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第4話 王子様は頑固です

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  (ヒロ……なんとかって聞こえた気がしたけれど、なんて言ったのかしら?)

  それにこの謎の言葉。
  あれだけ妙に自信満々に語る事が出来るのは何か意味があるのかしらね。

  よく聞こえなかった部分の発言を疑問に思いながら、ミネルヴァ様の顔を見ると、私と目が合ったミネルヴァ様はニッコリと微笑んだ。

「……」

  とても可愛らしく笑っているはずなのに。
  何故かは分からない。けれど、私はその笑顔を“怖い”と思ってしまった。

  (何でこんな事を思ってしまうの?)
  
  私の失くした力を持っている事による醜い嫉妬のせい?  そう思ったけれど、何かが違う。
  ……自分でもよく分からないけれど、ただただ”彼女の存在”が怖い。

  (どうして……)

「ところで、ティティ男爵令嬢。君は王宮ここで何をしているんだ?」
「もちろん!  貴重な力を持った者として将来の為の勉強ですわ!」
「……将来の為の勉強?」
「そうですわ!  だってかもしれませんし」

  ミネルヴァ様は意味深な返事をした。
  そんな彼女はシグルド様と話しているはずなのに、何故か視線を私に向けてくる。

  (どうして私を見るの?)

「ほら、人生って何が起こるか分かりませんもの。 今、私がこうして貴重な力を発現したように……ふふふ、そう思いますでしょう、ねぇ、ルキア様?」

  ──ドキッとした。
  人生って何が起きるか分からない───その通り過ぎて私の気持ちはとたんに落ち着かなくなる。

  ───私のこの力で必ず将来はシグルド様のお役に立ってみせるわ!

  婚約を結んだあの日から、ずっとずっとそう信じて、未来は絶対だと疑ってもいなかったのに。
  待っていたのは、ある日突然、役立たずとなってしまった自分───


  ────


  (私の魔力はもう戻らないのかしら?)

  そもそも、生まれながらに持っているはずの力が失くなるなんて、どう考えても不自然すぎる。こんな事例は少なくともこれまで聞いた試しが無い。
 
  (まさか、呪いの類とか?  あの謎の高熱が呪いだったなんて事は……ある?)




「ルキア。顔色が悪いよ。それにせっかくの可愛い顔が険しくなっている……」
「え?」

  ミネルヴァ様は意味深な言葉と微笑みを残して、
「あぁ、大変!  早く戻らないと教師に怒られてしまうわ」
  と言いながら慌てて戻って行った為、この場には私とシグルド様だけが残されていた。

「険しい顔、ですか?」
「うん、眉間に皺が寄っているね。何か考え事?」

  シグルド様は優しく私の頭を撫でながら、顔を覗き込んでくる。
  その距離の近さにドキドキする。

「シグルド……様、近い、です」
「ルキア。そんなに私は頼りないだろうか?」

  シグルド様がそっと私の手を取ると、今度は手の甲にそっとキスを落とす。

  (ひえぇ!?)
  
  突然の行動にそんな情けない悲鳴が出そうになった。

「ルキア。誰が何と言おうとも。例え何があっても私の婚約者は……君だよ、ルキア」

  シグルド様は顔を上げると真っ直ぐ私を見つめてそう口にした。
  本来ならとても嬉しい言葉のはずなのに私はその瞳を真っ直ぐ見る事が出来ず、目線が泳いでしまう。

「で、ですが、シグルド様が良くても周囲の者達が──」

  だって魔力の無い王太子妃など許されるはずが無い。
 
「ルキア」
「お、お願いです。……そ、そんな目で……見ないで下さい……」
「うーん、それは聞けないお願いだなぁ」
「え?  ……きゃっ!?」

  今度は腕を引っ張られた?  と思ったら、 そのまま私はシグルド様の胸の中に飛び込む形になった。
  そして、そのままギュッと抱きしめられる。

「シグルド様!?」
「10年間」
「え?」
「10年間、私はずっと隣でルキアを見て来た。君の努力も頑張りも全部知っている」
「……」
  
  魔力量の多さと貴重な属性の力を買われてシグルド様の婚約者にと私は抜擢された。
  そんな私への当時のやっかみはかなり酷いものだった。
  本来、王太子妃に選ばれるのは、王族に次いで魔力量も多く力も強い高位貴族の令嬢達からが基本。
  だから、私は異例中の異例。当然私の存在は歓迎されるどころか……

  ───たかが伯爵令嬢のくせに図々しい。
  ───魔力量しか誇れるものが無いくせに!
  ───なんて不釣り合いなの?

  これまで、これらの言葉は何度言われて来ただろう?
  その度に“負けるもんか!”って強く思って乗り越えて来た。
  どんなに虐められても、嫌がらせを受けても絶対に泣かないと決めていつも前だけを見ていた。

  (メソメソしている女はシグルド様には相応しくない!)

  シグルド様の隣に立つに相応しい人になりたかった。
  でも、私がそれ程までに強くいられたのは、この絶対的な力のおかげだったんだ……と、こんな事になって初めて思わされた。

「私が求めているのは、魔力量でも、属性でも、癒しの力でも無い───ルキア、君なんだ」
「!!」

  驚いて目を丸くしている私に向かってシグルド様はにっこりとした笑顔で言う。

「だからね?  ここ数日、君が私に言おうとしている“話”は絶対に聞いてあげられない」
「え!」
「本当は大事な大事なルキアの話は何でも聞いてあげたいけれど、ね。それだけは絶対に駄目だ」
「……っ!」

  シグルド様は、そう口にしながら今度は私の髪をひと房救い上げるとそこにキスを落とした。





  この時の私は知らない。
  そんな私達の様子を、部屋に戻ったフリをしていたミネルヴァ様が、こっそり影から見ていた事を……

「何なのあれ?  あぁ!  やっぱり思った通り目障りな女だわ~。さっさと身を引きなさいよ。“ヒロイン”は私なのだから大人しくしていてくれないと困るのよね」

  と、呟き、

「まぁ、どうせもうルキア様はなのだから、これからは大人しくなるわよね……ふふふ」

  と、意味深に笑っていた事を。
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