上 下
57 / 57

最終話 嫌われ王女の手にした幸せ

しおりを挟む


  出迎えたわたくしに向かって、コンラッド様は甘く優しく微笑んでくれた。
  その笑顔を見るだけでわたくしの胸はキュンとなる。

  (落ち……落ち着きなさい!  わたくしの心臓!)

  こっそり深呼吸を繰り返していると、コンラッド様が感激した様子で口を開く。

「……クラリッサが…………起きているクラリッサが私の部屋にいる」
「はい」
「私はずっとずっとこの日を待っていた」
「コンラッド様……」

  ずっとこの日を待っていた───
  そう言ったコンラッド様が、わたくしの顎に手をかけて顔を持ち上げると、そっと唇にキスをする。
  いつもの甘いキス。

  (キスだけはたくさんして来たけれど──……)

  コンラッド様はとても真面目なので、結婚する今日までわたくしにキス以上のことはしなかった。

  (サマンサ嬢は、「コンラッドって、変な所で堅物なんですね」と笑っていたけれど)

  全く求められないので、わたくしには女性としての魅力が足りないのかしら?
  と、少しだけ心配になった時もあったけれど、結婚するまでは、としっかり節度を守ってくれていただけだったと分かりホッとする。

「ん……」
「……クラリッサ」

  優しかったキスが少し激しいものに変わった。
  嬉しくて幸せで……少し恥ずかしい。

  そんなどこか夢心地でいたら、突然、フワッとわたくしの体が持ち上げられた。

「!?」
「クラリッサ、落ちないように気を付けて。このままベッドまで運ぶから」
「え……」

  お姫様抱っこされたのだと気付いたら、一気に恥ずかしくなった。
  そして、そのまま運ばれ、ポスンッとベッドの真ん中に下ろされて優しく寝かされた。
  そのままコンラッド様がわたくしの上にのしかかって───

  (ひぇっ!)

「ふっ……!」

  緊張でガチガチに固まって動けずにいたら、コンラッド様が突然、吹き出した。

「ははは、クラリッサがこれまで見たことない顔をしている…………うん、可愛いな」
「……か、可愛いと言えば何でも許されると思わないでくださいませ!」
「!  ははは、クラリッサ。本当に君って子は……」
「~~~!」

  恥ずかしさを誤魔化しているのがバレバレだったようでますます笑われた。

  (もう!)

「……」
「えっと、コンラッド様?」

  だけど、そこで笑うのをやめたコンラッド様がそっとわたくしから離れてしまった。
  そして何故か横になっていたわたくしを抱き起こす。

「????  あの……?」
「クラリッサ……」

  そうして、わたくしの耳もとに口を寄せて「一つ、お願いがあるんだ」と言った。





「んっ……」
「あ、ごめん。触られるの嫌だった……?」
「いえ、そうではなく……大丈夫です。ただ、誰かに触られるのは初めてでしたから」
「初めて……?」

  わたくしがそう言うとコンラッド様がヒュッと息を呑んだ気配を感じた。
  あいにくコンラッド様に背を向けているので表情は見えないけれど、多分、悲しそうな顔をしている……そんな気もする。

  コンラッド様はわたくしの背中に残っている傷痕にそっと優しく触れながら言った。

「要するにそれって、手当もしてもらえなかったということなんだろう!?」
「…………そうですね。だから、こうして痕が残ってしまったのかもしれません」
「……!」

  (ああ、表情が見えなくても分かるわ。今、きっと怒っている)

  ───コンラッド様の頼みごとは、わたくしが嫌でなければ背中の傷痕が見たい……だった。
  初夜を迎えるにあたって、わたくしが悩んでいたのをまるで知っていたかのような頼みごとには正直、驚いた。

  (でも、コンラッド様になら構わない───)

  そう思えたわたくしはそっと着ていたガウンを脱いで背中を見せた。



「基本的に量刑には口を出さないと決めていたけど、あのツル……元宰相と牢番たちにだけはもっと罰を与えてくれと口を挟みたい!」
「コンラッド様……」
「これは……兄上にお願いするか」
「!」

  (今も表情が見えなくても分かるわ。コンラッド様の目は本気!)

