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1. 突然の求婚

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 ───今から、約一年程前。
 独身令嬢たちの憧れの的でもあった、フィルポット公爵家の令息、ナイジェルが突然、結婚を発表した。
 お相手はプラウス伯爵家の令嬢、マーゴット。
 この二人の結婚には最初、誰もが首を傾げた。

 お相手のマーゴット嬢は、特別目立つような人物でもなく、家も中流の伯爵家。
 そしてこれまで公爵令息のナイジェルと親しい様子などは一切見受けられなかった。
 それなのに、突然の結婚発表。
 それも、婚約期間をすっ飛ばしていきなりの結婚。
 当然、社交界には大きな衝撃が走った。

 次期騎士団長候補とも言われていた公爵令息のナイジェルは、結婚の発表をするひと月程前に任務中に大怪我を負って療養中と言われていた。
 具体的な怪我や具合については秘匿とされていたが、プラウス伯爵家は治癒力に長けた能力を持つ家でもあったので、その過程で二人は出会い愛を育み結婚に至ったのだろう。
 そして、婚約期間も待てずに結婚してしまうくらいの激しい恋に落ちた───……
 誰もがそう思った。


 ───しかし、その一年後……


「……マーゴットはどこにいるんだ?」
「……」

 その日、使用人に自分の“妻の行方”を訊ねると、なぜか沈黙が返ってきた。

「お、奥様は……そ、それよりもナイジェル様、お身体の方は大丈夫ですか?  もうすぐお医者様が……」
「マーゴットは?」

 いつも目が覚めると必ず“妻”がそばにいた。
 特に“大きな発作”を起こして目が覚めた時には必ず手を握ってそばにいてくれた。
 だが、今日は何故か妻のマーゴットの姿がない────

(なんだか嫌な予感がする……それに)

「それになぜ、今日の俺の身体はこんなにも軽いんだ?  まるで……」

 そこまで言いかけた時、部屋に父親が医者と共に飛び込んできた。
 だが、やはりその中に妻のマーゴットの姿はない。

「……父上、マーゴットはどこにいるんですか?  姿が見当たらないのですが」
「!」

 その言葉に父親がギクッと肩を震わせた所を俺は見逃さなかった。

「ナイジェル……い、今は先に診察を。ほら、気分はどうだ?  お前を苦しめ続けていた“呪い”が解けている可能性があるのだ」
「……解呪方法が見つかったと?」
「コホンッ……そういうことだ」

 何とも歯切れの悪い父親の言葉に違和感を覚えつつ、とりあえず診察を受けることにした。
 確かに今日の自分の身体は軽くなっていたから。


 その後、医者の診察により俺を蝕んでいた“呪い”が解呪されたことを知る。
 もちろん嬉しかった。
 思うように身体は動かなくなっていたし、このままだとあとどれくらい生きられるか分からなかったから。

「父上、なぜ、今になって呪いが解けたんだ?」 
「……」

 そう聞いても父上はなぜか言葉を濁すばかり。
 その追求はまた後ですることとし、俺は再び妻の行方を訊ねた。

「それで、マーゴットは?」

 呪いが解けたなら彼女に真っ先にお礼を言いたかった。
 しかし、そんな俺に父親が差し出したのは一通の手紙。

「手紙?  なんだこれ」 
「いいから開けてみろ」
「?」

 どこか複雑そうな顔をしている父親から手紙を受け取り中を開封する。

「なっ……!?  こ、これは……」

 封筒の中から出て来たのは───……

「離縁届け……と便箋?」

 思わず手が震えた。
 真っ先に開いた離縁届けの方には妻のマーゴットのサインがしっかり入っていた。
 筆跡も彼女のものに間違いない。
 そのことに大きな衝撃を受ける。

(どういうことだ?  なぜ……?  だって俺たちは……)

 震える手で便箋の方を手に取り、そこに何が書かれているのか目を通す。
 正直、中を読むのは怖かったが読まなくては……そう思った。



 《────ナイジェル様へ
 この手紙を読んでいるということは、無事にあなたの呪いが解けたということだと思います。本当に良かった……》

(……マーゴット)

