に至ったのだろう。
 そして、婚約期間も待てずに結婚してしまうくらいの激しい恋に落ちた───……
 誰もがそう思った。


 ───しかし、その一年後……


「……マーゴットはどこにいるんだ?」
「……」

 その日、使用人に自分の“妻の行方”を訊ねると、なぜか沈黙が返ってきた。

「お、奥様は……そ、それよりもナイジェル様、お身体の方は大丈夫ですか?  もうすぐお医者様が……」
「マーゴットは?」

 いつも目が覚めると必ず“妻”がそばにいた。
 特に“大きな発作”を起こして目が覚めた時には必ず手を握ってそばにいてくれた。
 だが、今日は何故か妻のマーゴットの姿がない────

(なんだか嫌な予感がする……それに)

「それになぜ、今日の俺の身体はこんなにも軽いんだ?  まるで……」

 そこまで言いかけた時、部屋に父親が医者と共に飛び込んできた。
 だが、やはりその中に妻のマーゴットの姿はない。

「……父上、マーゴットはどこにいるんですか?  姿が見当たらないのですが」
「!」

 その言葉に父親がギクッと肩を震わせた所を俺は見逃さなかった。

「ナイジェル……い、今は先に診察を。ほら、気分はどうだ?  お前を苦しめ続けていた“呪い”が解けている可能性があるのだ」
「……解呪方法が見つかったと?」
「コホンッ……そういうことだ」

 何とも歯切れの悪い父親の言葉に違和感を覚えつつ、とりあえず診察を受けることにした。
 確かに今日の自分の身体は軽くなっていたから。


 その後、医者の診察により俺を蝕んでいた“呪い”が解呪されたことを知る。
 もちろん嬉しかった。
 思うように身体は動かなくなっていたし、このままだとあとどれくらい生きられるか分からなかったから。

「父上、なぜ、今になって呪いが解けたんだ?」 
「……」

 そう聞いても父上はなぜか言葉を濁すばかり。
 その追求はまた後ですることとし、俺は再び妻の行方を訊ねた。

「それで、マーゴットは?」

 呪いが解けたなら彼女に真っ先にお礼を言いたかった。
 しかし、そんな俺に父親が差し出したのは一通の手紙。

「手紙?  なんだこれ」 
「いいから開けてみろ」
「?」

 どこか複雑そうな顔をしている父親から手紙を受け取り中を開封する。

「なっ……!?  こ、これは……」

 封筒の中から出て来たのは───……

「離縁届け……と便箋?」

 思わず手が震えた。
 真っ先に開いた離縁届けの方には妻のマーゴットのサインがしっかり入っていた。
 筆跡も彼女のものに間違いない。
 そのことに大きな衝撃を受ける。

(どういうことだ?  なぜ……?  だって俺たちは……)

 震える手で便箋の方を手に取り、そこに何が書かれているのか目を通す。
 正直、中を読むのは怖かったが読まなくては……そう思った。



 《────ナイジェル様へ
 この手紙を読んでいるということは、無事にあなたの呪いが解けたということだと思います。本当に良かった……》

(……マーゴット)

 彼女からの手紙はいつもの優しい彼女そのままだった。
 しかし……

 《────今度こそ間違えずに“本当に好きな人”と幸せになってください。私は遠くからあなたの幸せを願っています────マーゴット》


 それは……妻、マーゴットからの別れの手紙にしか見えなかった。

「────っ!」

 手紙から勢いよく顔を上げて父親の顔を見る。
 父親は無言で首を横に振った。
 それは……つまりもうこの家にマーゴットはいない、出て行った。
 そう言っている。


 サイン済みの離縁届けと別れの手紙。
 その日、妻のマーゴットは夫、ナイジェルの前から忽然と姿を消してしまった。



✳✳✳✳✳✳



 全ての始まりは今から一年前、
 プラウス伯爵令嬢、マーゴットの元に届いた求婚の手紙だった。


「────マーゴット!  大変だ!  お前に……お前宛に求婚の手紙が届いている!」
「え」

 手紙を握りしめて部屋に飛び込んできたお父様の姿を見た私、マーゴットは本気で耳を疑った。

「お父様、何を言っているの?」
「ほ、ほ、本当なんだ!  こ、これが……先程届いた……」 
「え……本当に?」

 私はおそるおそるお父様の手からその手紙を受け取る。
 そして、差出人を見て驚愕した。

「───フィルポット公爵家!?」

 あまりの衝撃に思わず手紙を放り投げてしまった。

「マーゴット!  何をしている!  せっかくの求婚の手紙を……!」
「だだだだだだだって、お父様……!」

 フィルポット公爵家に令息は一人しかいない。
 この国の独身令嬢なら誰もが一度は憧れたことがある、ナイジェル様。
 彼だけだ。
 つまり、フィルポット公爵家から手紙が届くということは……

「ああああ有り得ないわ!」
「マーゴット!」
「社交界でお見かけしたことはあっても、は、は、は話なんてしたこと……ない、わ!」

 有名で人気者でもある彼はいつだって、人に囲まれていて私のような嫁き遅れ令嬢となんて話をした記憶すらない。

「ぬぅ……だが、この手紙は間違いなくフィルポット公爵家からのものだ」
「ナイジェル様からなの?  でも、彼は……」

 確かナイジェル様は少し前に任務中に酷い大怪我を負って療養中だと聞いた。
 それを聞いて私も他の令嬢たちと同様に彼の容態の心配をしていたのだけど───……

「正式には彼の父親の公爵閣下からだ」
「ひっ!」

 なんだかもっと強者が現れた!

「息子の願いを聞いてお前に求婚の手紙を送ってきたそうだ」

 お父様は私が放り投げた手紙を拾って再度、私に渡しながらそう言った。

「どういうこと?」
「……」

 お父様が答えてくれないので、仕方なく私はおそるおそる手紙を開封した。
 そこには、突然の手紙を詫びる旨、そして……

「───病に伏せっている息子が、かつて一目惚れしたあなたと過ごしたいと望んでいる?  は?  ひ、一目惚れ!?」

 ガバッと顔を上げてお父様の顔を見ると頷かれた。
 見間違いでも読み間違いでもないらしい。

 どう頑張っても人並みになれるかどうかも分からないこの容姿の私に……一目惚れ?

「とにかく、そういうわけでどこで見初めたのか……フィルポット公爵と令息がお前との結婚を強く望んでいるようなのだ」
「……」
「マーゴット!  こんないい話は二度とないぞ!」
「うっ……」

 確かに、私はもうすでに結婚適齢期を少し過ぎている。
 そして、ようやく届いた求婚者は憧れの人で……
 しかも、向こうの一目惚れ……

(こ、こんなことって起こるものなの?)


 ───結果、悩んだ末に、この話を受けることにした私だったけれど……
 この時は私もお父様も突然の手紙に驚いて冷静ではなかったのだと思う。

 もし、私たちが普段のように冷静に考えることが出来ていたならば……

 “この手紙はもしかしするととの間違いかもしれない”

 そう思えたはずだったのに。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫
恋愛
 彼は私を愛していない。  ただ『責任』から私を婚約者にしただけ――。  しがない貧しい男爵令嬢の『エレン・レヴィンズ』と王都警備騎士団長にして突出した家柄の『フェリシアン・サンストレーム』。    幼い頃出会ったきっかけによって、ずっと淡い恋心をフェリシアンに抱き続けているエレン。    彼は人気者で、地位、家柄、容姿含め何もかも完璧なひと。  でも私は、誇れるものがなにもない人間。大勢いる貴族令嬢の中でも、きっと特に。  この恋は決して叶わない。  そう思っていたのに――。   ある日、王都を取り締まり中のフェリシアンを犯罪者から庇ったことで、背中に大きな傷を負ってしまうエレン。  その出来事によって、ふたりは婚約者となり――。  全てにおいて完璧だが恋には不器用なヒーローと、ずっとその彼を想って一途な恋心を胸に秘めているヒロイン。    ――ふたりの道が今、交差し始めた。 ✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢  前半ヒロイン目線、後半ヒーロー目線です。  中編から長編に変更します。  世界観は作者オリジナルです。  この世界の貴族の概念、規則、行動は実際の中世・近世の貴族に則っていません。あしからず。  緩めの設定です。細かいところはあまり気にしないでください。 ✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

処理中です...