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第47話 元護衛騎士の訪問

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❋❋❋

  わたくしは内心で大きなため息を吐いた。

  (……困ったわ。会話が続かない)

  もう何分、このままかしら。
  必死にこちらから会話を振ってみたけれど、「いえ……」とか「はい……」とか二語以上喋らないし!
  なんの為にあなたは、わたくしに会いたいなどと言い出したの?
  いきなり文句を言われる覚悟だってしてこの場にやって来たのに!



  ジャンの訪問を受け入れることにした、わたくし。
  コンラッド様はわたくしのその決意を聞いて承諾の返事をすぐに送ってくれた。
  そうして改めてジャンから届いた返信には、承諾されたことに対するお礼とそして一週間後に訪問すると書かれていた。
  そうして、複雑な気持ちを抱えつつも出迎えた。なのに───……

  

「……」
「……」
「あ、あの……王女殿下、すみません。あなたの後ろにおられるのは?」

  しばらくの沈黙の後、ジャンがようやくおそるおそるといった様子で口を開いた。
  ずっとわたくしの後ろに控えている人物が気になったらしい。

「本日のわたくしの護衛よ」
「護衛……」

  その“護衛”という言葉にかつての自分を思い出したのか、ジャンの瞳が大きく揺れる。
  そして、ようやく静かに語り出す。

「……そうですよね、護衛……付きますよね」
「ええ」
「クラリッサ王女……あなた様は本当にいつだって我儘放題でした」
「……そうね」
「クラリッサ王女の護衛に任命された者はハズレの騎士。出世も見込めない騎士としての墓場だ────騎士たちの中では常にそう言われ続けていました」

  (似たような話をどこかで聞いたような……ああ!)

  ───護衛たちの間でも王女殿下の護衛任務に選ばれた時は罰ゲームだと笑われていましたよ。

  確か、わたくしに向かってそう言ったのは、プリヴィア王国に来る時の護衛だった。

  (罰ゲームどころかハズレ扱い……)

「……わたくしの我儘を聞く為の実質、お世話係のようなものでしたものね」

  お兄様たちの護衛になれれば、もっと騎士らしい活躍が出来て、自身を鍛えることも出来たのだろう。でも、王女の護衛なんて騎士らしい活躍の場なんて無いに等しかった。
  それでいて面倒を見るのが、我儘放題の王女となればそう思われても全然不思議ではない。

  ジャンは心配そうにわたくしの後ろに控えている護衛に目を向けた。
  その目で何となく分かった。

  (ジャンの中ではきっとわたくしはまだ、我儘で傲慢で身勝手な王女のまま……)

  わたくしがここでも護衛を我儘放題で振り回している、そう思っているのかもしれない。



  そうして、また少しの沈黙の後にジャンは言った。

「……殿下、私は驚きました。そして理解が出来ませんでした」
「何の話……?」

  突然何の話かとわたくしは首を傾げる。

「あの日……あなたが乱入してきたパーティーで婚約者の王子殿下があなたを大切にされていたことです」
「……」
「今もです……この国を訪ねてきてから聞こえてくる王女殿下の話は、婚約者の王子に愛されている……そんな話ばかりです」

  ジャンの顔はどうしてだ……そう言っているように見えた。
  それは、わたくしだけが幸せなのが許せない……そう言っているようにも見える。

「…………殿下はなぜ、アルマの嘘を暴いたのですか?」
「え?」
「この国で王子殿下に愛されているのなら、わざわざ戻って来て……なぜ……あんなことを……私は自分が利用されていたなんて……知りたくなんてなかったのに……」
「……」
「……牢屋に入っても、他国に嫁ぐことになっても……結局、あなたはあなたなのですね……」

  悔しそうな表情でジャンはわたくしに向かってそう言った。
  …………ジャンも家族同様、わたくしが牢屋にいる時にどんな目にあっていたかはきっと知らない。
  わたくしが釈放された時にはジャンはアルマと結婚して王宮を離れてしまっていた。
  だから、わたくしが反省したなんてきっと思っていない。
  そんな気持ちが伝わって来る。
 
  (牢屋にいた頃、ジャンに助けて欲しいなどとは思わなかったから、そのことを知ってもらいたいとは思わないけれど……)
 
「……ジャンはずっとアルマに嘘をつかれたままでも、本当に幸せになれていたと思うの?」
「…………え?」
「わたくしが暴かなくても別の形で発覚する可能性だってあったかもしれないでしょう?」

  わたくしは二人の結婚生活がどんなものだったかは知らない。
  でも、アルマは追い詰められ最終的に耐え切れなくなって大勢の前で自分のしたことを暴露していた。
  つまり、あんなにも大胆な行動でわたくしを嵌めるほどの度胸のあった彼女にだって脆い部分はあったということ。
  もしかしたら、あの場でなくてもいつか別の形で露呈していたかもしれない。

「そ、れは……」

  絶対にそんなことはないと否定出来ず、ジャンはその先の言葉を噤む。
  そんな彼を見ながら、わたくしはどうしても聞いてみたかったことを聞くことにした。

「ねぇ、ジャン。一つあなたに聞きたいのだけど」
「……なんでしょうか?」

  ジャンは少し警戒した様子で答えた。

「───あなたはわたくしのことずっと嫌いだった?」
「え?」
「……アルマが現れる前のことを聞きたいの。アルマとあなたが出会ってからのわたくしは、とにかく酷いものだったから嫌われるのは分かるのだけど……でも、その前からあなたはわたくしのことずっと疎んでいた?  本当はずっと嫌々仕えていた?」
「……」

  ジャンの瞳がまた大きく揺れた。
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