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閑話: 私の大好きな家族

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  お父様とお母様に抱き締められながら大泣きした私はこれまでの事を思い返していた。

────……
 
  私が通うシュテルン王立学校は、この国唯一の王立学校。
  15~18歳までの男女身分を問わず試験さえ突破出来れば誰でも通える。

  入学試験はとても厳しくて、試験を突破し学校に入学出来た者はそれだけで将来のエリートコースが約束されている。
  そんな王立学校に入学した者達は、将来のエリートコース特典だけでなく、もう1つ目指すものがある。

  それが、首席で卒業すること。

  首席卒業者は卒業時に国王陛下から何でも1つ願いを叶えて貰える、という夢のような褒美があって、そんなたった一つの椅子を目指して日々勉強に励むエリートの卵達の中で、私のお母様とお兄様は首席卒業者となり“お願い”を叶えてもらった人達だ。

  また、その2人の願い事が、歴代卒業者の願い事と違って他に類を見ないような内容だった事もあって我がトランド伯爵家はとても有名な家となっていた。





  首席卒業者となった元貴族令嬢だったお母様の“お願い”は当時、首席争いをしていたを叶える事だった。
  次席だったにも関わらず、突然、自分の願いを叶えるチャンスを貰ったお父様は、密かに想っていた平民のお母様と結婚する為に、婚姻の自由を望んだ。
  お母様のお願いもお父様のお願いも異例としか言えない願いだった。
  そして、その後二人は無事に結婚して今に至るのだけれど。


  そして、お兄様の事は記憶に新しい。
  昨年の首席卒業者のお兄様は、運命の悪戯なのか、本来なら結ばれる事の許されない平民の女性に恋をした。
  そんなお兄様の願い事は、“伯爵家の跡継ぎの座を私に譲り、自分は平民となって生きて行く事”だった。


  お兄様が彼女に恋をして結ばれたいと願ったあの日から、私達家族はずっと話し合って来た。

「俺はアリアンの側にいられるなら貴族の地位なんて要らないんだ」

  迷う事無くそうキッパリと言い切ったお兄様を見ていて、そこまで誰かを想える事に私は羨ましささえ感じていた。

  密かに好きだったお父様の為に、自分の願い事を使ったお母様。
  大好きなお母様を手に入れる為に、慣例を破る願い事をしたお父様。
  そして、恵まれていた自身の立場を失ってでも好きな人と生きていく道を選んだお兄様。

  私の周りは愛に溢れた人ばかりだった。



  私はそんな、お父様とお母様とお兄様の事が大好きなの。




  両親の影響。そして、両親の血を受け継いだ私とお兄様は、幼い頃から自他ともに認める程、学業の面では優秀だった。

  当たり前のように、シュテルン王立学校に入る事を私もお兄様も望んだ。

  けれど、そんな私達に周囲の視線はとても厳しかった。
  特にお兄様。
  いつもどんな時も、お兄様は周囲から「出来て当たり前」「あの二人の子供なんだから」そんな目で見られていた。
  私もそんな目で見られていたけれど、男性のお兄様と比べれば大したことは無く。
  そんな周囲の期待に応えるように、お兄様はいつしか勉強ばかりになっていた。

  気付けば幼い頃のように笑いかけてくれる事が無くなっていたお兄様。
  そんなお兄様の背中を見ている事はとても悲しかった。

  そんな複雑な思いを抱えつつ、お兄様も私もシュテルン王立学校に首席で入学を果たした。

  そんな私は小さな頃から、どうしても叶えたい夢があった。
  いつ何がきっかけでそう思ったのかは正直、覚えていなくて。
  だけど、気付けば私は密かに夢見てた。

  今のこの国では、余程の事情がない限り女性の私では叶うことの無い夢。

  ──伯爵家を継いで女当主になりたい。

  優秀であり、何より男性であるお兄様がいる限り決して叶うはずない夢。

  その夢が叶うかもしれない。
  そんな希望を持ったのは、お兄様がシュテルン王立学校に入学してからわりとすぐの事だった。


「突然だけど、俺はシュテルン王立学校を卒業したら平民になりたい」

「「「!?」」」

  お兄様のその爆弾発言は私達に多大なる衝撃を与えた。

「どうして?」

  その中で一番冷静に返答を返したのはお母様だった。
  元貴族令嬢で、家が没落し平民として過ごして来た事のあるお母様にとっては聞き捨てならない内容だったのかもしれない。

「……好きな女性がいるんだ」

「へ?」
「まぁ!」
「お兄様?」

  お兄様のその言葉に、お父様、お母様、私の順番で三者三様の反応を示した。
  一番はしゃいだのは、さっきまでは冷静だったはずのお母様だった。

「そうなのね?  レオナール!  どんな子なの?  可愛い??」
「え?  か、可愛い……」

  そう言って照れながら顔を真っ赤にするお兄様を見て私は心の底から驚いたわ。

「って、そうじゃない!  いや、アリアンが可愛いのは間違いないんだけど!」

  お兄様は更に真っ赤になって怒鳴った。

「……その子は平民なんだ!」

「なっ!」
「あら」
「!」

  私達はこれまた三者三様の反応を示す。

「しかも、母さんとは違って……元貴族令嬢ってわけでも無いんだ……」

  お兄様の声が段々と萎んでいく。
  それもそのはず。今のこの国の制度では貴族のお兄様とその平民の女性が結ばれる事は出来ない。
  出来る事は、正式な貴族の妻を別に迎えておいてその彼女を愛人にするくらいでしか一緒にはいられない。

「だから俺は……平民になりたい。彼女と結ばれるにはこの方法しかないから……この願いをシュテルン王立学校を首席で卒業出来た時の望みにしたいんだ」

  お兄様のその発言は衝撃的だった。

「本気なの?  レオナール」
「本気だ。俺はアリアンの側にいられるなら貴族の地位なんて要らないんだ」

  そう答えたお兄様の目には、迷いなんて一切無くて強い決意しか感じなかった。


  ──平民の女性。
  あぁ、そう言えば少し前にお兄様が困ってたわ。

  平民の女の子の面倒を見る事になったんだが、どう接したらいいのか分からないんだって。
  お兄様が私に相談事を持ちかけるなんて初めての事だったから、私は嬉しくなって色々アドバイスをさせて貰ったけど……

  そうなのね。お兄様はその子の事を……

「その子はレオナールの気持ちを知ってるの?」
「……」

  お母様の質問にお兄様は静かに首を横に振った。
  あぁ、想いは伝えていないのね?  ……それもそう、よね。難しいもの。

「例え、俺の気持ちをアリアンが受け入れてくれなかったとしても俺は彼女の力になりたい。それは今の地位にいたら出来ないんだ。だから、どんな結果になっても後悔はしない」

  お兄様はキッパリ言った。

「……重くないか?」
「ちょっとルカス!!」

  思わず本音が口から出てしまったであろうお父様をお母様が叱り飛ばした。

「レオナールはルカスに似たのね」
「何で俺!」
「あなただって色々、画策していたじゃないの」
「そ、れはそうだが……」

  お父様がバツの悪そうな顔になる。ふふ。心当たりがたくさんありそうね。

「個人的にはとってもとっても応援したい!  したいんだが……」

  お父様は辛そうな顔でそう口にする。
  お兄様は我が家の嫡男。跡継ぎだ。我が家に他に男児は居ない。
  伯爵家の当主としての気持ちと、父親の気持ちとしての葛藤が見て取れた。

「!」

  ──なら、そうよ!  こうすればいいのよ!


  お兄様の望みも叶い、伯爵家の存続の危機も避けられて、なおかつ、私の夢も叶う!

「なら、私が伯爵家を継ぐわ!」

  私は家族の前でそう宣言していた。




  ──結果としてお兄様の望みは叶い、私が次期当主となる事も決定した。
  さすが、シュテルン王立学校の首席卒業者の願い事。本当に叶えられるのね、と驚いたわ。

  お兄様からは毎月手紙が届く。
  元気にやってるから、心配するなって!
  毎日アリアンさんが可愛くて幸せだって。
  慣れない生活で大変かなって思ってたけれど、幸せそうで安心したわ!


  これで、後は私も来年は絶対に首席卒業して、“願い事”を使って自分の地位を磐石な物にするのよ。
  私はメラメラとそんな野望に燃えていた。


────……


  だけど、人生って何が起きるか分からない……私は今それを痛感している所だった。



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