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第7話

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「停学ですか?」
「そうだ。と言っても5日間だけなんだけどな」

  翌日の放課後、ウォレスが登校していなかったので、あの後どうなったのだろうと思って先生の元を訪ねるとそんな話を聞かされた。

「それでもこの学校で停学なんてあまり聞かない話です……」
「暴力の事だけでなく、教科書を盗まれたと一方的に犯人扱いした件もあったからな。さすがに厳重注意だけではすまなくなった」
「……そうだったんですね」

   (確かに教室での事は皆も見てたから、言い逃れも出来ないわよね)

  この学校で停学なんて扱いを受ける人は本当に珍しい。
  しかも、卒業試験間近のこの時期に。
  ウォレスにとってはかなり屈辱的な出来事になったと思う。

  (これは卒業後の進路にも影響するかも……城勤めに決まってたはずだけど。彼の今後は……)

 
「……そんな顔をすると思ったから……」
「はい?」

  私が考え込んでいたら、先生が小さな声で呟いた。
  何だろう?  と思って顔を上げると先生と目が合った。
  先生はどこか切なそうな顔で私を見ていた。

  (……どうして、そんな目で私を見るの……?)

「だから復讐なんてさせたくなかったんだ……」
「え?」

  そう言いながら、先生が私の頬にそっと手を伸ばし触れる。
  その優しい手付きに胸がトクンッと鳴った気がした。  

  だけど突然、復讐の話をされて意味が分からないわ??
  私が混乱していると、先生がフッと小さく笑った。

「気にするな。ただの独り言だ」
「先生?」
「ほら、今日も勉強してから帰るんだろ?  どこからだ?」
「あ、はい……」

  先生の手が離れ、私は慌てて問題集を開く。
  何だか誤魔化されたようだけど、きっと先生は答えてはくれない。
  そして、私の胸は何故かずっとバクバクと鳴り続けていた。



 



  ウォレスの停学に関する貼り紙が張り出されると、学校内はちょっとした騒ぎとなった。
  そして、その日。

  彼女は私の元にやって来た。




「あなたのせいよ!!」
「突然、何の話ですか?  レーナさん」
「しらばっくれないで頂戴!  あなたのせいでウォレスは停学になったのでしょう!?」
「……」

  私に責任があるというのなら、レーナさんにもあると思うのよ。
  私を嵌めたかったのでしょうけど、教科書紛失事件の時に明らかにウォレスを煽っていたもの。

「……ずるいわ」
「!?」

  何て答えようかと考えていたら目の前でレーナさんがポロポロと泣き出したので、さすがに驚いてしまう。

「あなたはずるい。私と彼はどう足掻いても結ばれないのに……貴族令嬢というだけで彼の隣に立てるあなたがずるくて仕方ない!!」
「……でも、ウォレスはあなたの事が好きで私をお飾りの妻にするつもりだったんでしょう?」

  私のその言葉にレーナさんは弾かれたように顔を上げた。
  その顔はすでに涙でグチャグチャだ。

「っっな、何で知ってるの?」
「あなた達の話を聞いてしまったからよ」
「……!!」

  レーナさんの瞳は涙を流しながらも驚きで大きく見開かれていた。

「ねぇ、レーナさん。あなたは本当にそれで良かったの?」
「……?」
「好きな人が別の女性を妻として迎える──あなたの事は愛人として囲うつもり……だなんて私はどう考えてもそれが誠実だとは思えない」
「……それ、は、私だっていいわけ……でも、仕方ないじゃない!!」

  レーナさんはまた泣き出した。

「それでも、それでも、ウォレスの側にいるにはその方法を受け入れるしかなかったんだものー……」
「レーナさん……」

  分かっているわ。私が言っている事はキレイごと。
  お父様がお母様を選んだ事も、お兄様がアリアンさんを選んだ事も、ほんの少し運命が違えば決して叶わなかった。
  本来なら叶うはずの無い貴族と平民の恋だった。

  この学校の首席卒業というご褒美があったからこその結果。
  そんなチャンスを与えられる人なんて多くはいない。だからこそ身分差によって引き裂かれた恋人達はきっと他にもいるし、ウォレスが考えた様に恋人を愛人として囲っている人もいるはず。
   

「…………レーナさん、でも、あの人はあなたも含む平民をバカにするような発言をしたわ?  それでも彼が好きなの?」
「っ!  あれは……」

  レーナさんが涙をこぼしながら悲しそうに目を伏せた。
  やっぱりあの発言は彼女を傷付けていた。

  (何でウォレスはそれが分からないの……!)

「昔はあんな人じゃ……無かった……のよ」
「……」

  それでもなお、信じたいという気持ちがレーナさんにはあるようだった。
  それが本当なら何がウォレスをそんなに変えてしまったのだろう。

  ウォレスの本当の気持ちなんて知らない。
  知りたいとも思わない。

  (だけど……)

  泣きじゃくるレーナさんを慰めながら私の心の中でが生まれ始めていた。








「これが、歴代の首席卒業者の方々の名簿……」

  翌日、私は図書館でとある名簿を開いていた。

  シュテルン王立学校の歴代首席卒業者名簿。
  これには、名前と共に卒業時に願ったご褒美の願い事の内容まで書かれている。

「……こうして、後世にまで残る事を考えると恥ずかしい事は願えないわね」

  そう苦笑しながらページをめくる。
  ……なんて偉そうに語ってるけれど、まだ自分がその立場になれるかは確定してないのよね。
  だけど、私はあの席を誰にも譲る気は無いから。
  絶対にこの名簿に載ってみせる!

「うーん、やっぱり殆どの人は、自分の将来について願ってるのよね」

  歴代名簿を目を通しながらそんな独り言を零す。
  ……私だってそうよ。
  お兄様のおかげで次期当主の座を手に入れた私が願おうと思っていた事はずっと前から決まっていた。自分の事だった。

  ──だけど。

  今、こうして気持ちが揺らぐのは。

  (レーナさんの、涙を見たから?)
 
  だから、こうして何か参考にならないかと名簿を見に来た。

  お母様が“お父様の望みを叶えて”と願ったように、
  を願った人って他にもいるのかしら?  と。


「……ってあら?」

  順を追っていると願い事の欄が、空欄になっている年を見つけた。

「……7年前?  卒業者は……ローレンス・シュテルン?」

  シュテルンを名乗ってるって……これはまさかの王子殿下では?
  今の王家には王子が5人いて、その末の王子がローレンスって名前だったから間違いないと思う。
  まさか王子がこの学校に通っていてさらに、首席卒業してるなんて!
  そんな事もあるのね。知らなかったわ。

「だけど、ローレンス殿下って確か……あまり表舞台に出て来ないって噂の王子様。ここ10年くらいは公の場に姿を現してないとか言われてたような……」

  ……彼の願い事が空欄なのは王子という身分故なのかしら。
  まぁ、下手な事は願えないし、ご褒美なんて無くても立場的に願い事は叶えられてしまうのかも。

  だけど、卒業式の目玉とも言える願い事の発表が無かったなんて。
  こんな年もあったのね、と何だかそれがとても印象に残った。







「先生、貴族と平民が恋に落ちたら不幸な結末にしかならないのでしょうか?」
「……は?  どうしたんだよ、急に」

  私の突然の発言に先生が目を丸くして驚いている。

  ウォレスへの復讐計画は無くなったのに、何故か私は今日も習慣で放課後になると先生の元を訪ねてしまい、勉強と雑談の時間を楽しんでいる。
  先生も先生で追い返す事も無く受け入れてくれるものだから、今ではすっかり甘えてしまっていた。

  (だって、ラリー先生と話すの楽しいんだもの)
 
「何でそんな事を言い出した?  エグバートのせいか?」
「と、言うよりもですね……」

  私はレーナさんに呼び出されて詰め寄られた際に感じた事を素直に話した。
  先生はとても真剣に聞いてくれた。




「貴族と平民の恋……か。何だか思いだすな。お前の兄、レオナールとアリアン嬢の事を」
「先生?」
「レオナールにアリアン嬢の面倒を見させたらどうかと提案したのは……俺だったんだ」
「え……?」

  先生のその発言に驚いた。

「入学したばかりのレオナールを見ていて俺はとても心配になった」
「……」
「周りを省みることもせず、ただひたすら勉強だけをしてた姿が、どうしても放っておけず気になってな」

  先生の言葉にあの頃の触れたら壊れてしまいそうなお兄様の姿を思いだす。

「アリアン嬢もアリアン嬢でとても脆かった。彼女の精神は強いけど、それでもこの学校に潰されそうになっていた」
「だから、先生は二人を引き合わせた……?」

  先生は頷いた。

「いい方向に作用してくれて良かったと思ったよ。……だが、2人を見守っていて段々ある意味失敗したと後悔もした」
「何故ですか?」

  私が首を傾げると先生は悲しそうに微笑んだ。

「レオナールが……アリアン嬢に惚れちまったから」
「あ!」
「まさか、恋に落ちるなんて思ってなかった。身分差の事を考えてそんな事は起こらないだろう。そう軽く考えてた」

  貴族と平民は結ばれない───

  それは誰もが知ってる事。
  だから、皆わざわざ茨の道を進もうなんて普通は思わない。


  それでも落ちてしまうのが“恋”

  ズキンッ

  どうしてかしら。今はその気持ちがすごく分かるような気がした。


「トランド伯爵家には悪いと思ったが、レオナールの決断に誰よりも喜んだのは俺だ……去年の卒業式……俺は初めて泣きそうになった」
「……え?」
「まさか、レオナールが貴族の身分を捨ててまで愛を選ぶなんて俺は思いもしなかったんだ」
「それだけお兄様はアリアンさんが好きだったんですよ。お兄様はアリアンさんの事を好きだと気付いた時からあの決断をしていましたから」
「……そうだな」
「そして今、2人はとても幸せそうです」
「……それは良かった」

  先生は安心したのか微笑みながら私の頭を撫でた。

「……もうすぐ、卒業試験だな」

  続けて先生が小さな声でそんな事を呟いた。

「先生?」
「それが終われば……卒業か」
「振り返ればあっという間の3年間でした」
「そうか……」

  先生が寂しそうな顔に見えるのは気のせいかしら?
  旅立つ生徒を送り出す先生の複雑な心境かしらね。

「きっと、お前は首席で卒業出来るさ。最後の試験も頑張れよ。そんでぜひ、卒業式で願い事を叶える所を俺に見せてくれ」

  そう言って先生は再び私の頭を撫でる。

「先生……」
「ん?」
「先生だったら何を願いますか?」
「!?」

  私が今、願いたい事の内容に関して悩み出していたから、先生だったらどうなのかしら?  
  と、ただ純粋に気になったので聞いてみたのだけど、先生がすごく驚いた顔をしたので逆に私の方がびっくりしてしまった。

「えっと?  先生もこの学校出身ですよね?  在学中、もし願いを叶えてもらえるのが自分だったら……と考えませんでしたか?」

  私の言葉に先生は寂しそうに笑って言った。

「いや……考えた事すら無かったな……」
「え!  一度も……ですか?」
「あぁ」
「そう、ですか……」

  やっぱり先生はちょっと変わってる。
  卒業後に教師になった事も、願い事を考えなかった、という事も。
  首席卒業で無かったにしても教師になるくらいだもの。先生の成績が悪かったとは思えないわ。

  もちろん、全員が全員、絶対に願い事を!  ……と考えるわけでは無いとしても、誰だって一度くらいは、ふと考えそうなものなのに。

  そう言えば、先生の卒業の年の首席卒業者って誰なのかしら?
  この間見た名簿の中身がふと頭の中をよぎった。


  だけど、先生はそれ以上触れて欲しくなさそうで私はそれ以上は聞けなかった。

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