49 / 57
第46話 決意
しおりを挟むコンラッド様と乗り込んだパーティーの後、ジャンときちんと向き合えなかったこと……心残りではあった。
でもあんまり考えないようにしていた気がする。
だって、もう二度と会うことはないのだろうと思っていたから。
(そういえば、サマンサ嬢には心残りの話をしたわね……)
だからこそ、サマンサ嬢はコンラッド様を呼び出して話がしたいと言ったのだと思っている。
でも、わたくしはジャンと面と向かい合った場合に、なんて声をかけたらいいのか戸惑ってしまう……そんな気がする。
「会いたい……? ジャンがそう書いているのですか?」
「うん。出来ることなら会わせて欲しいって書いてある」
「どうして……」
そんな言葉をジャンの方から言うなんて……何故なの?
「クラリッサに直接そんなことを書いた手紙を送るのではなく、私を通した点はまだ評価したいところだけど……」
「けれど?」
わたくしが聞き返すとコンラッド様は、深いため息と共に言った。
「ようやく様々な問題が落ち着いて、あとは結婚式までまっしぐらだと思ったのに、まだ邪魔が入るのか! という気持ちしかない」
「コンラッド様……」
「それも今度は、クラリッサの元護衛騎士……クラリッサの好きだった男……」
大変! コンラッド様の目つきがどんどん悪くなっていくわ……!
これはいけないと思い、わたくしは慌てて口を開く。
「あの! わたくしはもう……」
「分かっているよ。でも、もうそれが愛とか恋とかという気持ちではなくても、クラリッサの心の中に私以外の男がいると思うとそれだけで嫉妬したくなる」
「あ……」
コンラッド様の顔が近付いてきて、わたくしの額にチュッとキスを落とした。
そして、わたくしの目をじっと見つめた。
「でもね? クラリッサの気持ちに合わせるよ」
「会うな、とは言わないのですか?」
コンラッド様はうーんと少し考えてから静かに口を開く。
「あの男が二度とクラリッサの人生と関わらないのなら、会わないで欲しいとは思っていた」
「え……?」
「でも、こうして関わって来ただろう? そのせいであの男の存在がこれからもクラリッサの心に影を落とすことになるのは許せない!」
(コンラッド様……!)
「それに、何かと理由をつけて今後もクラリッサに会おうとされるくらいなら、今のうちに顔を合わせてお互い言いたいことを言ってきれいさっぱり縁を切ってくれた方が嬉しい」
「……お互いが、言いたいことを……」
チュッ
もう一度額に優しいキスが降ってきた。
「……これはあくまでも私の意見だ。会いたくないなら会わなくても構わない。面会を断ったからと言って我が国としてそれが問題になったり、不利益になるような相手でもないしね」
「……っ!」
コンラッド様はどこまでもわたくしの気持ちを汲んでくれようとする。
(家族とはいつかは向き合いたいと決心をしたのに、ジャンだけ目を逸らすのはどうなの?)
「ゆっくり考えてくれて構わない」
「コンラッド様……」
「ただ、クラリッサが後悔だけはしないで欲しい」
コンラッド様は優しくそう言ってくれた。
❋❋❋
「───初恋の男が訪ねてきたいと言っているから会うべきか、ですって?」
「ええ……」
「ちょっと待ってください、王女殿下! それって浮気ですか? 私からコンラッドを奪っておいて浮気するつもりなのですか!?」
「えっ! 浮気!? 違います! そういうことではないですわ!」
とんでもないことを言われたので、わたくしは必死に否定した。
あれから数日後。
謹慎が解けたサマンサ嬢が早速わたくしの元を訪ねて来た。
ここ数日、ジャンの訪問を受け入れるべきか悩んでいたせいなのか、眠れない日が続いていてサマンサ嬢に顔色が良くないと指摘されてしまった。
それで、話をしてみたのだけど……
「───つまり、その方は王女殿下がきちんと向き合えなかったという護衛騎士のことなのですよね?」
「ええ」
「距離もあるのに、わざわざ? 文句でも言いに来るつもりなのでしょうか? 暇人なんですね」
「……暇人」
サマンサ嬢はズバッとそう言って切り捨てた。
「ジャンがわたくしと会ってどうしたいのかは不明ですが、わたくしへの文句はたくさんあるはずです」
わたくしのせいで人生めちゃくちゃだ! と怒っていてもおかしくない。
「……そうは言いますけど、その彼女を選んだのはその騎士自身ですよ?」
「え?」
「仕組まれた出会いだったとしても、偽りの愛を本物の愛に出来なかったのは、その騎士と彼女の問題であって王女殿下のせいではないと思います」
「……偽りの愛を本物の愛に……出来なかった……?」
わたくしが驚いてサマンサ嬢の顔を見つめると彼女は言った。
「私、思うのですが……王女殿下はもうそろそろ呪縛から解き放たれてもいいのではありませんか?」
「呪縛……?」
「話を聞いているだけでも、充分に罰は受けたと思います。ですから、もっとご自分の幸せを考えてもいいのでは? ということです」
「幸せって……わたくしはちゃんと幸せになろうと……」
サマンサ嬢がジトッとした目でわたくしを見る。
「!?」
「それなら! 先日、コンラッドが言っていたのはどういうことですか! まだ、王女殿下に自分は片思いなのだと言っていましたよ? 何でコンラッドはそんな阿呆な勘違いをしているのですか!」
「そ、それは……」
わたくしが想いを伝えようとすると邪魔が入ったり、偶然なのは分かっているけれどコンラッド様が言わせてくれなかったり……
どうしてなのかいい雰囲気になって今度こそ! と口を開こうとするけれど、その度に上手くいかない。
(この間のパーティーの後もキスで口が塞がれて結局、言えなかったわ……)
しかも、あの時は気がついたらコンラッド様のベッドを占領して爆睡までしていた。
疲れていたとはいえ……なんて図々しいことを……
「見ていれば分かります! 王女殿下もコンラッドのことを好きなのでしょう!?」
「す、好き! です……わ!」
わたくしがそう応えると、サマンサ嬢はキッと目を吊り上げてわたくしに向かって言った。
「それならば、その元護衛騎士とやらをさっさと呼びつけて、言いたいことを言ってスッキリしてコンラッドと幸せになってください!」
「サマンサ様……」
「───なってくれないと私が困るんです!!」
(ええ!?)
サマンサ嬢の勢いにわたくしは頷くことしか出来なかった。
❋
「訪問を受け入れる?」
「……そうしようと思います」
わたくしはコンラッド様の元に向かってそう告げた。
サマンサ嬢に言われて考えた。
わたくしの幸せ……それはコンラッド様とこれからを共に歩んでいくこと。
今回、ジャンに会うことを拒否して、ずっと心の中にジャンの存在が燻って残ってしまうことの方が嫌だ。
「コ、コンラッド様以外の男性のことで自分の頭の中をいっぱいにしたくないのです!」
「え?」
「ジャンがわたくしと顔を合わせた時に何を言って来たとしても…………わたくしはコンラッド様と幸せになりたい、その気持ちはもう譲れません」
「クラリッサ……?」
コンラッド様が少し戸惑っている。
けれど、わたくしの決意表明は続く。そして……
「ですから、コンラッド様! あなたに一つお願いがあります!」
「お願い?」
コンラッド様は不思議そうに首を傾げた。
86
お気に入りに追加
5,047
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる