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第2話 記憶喪失

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  私のその言葉に、ビシッと部屋の空気が凍りついたのが分かった。


  ──そう。
  私は今、自分の置かれている状況だけでなく……ここが何処なのか。そして、この部屋にいる人達だけでなく、自分が誰なのか──名前すらも思い出せず分からなかった。
  あれだけ呼ばれれば私の名前が“リリア”である事は分かるのだけど、全然自分が呼ばれている気がしない。


「リ……リリア?  あー、聞き間違いかな?  どうしたんだ?」

  さっきまで私を抱き締めてた男性が困った様子で問いかけてくる。

「すみません。本当に私には、ここが何処なのか……あなた方……が何者なのかも分かりません」
「「!!」」

  再びそう告げると、皆、顔を真っ青にしてその場に硬直してしまった。

「リリア……」

  そう呟いたのはこの中の誰だったのか。私は念の為もう一度言った。

「……本当に本当に分からないんです」
「「!!」」

  私のこの言葉で、さらに部屋中の空気が凍りついたような気がした。






「これはー…………記憶喪失というやつかもしれませぬな」
「記憶喪失!?」

  医師らしきご老人が私に薬を飲ませながら発した言葉に男性が勢いよく反応した。

  その言葉になるほどと私も思った。

  …………記憶喪失。
  つまり今の私は自分の事も他人に関する事も全てマルっと忘れてしまったという事だろう。
  だから何も分からない。
  ……では何故、そんな事に?  身体中が痛い事と関係ある?


「……リア?  …………リリア?  大丈夫か?」


  そんな考え事をしてたら、男性に心配そうに声をかけられる。


「は、はい。だ、大丈夫です」
「……そうか。リリアも今は混乱しているんだろう。きっと落ち着いたら記憶も戻るはずだ」
「そうよ……今はゆっくり休みなさい」

  傍らの女性もそう言って微笑んだ。

  ───おそらくだけど、この2人は私の父親と母親なのだろう。
  年齢的にもそう思えたし、私の瞳の色は男性と同じだ。さらに言うならば髪の色は女性と同じだ。
  そうなると、この老人は薬を飲ませてくれた事や、先程までの発言から医者とみて間違いないだろう。

  そこまで考えて私はチラリと後方に目を向ける。

  ……では、さっきから一言も発せず黙って後方に立ってるあの人は?
  必死に私に呼びかけていた、あの男性は誰なのだろうか??  
  私の兄弟にしては私とも、父と母(と思われる人)とも似ていない気がするのだけど。
  歳も同じくらいに見えるし。

「……」

  どうにか思考を巡らせようと思ったけれど、だんだん私は眠気に襲われた。

「…………すみません、ちょっと眠気が……」
「薬の影響じゃな。心配はいらんぞ」

  おじいちゃん先生はそう言った。

「まぁ…… なら、今はゆっくり休んでまた、目が覚めたら話をしましょう」

  母親らしき人の言葉に私はコクリと頷く。

  彼はいったいどこの誰なのか、早く確認したい気持ちはあったけれど、
  酷い眠気に襲われた私はこれ以上、会話を続ける事も出来ず、また再び夢の世界へと落ちていった。











  そして再び目が覚めた後、今度は母親(仮)がそばに寄り添っていてくれた。
  再び皆を集め、そこでようやく“私”が忘れている事について教えて貰う事が出来た。


  私の名前は、リリア・ミラバース。
  17歳で伯爵家の娘。
  貴族の通う王立学院に通ってる3年生。

  そして、やはりと言うべきか、40代くらいの男性と女性は私の父親と母親で間違いなかった。
  そうなると、やはり気になるのは……

「では、あ、あの方は……?」

  私が謎の男性の方を見ながら両親に恐る恐る聞いてみると、

「ロベルト・ペレントンだ」

  そう言ってあの男性が名乗りながら私の近くに寄ってきた。

「ペレントン……?」

  家名が違う。って事はやはり私の兄弟ではないのだろう。
  いや、もしかすると親戚という可能性も捨てきれない。

「ペレントン侯爵家の嫡男だよ。あそこの当主と私は学生時代からの友人でね、家族ぐるみの付き合いがあるんだよ。リリアとはー……幼馴染、みたいなものかな」

  と、父親が横から説明してくれた。

「幼馴染ですか……」

  兄弟でも親戚でも無かった。
  幼馴染。そう言われても記憶がないから、いまいちピンと来ない。

「俺の事も分からない……か」

  彼、ロベルトがため息をつきながらそう言った。

「……ごめんなさい」
「リリアが謝る事じゃないだろ?」
「……」

  そう言いながら、彼はヨシヨシと頭を撫でてくる。
  何だか、懐かしいような物悲しいようなそんな気持ちになるのは何でだろう。

「それでも……」
「お前の事だ。そのうちケロッと思い出すだろう」

  彼はそう言いながら、私の頭を撫でるのを止めない。

  それって私が単純って意味かしら!?
  と抗議したかったけど、私の頭を撫でているロベルトの顔を見ていたら、何も言えなくなってしまった。

  ……ロベルトは、言葉とは裏腹に何かを後悔するような複雑な表情をしていたから。

  当然、私には彼がそんな表情をする理由が分からなかった。










  その夜の伯爵家────寝室にて


「ねぇ、あなた。記憶喪失って、リリアはやっぱりが原因で……」
「そうだろうな。よほど受け入れ違いものだったんだろう。全てを忘れてしまいたくなるくらいに、な」
「そうよね……あぁ、リリア……」

  そう嘆く夫人を夫は見守る事しか出来ない。

「それに、ロベルトにだって申し訳ない事をした……」
「えぇ、迷惑をかけてしまったのに。なのに今もリリアの側にいてくれて。本当に申し訳ないやら有り難いやら……」

  2人は顔を見合せ、はぁ……とため息をつく。

「今は、リリアの療養という名目でどうにか引き延ばしているが……果たしてそれもいつまで通じるか……」
「リリア……」
「いっそ、このまま何も思い出さない方が幸せなのだろうか……」


  夫の呟いたこの言葉に夫人は何も答えることが出来なかった。


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