  明日の朝、コンラッド様が二番目の王子殿下に直談判する姿が簡単に想像出来た。
  ちなみに元宰相やわたくしを虐げて虚偽の申告をしていた牢番たちは、すでに終身刑を言い渡されている。

  属国化となったランツォーネの統治に関しての意見は大きく割れた。
  元王族のわたくしとコンラッド様を強く推す意見と、元王族は加わるべきでは無いという意見……
  最終的には、国に戻る意思は無いというわたくしの気持ちを汲んでくれて、二番目の王子殿下に委ねることで話は落ち着いた。
   そして今、その二番目の王子殿下は結婚式のためプリヴィアに帰って来てくれている。



「クラリッサ……」
「はい…………きゃっ!?」

  ずっと傷痕をさすっていたコンラッド様が後ろからわたくしを抱きしめた。
  そして耳元で囁く。

「私の気持ちは変わらない。愛してるよ」
「あ、ありがとう……ございます……」
「ますます君が愛しい」
「わ、私も、コンラッド様を、あ、愛してますわ!」

  振り向きながらそう応えたわたくしにコンラッド様は、嬉しそうに笑うとそっとキスをした。

「……」
「え?  ……あっ」

  ───そのキスが合図だったかのように、夫婦となったわたくしたちの甘い夜が始まった。






  ───かつて、わたくしは、勘違いも甚だしいとんでもなく愚かな王女だった。

  末っ子で、ランツォーネ国の唯一の王女。
  そのせいか、国王のお父様、お母様もお兄様たちも皆、わたくしを可愛いと言っていつだって溺愛してくれた。
  お城の者たちも、チヤホヤしてくれた。
  だから欲しい物は何でも手に入れた。わたくしが望んだことならなんでも叶う。

  ───そうして、出来上がった傲慢で我儘で勘違いの激しい性格の王女クラリッサ。
  誰よりも可愛いわたくしは、誰からも愛される特別な存在なのだと信じて疑わずにそう思い込み……そして痛い目を見た。

   愚かだった自分を反省して、見つめ直しても、誰からも許しを貰えなかったわたくしを助けてくれたのは……他国の王子様。
  邪魔者嫌われ王女となったわたくしが身を引くことを許さず、真っ直ぐな愛を向けてくれた。

  ────そうして、彼がわたくしにくれたものは、
  ずっとずっと欲しがっていた“本物の愛”だった。



  ───だから、コンラッド様と過ごすこれからの日々は偽りなんかじゃない……本物の愛に溢れた幸せな日々────……



~完~



✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼


ありがとうございました。
これで、完結です。

まずは、お詫びから。
またしても短編詐欺となってしまい本当に申し訳ございません。
10万字超えた辺りから申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、ここまで来たら書きたいと思ったことは書き切ってしまおうと開き直ってしまいました。(そして更に伸びた)
そんな調子だったのに、最後までお付き合い下さった方には心からの感謝を申し上げます。

この話は“ざまぁされたヒドイン(もしくは悪役ポジション)の子が反省して主人公になったら”
が、テーマでした。
なので、人によってクラリッサの見方が大きく変わる話だったと思います。
そんな事もあり、クラリッサの事を応援して貰えたのは本当に嬉しかったです。

また、感想コメントでもたまにありました、タグの「ざまぁ……?」に関してですが、
なぜ、ざまぁタグではなかったのかについては理由は色々あるのですが、
一番はクラリッサが“ざまぁ”をする、その資格がないからです。
だから、追い詰めるのは基本コンラッドで、クラリッサがした事はギャフンという言い方にした仕返し程度になりました。

それから、家族とはいつか雪解けの日がやってきて、アルマとジャンもそれぞれの道でそれなりに幸せを見つけて過ごす……という想像を私はしています。
(サマンサは文句なく幸せを掴み取っているでしょう)

それでは、長くなったのでこの辺で……
お気に入り登録、感想コメント、エールetc.....ありがとうございました。
感想の返信は相変わらずさっぱりで本当に申し訳ございません。
全て読んでいます。

ここまでお読み下さり本当にありがとうございました。
新作も始めています。

『どうやら転生先は、いずれ離縁される“予定”のお飾り妻のようです』

また、お付き合い頂けたらとても嬉しいです。
ありがとうございました!

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(291件)

MARI
2024.07.30 MARI
ネタバレ含む
解除
ねむちゃん
2023.08.27 ねむちゃん
ネタバレ含む
解除
BLACK無糖
2023.08.16 BLACK無糖
ネタバレ含む
解除

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。