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26. パーティーへ
しおりを挟む「……リディエンヌ、支度は出来たかー……」
「にゃーん?」
王太子殿下の誕生日を祝う祭典の最終日のパーティーの日がやって来た。
私は公爵家の計らいでドレスが用意された。
昼間のパーティーなので夜ほど豪華なドレスでは無いけれど、久しぶりに着るドレスは少し緊張する。
(時間が無かったから、既製品とは言っていたけれど、さすがだわ……生地もちゃんと上質の物が使われている)
ドレスの着付けが終わったと同時にダグラス様とティティが顔を出した。
「はい! ちょうど今───って、ダグラス様?」
「…………」
「にゃ?」
ダグラス様が私の姿を見るなり、部屋の入口で固まった。
そんなダグラス様の様子をティティも不思議そうに見ている。
「どうかされましたか?」
「…………」
「あ、もしかして、私どこか変ですか!?」
よくよく考えれば、こんなまともなドレスを着るのはいつ以来かしら?
少なくとも最も冷遇が酷かったこの二年の間には無かった気がする……
だから、どこか変なのかもしれない。
「…………だ」
「ダグラス様?」
ダグラス様の頬が赤く染まる。
「変なものか! その逆だ!」
「逆、ですか?」
「にゃ!」
よく意味が分からず首を傾げた。
「綺麗だ……言葉が上手く出てこないくらい……」
「にゃん! にゃ!」
「……ほら、ティティも綺麗にゃ! 可愛いにゃ! と興奮しているぞ」
「まぁ! 大袈裟です」
私がふふっと笑うとダグラス様が、大真面目な顔で言った。
「大袈裟なものか!」
「にゃーーん!」
(え……)
「リディエンヌは、そろそろもう少し自分の事を知った方がいい」
「ダグラス様……」
私はうっとりした気持ちでダグラス様を見つめる。
「…………くっ! こんなに可愛くて綺麗なリディエンヌに余計な虫を寄らせるわけにはいかない! 今日のパーティーでは虫をよらせない! いいな? ティティ」
「にゃーーん!」
二人は謎の意気込みを見せていた。やっぱり仲良しだと思う。
「それから、リディエンヌ。手を」
「はい?」
私が手を差し出すと、ダグラス様が左手の薬指に先日購入した指輪をはめてくれる。
「あ……」
「今朝、仕上がったそうで屋敷に届いた。パーティーに間に合って良かった」
「……お揃いですね」
「あぁ、俺とお揃いだ」
そう言ってダグラス様が自分の指にはめた指輪を見せてくれる。
嬉しくて思わず頬が緩んだ。
「にゃーー!」
「邪魔するな、ティティ! お前の首輪も仕上がったから落ち着け! 暴れたら付けられないだろう」
「にゃー」
(嬉しい……すごく嬉しい、幸せだわ)
「……?」
指にはまっている指輪が何だか熱を持った気がした。
───
ガーデンパーティーの会場に到着し、ダグラス様のエスコートを受けて中に入ると、思っていた通り私は注目を集めた。
───誰だ?
───氷の貴公子が女連れだ……
───可愛いな
(男性も驚いている)
令嬢達の中ではすでに噂が出回っていたのか、少し違う視線。
───氷を溶かした女!
───お店で指輪を選んでいたらしいわ
───どうやって溶かしたのよ
「リディエンヌの綺麗さに見惚れてる男が多いな」
「ダグラス様がモテモテだわ」
私達は同時にそんな言葉を発したので、互いに見つめ合う。
「……」
「……」
「リディエンヌだろ」
「ダグラス様ですよ!」
「にゃぁ……」
ティティがどこか呆れていた。
その後も私とティティにダグラス様が微笑むたびにあちこちで悲鳴が聞こえて、中には倒れる令嬢もいたようだけど、無事にパーティーは開始した。
「陛下への挨拶と殿下へのお祝いに行かなくては」
「……そうですね」
(陛下への挨拶……)
大丈夫かしら? と、色々不安になる。
ダグラス様の選んだ相手が、どこの誰かも分からない平民の女。
いえ、もしかしたら陛下は私が何者か察してしまうかもしれない。
「リディエンヌ」
「はい」
「大丈夫だ」
ダグラス様がギュッと私の手を握る。
そして、大丈夫だと口にするダグラス様の表情を見ていたら、うじうじ悩んでいるのがバカらしくなった。
(ダグラス様を信じよう……!)
「にゃーー」
「あぁ、ティティもご挨拶だ。陛下は前からティティに会いたがっていた」
「にゃ?」
「いいか、猫パンチもキックも禁止だぞ?」
「にゃ」
ダグラス様がティティに注意する。
さすがのティティも陛下には何もしないと思うけれど、念には念を入れておくという事らしい。
「心外だにゃ! と言われてもティティはいまいち信用出来ないからなぁ……」
「にゃ!!」
「うっ……すまな、ちょっと本音が……こら! パンチはやめろ!」
「にゃーん!!」
ダグラス様とティティを見ていたら、何だか私の気持ちも和んだ。
───
「びっくりするぐらい普通に受け入れられて驚きました!」
「そうか? まぁ、既に婚約の届けは出ているからな。陛下は驚くならその時に驚いていたと思うぞ」
「なるほど……」
心臓が口から飛び出すのでは? というくらい緊張した王族への挨拶はあっさりと終わった。
陛下には少し意味深な目で見られた気もしたけれど……
「と、言うよりもむしろ陛下は……」
「あぁ」
私とダグラス様はティティに視線を向ける。
視線を感じたティティが首を傾げながら返事をした。
「んにゃ?」
───陛下はティティにメロメロだった。
『おい、ダグラス! 何だこのモッフモフは!』
『あなたが会いたがっていた猫です』
『にゃーん』
『モッフモフ……モッフモフではないか! 思っていた以上のモッフモフ!』
陛下は一目でティティにメロメロになっていた。
そして、そんな空気を読むのが上手いティティは、くりっとしたまん丸の目を陛下に向けて、可愛く『にゃーーん!』と挨拶するものだから……
「魔性のティティさんと呼ぼうかしら?」
「あぁ」
「にゃー?」
王妃様と王太子殿下まで悩殺してしまったティティにはピッタリの名前だと思うわ。
「全く、ティティさんは本当に凄いわねー……」
「にゃ?」
私がそう口にしながらティティを撫でていたその時だった。
ざわっと会場の入口が騒がしくなる。
「……?」
「何だろうな」
「……んにゃっ!」
ティティが変な声を上げたと思ったら、にゃーにゃー言いながら、私を建物の影に連れて行こうとする。
まるで私を隠そうとしているみたいだった。
「ティティさん!? ど、どうしたの?」
「にゃ! にゃー!」
「……ティティ、本当か? 今、入口が騒がしくなっているのは……」
「にゃー」
(……? ダグラス様は何をそんなに焦って……)
「大人しく街にいればよかったものを……」
ダグラス様がそう小さな声で呟いた時だった。
聞き覚えがあり、出来れば二度と聞きたくなかった“声”が聞こえて来た。
「まぁぁ、招待状が無いと入れないですって? そんな事はどこにも書いていなかったわ!」
────マリアーナ!
会場の入口で騒いでいる中から聞こえて来た、どこか甘ったるいその声は、間違いなくマリアーナの声だった。
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