 彼女からの手紙はいつもの優しい彼女そのままだった。
 しかし……

 《────今度こそ間違えずに“本当に好きな人”と幸せになってください。私は遠くからあなたの幸せを願っています────マーゴット》


 それは……妻、マーゴットからの別れの手紙にしか見えなかった。

「────っ!」

 手紙から勢いよく顔を上げて父親の顔を見る。
 父親は無言で首を横に振った。
 それは……つまりもうこの家にマーゴットはいない、出て行った。
 そう言っている。


 サイン済みの離縁届けと別れの手紙。
 その日、妻のマーゴットは夫、ナイジェルの前から忽然と姿を消してしまった。



✳✳✳✳✳✳



 全ての始まりは今から一年前、
 プラウス伯爵令嬢、マーゴットの元に届いた求婚の手紙だった。


「────マーゴット!  大変だ!  お前に……お前宛に求婚の手紙が届いている!」
「え」

 手紙を握りしめて部屋に飛び込んできたお父様の姿を見た私、マーゴットは本気で耳を疑った。

「お父様、何を言っているの?」
「ほ、ほ、本当なんだ!  こ、これが……先程届いた……」 
「え……本当に?」

 私はおそるおそるお父様の手からその手紙を受け取る。
 そして、差出人を見て驚愕した。

「───フィルポット公爵家!?」

 あまりの衝撃に思わず手紙を放り投げてしまった。

「マーゴット!  何をしている!  せっかくの求婚の手紙を……!」
「だだだだだだだって、お父様……!」

 フィルポット公爵家に令息は一人しかいない。
 この国の独身令嬢なら誰もが一度は憧れたことがある、ナイジェル様。
 彼だけだ。
 つまり、フィルポット公爵家から手紙が届くということは……

「ああああ有り得ないわ!」
「マーゴット!」
「社交界でお見かけしたことはあっても、は、は、は話なんてしたこと……ない、わ!」

 有名で人気者でもある彼はいつだって、人に囲まれていて私のような嫁き遅れ令嬢となんて話をした記憶すらない。

「ぬぅ……だが、この手紙は間違いなくフィルポット公爵家からのものだ」
「ナイジェル様からなの?  でも、彼は……」

 確かナイジェル様は少し前に任務中に酷い大怪我を負って療養中だと聞いた。
 それを聞いて私も他の令嬢たちと同様に彼の容態の心配をしていたのだけど───……

「正式には彼の父親の公爵閣下からだ」
「ひっ!」

 なんだかもっと強者が現れた!

「息子の願いを聞いてお前に求婚の手紙を送ってきたそうだ」

 お父様は私が放り投げた手紙を拾って再度、私に渡しながらそう言った。

「どういうこと?」
「……」

 お父様が答えてくれないので、仕方なく私はおそるおそる手紙を開封した。
 そこには、突然の手紙を詫びる旨、そして……

「───病に伏せっている息子が、かつて一目惚れしたあなたと過ごしたいと望んでいる?  は?  ひ、一目惚れ!?」

 ガバッと顔を上げてお父様の顔を見ると頷かれた。
 見間違いでも読み間違いでもないらしい。

 どう頑張っても人並みになれるかどうかも分からないこの容姿の私に……一目惚れ?

「とにかく、そういうわけでどこで見初めたのか……フィルポット公爵と令息がお前との結婚を強く望んでいるようなのだ」
「……」
「マーゴット!  こんないい話は二度とないぞ!」
「うっ……」

 確かに、私はもうすでに結婚適齢期を少し過ぎている。
 そして、ようやく届いた求婚者は憧れの人で……
 しかも、向こうの一目惚れ……

(こ、こんなことって起こるものなの?)


 ───結果、悩んだ末に、この話を受けることにした私だったけれど……
 この時は私もお父様も突然の手紙に驚いて冷静ではなかったのだと思う。

 もし、私たちが普段のように冷静に考えることが出来ていたならば……

 “この手紙はもしかしするととの間違いかもしれない”

 そう思えたはずだったのに。

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