52 / 57
第49話 自分で決めた選択
しおりを挟む(自ら手放したって、どういう意味かしら)
コンラッド様はよく分かっていない様子のわたくしに説明してくれる。
「トゥライトル侯爵や、君の兄王子たちがたくさん手紙をくれたからね。あのパーティーの後、その後の話は定期的に私の耳にもいくつか入って来てはいた」
「はい……」
(んん? お兄様たちからの手紙がたくさん……?)
そこが少し気にはなったけれど、とりあえず話の先を聞くことにする。
「だが、ジャン……そこのクラリッサの元護衛騎士についてはあまり情報がなかった。まぁ、騎士も既に辞めている身だからね」
(コンラッド様もはっきりとした情報は持っていなかったのね……)
わたくしと同じね、と思った。
「なので、そこの男からクラリッサに会いたいという内容の手紙が届いた後、私は何を今更! と、気になって元護衛騎士とその元妻、アルマのことを詳しく彼らに聞くことにした」
「あ……」
わたくしがジャンに会うか否かの結論を先伸ばしにしていたから、その間にコンラッド様は黙って待つことはせずに色々行動していた、そういうことらしい。
(流石というか、本当にコンラッド様らしいわ)
「そうして教えてもらったのが、そこのジャンの夫人──アルマの受ける処罰についてだった」
「アルマの!」
わたくしが咄嗟に反応を示すと、コンラッド様は頷く。
「王女でもあるクラリッサに冤罪をきせたことを罪に問われている彼女だけど、その背景にあったことや、大人しく取り調べにも応じていて素直に自供をしていることも含めて、処罰に関しては情状酌量の余地があるともされている」
「……! そうなのですか?」
元宰相のことに関しては今も許せないという気持ちが強いけれど、正直に言えばアルマに対してわたくしは厳しい刑を望んでいなかった。
口を出すことはしないと決めたからもちろん誰にも言っていないけれど。
だからその話を聞いてひそかに安堵する。
「そうは言っても、もちろん、それなりの処罰は受けることにはなるけどね」
「はい……」
「そういう理由で、ジャンとの婚姻も互いが納得して望むのなら継続しても構わないと言われていたそうだ」
「え? でも、二人は離縁した、と……」
ジャンの言い方だと離縁したくなかったけど、無理やりさせられたかのような───
そう思ったわたくしはジャンに視線を向ける。
でも、彼は俯いたままだった。
(ジャン……?)
「二人の中で話し合いの時間がもたれて、アルマはジャンにこれまでのことを認めた上できちんと謝罪と説明をして反省の意も示した」
「アルマ……」
「そこで、もしも許してくれてやり直せるチャンスを貰えるならば、ジャンと新しい関係を一から始めたい……とアルマは願ったそうだ。しかし──」
「……ジャンはそれを拒否、した?」
コンラッド様は頷いた。
「実は出会いそのものから騙されていた……ということを知ったジャンの気持ちを思えば、そう簡単に許せずに、アルマとはやり直せない無理だと思うことは別に何も責められることではない。至って自然な感情だ」
「はい……」
「実際、アルマもジャンのそんな気持ちが分かったからこそ、追い縋ることはせずに納得して離縁を受け入れた。そうして二人の離縁は成立し別離の道を選んだ──」
コンラッド様はわたくしの顔を見ながらそこまで言うと、今度はジャンに視線を向けながら問いかけた。
「そういうわけで。彼女とはやり直せないと判断したのは自分自身の選択だろう? ジャン・トュース」
「……」
「人の気持ちは難しいし、そんな簡単に割り切れるものでもない。だから、本当に彼女を愛していたと言うなら反省したアルマを受け入れてやり直すべきだ……とまではさすがに言わない」
「……」
ジャンはここでも言葉を発しなかったけれど、チラッとコンラッド様に視線だけ向けた。
「だが、自分で考えて決めたはずの彼女との別離をまるで全てクラリッサのせいのように言って逆恨みするのだけは止めてもらおう。許せない!」
「っ!」
ジャンは身体を少し震わせたけれど、それでも声はあげなかった。
とにかく沈黙を貫こうとしている。
そんなジャンに対してコンラッド様も止まらない。
「申し訳ないが、私には愛していたはずの女性の全てを受け入れられなかった自分の器の小ささをクラリッサを責めることで発散している子供にしか見えない」
「なっ……! こ、子供!?」
コンラッド様のその言葉でようやくジャンも声を上げる。
さすがに子供扱いされては黙っていられなかったらしい。
「ああ。子供だ。少なくとも騎士を名乗っていた男には見えない」
「……くっ!」
ジャンは悔しそうにコンラッド様を睨みつけたけれど、対するコンラッド様は余裕の態度を崩さない。
「君は王女の護衛騎士という立場でありながら、クラリッサよりも彼女を選んだんだ。それだって自分で決めたことだろう?」
「……そ、れは……」
「ん? ああ、少し違うか。それも殆どアルマの言いなりになっていただけだったか……やっぱり子供のようだな」
「っっ!」
その言葉はジャンのプライドを大きく傷付けたのか、ジャンは悔しそうに歯を食いしばっている。
「───クラリッサは、誰からも守られず、罰を受けて心も身体もたくさん傷付いた!」
「え? 誰からも……守られ、ず? だって、王女……」
ジャンがおそるおそるわたくしの方を見る。
その目がまさか……と言っている。
「クラリッサの様子が以前と違っていることは感じているくせに、どうしてそこは分からないんだ」
「そ……そういう振りをしている、のだと……だ、だから……」
「違う! そうではない!」
「ち、がう?」
動揺するジャンに向かってコンラッド様は冷たい目を向けて言った。
「それに、だ。仮にそうだったもしても、だからと言ってクラリッサに対して何を言ってもいいわけではないだろう!」
「……っ」
「いいか? よく聞け───最後の忠告だ。これ以上私の大切なクラリッサを傷付けようとするのなら、私は何一つお前に容赦はしない」
「!!」
コンラッド様のその発言はとても恐ろしく聞こえた。
99
お気に入りに追加
5,043
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる