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第2話

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「リュシエンヌは、悪役令嬢でありながらこの世界の物語の主人公となる立場……」

  それ、もう悪役令嬢じゃないよね?
  ただのヒロインだよね?
  と、誰もが言いたくなる設定。

  (“悪役令嬢”とか言っておけば売れるだろっていう魂胆が見え見えよね……そしてかつての私もその手に引っかかってあの漫画を手に取った一人……)

  だけど、ここは本当に本当にあの漫画の世界かしら?  
  そう疑いたくもなるけど、さっき侍女のシシーは私に向かって“ステファン殿下の婚約者に選ばれて……”と言っていた。

「リュシエンヌ……この身体が記憶している自分の事もステファン殿下の事も、起きてる出来事も間違いない……そうなると」

  このままいけば私の未来は、ステファン殿下に婚約破棄されてハッピーエンド間違い無し!  
  という事。

「で、今は殿下の婚約者になった頃。うーん、断罪の日までは、まだまだ時間があるじゃないの。長いわね……でも、ハッピーエンドの為には婚約者にならないといけないのだから、こればっかりは仕方ないわよね」

  と、必死に自分に言い聞かす。
  しかし、これから婚約破棄されるあの断罪までの日々を思うと気持ちが萎えてくるのも確か。

  婚約者に選んでおいてリュシエンヌとの仲を深めようとしないステファン殿下。
  アンネと出会って彼女に入れ込んでからは、ますます見向きもされなくなった。
  そんな私を嘲笑う、婚約者候補だった人達──

  そもそも、記憶を取り戻す前の私、リュシエンヌはステファン殿下に恋をしていた。
  と言っても、人となりはよく知らないで姿絵を見てカッコイイと胸を高鳴らせていたくらいのようだけど。
  だからこそ、数多の婚約者候補を蹴散らして、婚約者に選ばれた事が嬉しくて嬉しくて高笑いしながら浮かれたわけだ。

  (それで、そのまますっ転んで頭を打つとか間抜けすぎる!)
 
「実際、漫画のリュシエンヌも最初は殿下に恋をしていたのよね……まぁ、あの人って顔だけは良いからね……」

  私は婚約者になったばかりの王子の顔を思い出す。
  金髪碧眼のどこからどう見ても王子様!  の顔が脳裏に浮かんだ。

  (ふっ……そうね。確かに顔は……良い)

「だけど、殿下があの平民のアンネと知り合い、リュシエンヌを蔑ろにしてアンネと仲良くなって行くうちに“コイツはダメだ”と愛想を尽かすようになる……」

  それでも、リュシエンヌは選ばれたのは私だから……と、殿下の婚約者として生きていく決意をきちんと固めていたのに……

「あのバカ王子はマヌケにも婚約破棄を突き付けてきた……と」

  別にリュシエンヌとの婚約は、愛があったわけでもないし、政治的な政略も一切絡んでいない。政略的な相手を選ぶなら、この国の貴族には公爵令嬢だっていた。

「それでも、中流の伯爵家であるリュシエンヌが婚約者に選ばれたのはー……」

  ──ははは!  リュシエンヌ、そもそもお前のような女が俺の婚約者に選ばれたのはー……

  あの夢の中でのシーンが頭の中に甦る。

  (アレ、思い出すだけで腹が立つわね……)

  こうして今、リュシエンヌが婚約者に選ばれたという事は、きっと漫画と同じで、あの理由のはずだ。

「…………まぁ、いいわ。王子は公衆の面前で堂々と浮気宣言をして婚約破棄なんて叫んだ事を問題視される事になるし、アンネも王子を誘惑したとして処分を受けた。そして、捨てられたリュシエンヌは……」

  ──それなら、一緒に俺の国に来るといい。

  そうよ。婚約破棄あの先にハッピーエンドが待っている。
  だから、私は物語には逆らわない。このままでいい。
  そうすれば私は幸せになれる。

  姿絵だけで一目惚れした王子はろくな人では無かった。
  前世を思い出した事でそれが先に分かっただけでも良かったのよ。

  (だから、明日からの冷遇の日々だって耐えられる!)



   ───この時の私は本気でそう思っていた。

  

  だけど、翌日の事だった。

「……え!?  殿下がお見舞いに?」
「そうなんだ。リュシエンヌが夜会の後に倒れた事を耳にしたらしく、目も覚めて具合も大丈夫そうなら是非、見舞いに訪ねたい、と」
「!?」

  お父様も少し困惑した様子で私にそう説明する。

  ───どういう事?  
  漫画の中でのステファン殿下ってそんな事をする人では無かったでしょう??

  (リュシエンヌが、具合を悪くした時だってお見舞いどころか体調の変化にすら気付かなかったのに……それなのに、アンネが軽く咳するだけで「風邪か!?」なんてこの世の終わりみたいな顔で心配して……)

「お父様……ステファン殿下って一人しかいませんよね?」
「は?  お前は何を馬鹿な事を言ってるんだ?  二人もいたら大変だろ」
「……」
「そんな阿呆な事が言えるなら、大丈夫そうだな。承諾の返事を出しておこう」
「あ……」

  お父様にとって私のこの婚約は降って湧いたような幸運。
  だからこそ、なるべく王家の不況を買う真似はしたくないのだろう。その気持ちは分かる。分かるけれど……

  (でもね、待ってる未来は婚約破棄なのよ、お父様……)



  こうして、私の抱える複雑な気持ちも知らず、ステファン殿下が私のお見舞い(?)に来る事が決定した。

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