30 / 32
第29話
しおりを挟むどうして、ステファン様はそんなに気まずそうな表情をするのかしら?
「リュシー……軽蔑しないで聞いてくれる?」
「え? 軽蔑……ですか?」
「うん。リュシーに軽蔑されて嫌われてしまったら生きていける自信が無い……」
(そ、そんなに……?)
思わぬ愛の大きさに驚きが隠せない。
「ステファン様? 私、先程も言いました。あなたが今、私を好きでいてくれるなら、私が婚約者に選ばれた方法なんてどうでもいいのだ、と」
「……そうだね。はは、うん、リュシーはそういう人だったね」
ステファン様はそっと私の頬に手を触れると、安心したのかフニャッっと力無く微笑んだ。
「どうでも良くないぞ!」
「そうよ、そうよ!」
なのに外野がうるさい。
「うるさいです! ……関係ないあなた達は黙っていて下さい!」
「「なっ!」」
ピーチクパーチク騒ごうとする外野二人に向かって、私は睨みながら声を荒らげる。
そんな私の態度に二人が驚いて黙った所でようやくステファン様が言った。
「…………イカサマをしたんだよ」
「え?」
「僕は絶対にリュシーが欲しかった。だから、イカサマをしたんだ」
「!」
何だと!? ふざけるなーー!
と、騒ぎ出したどこかの皇子を無視して、私はステファン様をじっと見つめる。
(だから、態度がおかしかったのね?)
ようやく腑に落ちた。
「……あの頃のリュシーの話を信じていなかったわけじゃない。理由や状況が何であれ“婚約者を釣書の中から適当に選ぶ”という場面が本当にやって来たわけだから」
「ステファン様……」
「きっと、何もしなくてもリュシーが選ばれる。そんな気はした。でも、やっぱり僕はそれを確実にしたかったんだ。適当じゃない。僕はリュシーが欲しかったんだから」
「……」
「本当はこんな形では無く、もっと早く堂々と申し込めれば良かったのだけど、パヴィア公爵がね……」
そう語るステファン様はどこか遠い目をする。
公爵は自分の娘を婚約者にしたいが為に、妨害行為をしていたのかもしれない。
ステファン様が私に好意を抱いているのが知られたら、そう……公爵が私を消そうとする可能性もあったのでは? と思った。
(怖っ!)
「それに、リュシーの語った“リュシエンヌがステファンの婚約者になる年齢”まで待った方がいいような気もしてね」
「……」
「何であれ、僕はリュシーの気持ちも考えずに勝手に裏でコソコソと……」
「ステファン様!」
私はそっとステファン様に手を伸ばして、ギュッと胸に抱え込むようにして彼を抱き込む。
またしても外野が「おい!」「何してんのよ」と、騒いで煩いけれど無視。
「リュ、リュ、リュシー?」
「……聞こえますか? 私の心臓の音」
もう、さっきからずっと私の心臓はドキドキバクバクしていて大変だ。
「う、う、うん……」
「ドキドキしてるでしょう?」
「う、う、うん……ついでに柔ら……」
「大好きなのです」
「うん?」
私はギューッとステファン様を抱きしめながら言う。
「イカサマでも何でも、私だけを求めてくれようとしたその気持ちは嬉しいですし、そんなステファン様の事が私は大好きです」
「…………フグフグ」
「?」
何やら変な事を言っているので不思議に思ったら、どうやら私はステファン様をかなり強く押さえつけていたらしく、彼は胸の中で何やらモゴモゴ言っていた。
びっくりした私は慌ててステファン様を解放する。
「あぁ! すみません……強く押さえすぎました!」
「い、いや……大丈夫……苦しいのに幸せ、なんて言う初めての体験をしたよ」
「そ、そうですか?」
(苦しいのに幸せ?)
と、私が内心で首を傾げていると、ステファン様がじっと私を見つめる。
「リュシー……僕も好きだよ。大好きだ」
「あ……」
そのまま、ステファン様の顔が近付いてきて再び私達の唇が重なった。
「……あっ、ステ……」
「……」
さっきまでのキスはチュッという軽めのキスだったのに、今度はがっちり頭も支えられて全然離れてくれない。
息が苦しい……
(あぁ、苦しいのに幸せってこういう事……かしら?)
頭の中がトロントロンに溶かされた私は、何とも見当違いな解答を導き出しながら、ステファン様との長くて甘いキスに酔いしれた。
「…………ん」
「リュシー……」
どれくらい時間が経ったのか。
ずーっとチュッチュとしていて離れる気配の無かったステファン様がようやく一呼吸置いたその時、ふと思った。
(煩かった外野の二人はどうしたのかしら?)
最初は「やめろー」「離れてー」とか騒いでいたはずなのに。
そう思って、キョロキョロと辺りを見回すと、
「俺のリュシエンヌぅぅぅーー」
「何で私じゃないのよぉぉぉ」
と、二人はその場で泣き崩れていた。
(えぇぇぇ! 何あれ?)
二人の様子に驚いている私に向かってステファン様は言う。
「こういう勘違いの塊みたいな人達には、見せつけるのが一番の薬みたいだね」
「ステファン様……まさか、二人に見せつける為にわざと……?」
私はジトっとした目でステファン様を見つめる。
「まさか! 可愛いリュシーを前にして我慢出来なかっただけだよ」
「ほ、本当ですか……?」
「……リュシー? 僕は君に何年片想いして来たと思ってるの? そして、ようやく婚約者となって貰えて近くにいられる様になってからの悶々とした日々……」
(あ、何だか変な所に火をつけてしまった気がする)
「それが、これだけのキスで足りると? 足りるわけないよね? あそこで蹲っている二人なんてもうどうでも良いから、僕はただリュシーに触れたい。それしか考えていない」
「あ……」
そう言ってステファン様は、私の顎を持ち上げる。
私はそっと瞳を閉じた。
再び甘いチュッチュ攻撃を受けながら私は思った。
ステファン様が満足する頃には私の唇、腫れてしまうのでは? と。
───そして、ここが実は図書室の一角であった事を思い出したのは、何やら騒ぎ声がすると他の生徒から話を聞いた先生達が駆けつけて来た時。
「何の騒ぎだ!?」
と、駆け付けて来た先生達がその場で見た光景は、
抱き合いながら、チュッチュと甘いキスをしているこの国の王子とその婚約者。
その傍らで泣き崩れる、隣国の皇子と特待生。
甘いのかしょっぱいのか分からないこのカオスな状況に先生達は、頭を抱えたという。
36
お気に入りに追加
3,680
あなたにおすすめの小説
自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで
嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。
誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。
でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。
このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。
そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語
執筆済みで完結確約です。
少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
悪魔騎士の愛しい妻
NA
恋愛
望まない結婚を強いられそうになった没落令嬢ヴァイオレットは、憂いを帯びた美貌の貴公子エリックに救われた。
しかし、彼は不老の悪魔だった。
ヴァイオレットが彼の横で胸を張っていられる、若く美しい時間はあっと言う間に過ぎ去った。
変わらぬ美貌のエリックに群がる女たちへの嫉妬で、ヴァイオレットはやがて狂っていく。
しかし、エリックはいつまでも優しく、ヴァイオレットに愛を囁き続けて……
これは、悪魔に魅入られた女の物語。
および、召使いによる蛇足。
★ご注意ください★
バッドエンドのろくでもない話です。
最後に笑うのは悪魔だけ。
一話1000字前後。
全9話で完結済。
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。
天災
恋愛
美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。
とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?
好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる