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君への想い ② (コンラッド視点)

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  母上からの呼び出しはサマンサのことだった。

「……サマンサが?」
「どうしてもコンラッドと話がしたいんですって。だから公爵家に来て欲しいそうよ」
「…………は?  なぜ私と?  それにどうしてこっちから行かねばいけない?」
「それは、サマンサが謹慎中だからよ」
「……」
 
  それはもちろん分かっている。
  私が言いたいのはそういうことではない!

  サマンサはパーティーの後、あの令嬢たちの暴走は私の責任だと言って自ら謹慎を申し出たという。

  (前は王宮への立ち入り禁止を命じられて荒れていたと聞いたのに)

  これはクラリッサがサマンサの意識を変えたからなのだろう。
  公爵家に紛れ込ませていた者によると、サマンサはクラリッサの話を聞いてからすっかり大人しくなったのだと涙を流しながらクラリッサに感謝していた。

  クラリッサはサマンサが自分と似ていると言っていたから、二人には何が通じるものがあるのかもしれない。

  (似ている……のだろうか?)

  私にはクラリッサのことは強くて優しくて綺麗で可愛いなどと思うのだが……サマンサを見ていても特にそう思ったことはない……

「……コンラッド。何をニヤニヤしているのですか?」
「!」

  母上にそんな指摘をされた。
  クラリッサの顔を思い浮かべてしまっていたせいか、どうやら締まりのない顔になっていたらしい。だが、クラリッサのせいでたるんでいると思われては大変だ。なので、認めるわけにはいかない。

「ニヤニヤなどしていませんが?」
「していましたよ!  とうせクラリッサ王女のことでも考えていたのでしょう?」
「……分かっているなら聞かないでください」

  それに、この後はクラリッサとお茶をする約束なんだ!
  クラリッサの好きな甘い菓子を用意したからきっととびっきりの可愛い笑顔を見せてくれるはずなんだ!  と、心の中で訴える。

「はぁ……あなたがそんなだから、城中に変な噂が……」
「何を今更。私がクラリッサにずっと片思いしていたことは母上は知っていたでしょう?  無事に婚約出来たことに少しくらい浮かれて何が悪いのですか!」
「……」

  私が反論すると母上は頭が痛そうな顔をしていた。

「もういいわ。えっと、この後の予定はクラリッサ王女とお茶だったかしら?  それが終わったら公爵家に顔を出してあげて頂戴」
「…………分かりました」

  あまり気は乗らないが頷くしかなかった。



❋❋



  愛しいクラリッサとのお茶の時間を終えた私は公爵家に向かった。

  (……クラリッサ、今日も可愛かったな)

  どのお菓子にもキラキラ目を輝かせていたけれど、その中でも特別好きな菓子の時は笑顔が違う。
  せっかくだから……今度はあのお店の……

「─────コンラッド!」
「うん?  何か言ったか?」

  ついつい、頭の中でクラリッサのことばかり考えていたら、自分の目の前でサマンサが明らかに怒った顔をしている。

「何か言ったか?  ではなくて───まさかとは思うけれど本日、王女殿下に内緒で訪ねて来たりしていないわよね?」
「は?  内緒で?  そんなことするはずないだろう!」

  愛するクラリッサに黙って他の女性……サマンサに会いに行くだと?  
  そんな不誠実なことするわけないだろう!
  どこの世界にそんなことをして、わざわざ好きな女性を不安にさせる男がいるというんだ?    
  そんな奴がいたらただの阿呆だろう……
  全く!

「きちんと話をしてから来た。当然だ」

  ちなみに、訪問の予定の話をしてクラリッサが不安がったり嫌そうな顔をしたら母上の元に戻って断るつもりだった。
  そう口にしたら目の前のサマンサは再び怒る気がする。
  だが、私はいつだってクラリッサが一番なのでそこは絶対に譲れない。

「……それなら良かった。呼び出したのは私ですからね」

  サマンサは少しホッとした顔を見せた。

「そうだな……で、大変、不本意ながら可愛い可愛い私のクラリッサからの伝言だ」
「なんで二回も。それで?  私に伝言?」
「───約束の茶葉の準備が出来た。謹慎が明けたら手紙を出すからまた王宮に来てください、だそうだ……」
「そうですか。それはそれは…………って、なぜ、コンラッドはそんな仏頂面をしているのかしら?」
「……」

  面白いはずがないだろう?
  だって、愛するクラリッサのこの言葉には続きがあるんだ。

「で───その時はぜひ、約束の話を聞かせてください……だと」
「ふっ……」

  その言葉にサマンサが可笑しそうに吹き出した。

「随分と楽しみにしてくださっているようで、嬉しいわ。これはぜひ期待に応えなくてはいけないわね」
「……」
「やだ、すごい顔よ?  コンラッド」
「……」

  自分の情けない話を好きな人にされると知って平常心でいられるはずがないだろう!
  そんな気持ちで睨み返したらサマンサが再び笑う。

「そんなになるほど、王女殿下に夢中なのね」
「ああ。特に今はクラリッサに好きになってもらうために必死に距離をつめている大事な時なんだ」
「は?  王女殿下に好きになってもらう?」
「そうだ」

  私が大きく頷いたらサマンサが何故か目を大きく見開いてこっちを凝視している。
  そして、どこか呆れた表情を浮かべると小さな声で呟いた。

「もう、何してるの?  この二人……馬鹿馬鹿しすぎて嫉妬する気も起きないわ……」
「───何か言ったか?」

  サマンサの声は小さいうえにブツブツ呟いていたせいで、よく聞こえなかった。

「……こういうことって、当人には分からないものなのね」
「──?  だから、何だって?」
「いいえ。あのお人好しな王女様ならあなたの情けない話を聞いても幻滅したりしないと思うけれど、と言っただけ!」

  ……絶対違う気がするんだが。

「お人好し……か」
「あれをお人好しと言わずになんと言うの?  王女殿下はコンラッドとの仲を引き裂こうとしたこんな私を助けちゃったのよ?」
「いい子だろ?」
「……」

  サマンサは下を向くと「だから憎めないのよ……」と言った。

「だから、私はそんなクラリッサの前ではかっこいい自分でいたいんだ」
「コンラッド……あなた、あんなにひ弱だったのに……いつもお兄さんたちの後ろをくっついてピーピー泣いて……」
「……ひ弱は余計だ!  それから泣いてなどいない!」

  ───三兄弟の末っ子である自分。
  余程のことがなければ王位継承順も回ってくることもなく、スペアにもなれない自分は昔、少し身体が弱かった。
  そのせいなのか、自分は昔から強い人間に憧れていた。

  そこで、ふと気づいた。

 (───あぁ、そうか。最初に私がクラリッサに惹かれたのは……あの強い目───)
  
  あの時、まるで身体中に電流が走ったかのように痺れた。強い人だ、そう思った。
  だが、今、私がクラリッサに抱く想いはもうそれだけじゃない。
  様々な出来事からきちんと自分を見つめ直して、前を向いてこれからを生きていこうとしているクラリッサを私は支えたい。
  
  改めてそんな決心をした。

「そうだ、サマンサ。話が逸れまくったが、今日はなんで私を呼び出した?」
「!」

  サマンサは一瞬だけピクッと身体を震わせた。
  そして静かに口を開く。

「───私ね、縁談の話が来ているの」 
「縁談?」
「お父様は私が目を覚まして現実を見つめてコンラッドを諦めるのを待っていたんですって」
「……」

  つまり……公爵は今のサマンサなら大丈夫だと判断した……そういうことか。

「……その前にもう一度だけコンラッドと二人で話がしたかった。それだけよ」
「……」
「だってね、王女殿下が言っていたの。自分は好きだった護衛騎士と最後まできちんと話が出来なかったから、私にはそんな思いをして欲しくないって」
「クラリッサらしいな」
「そうね。でもおかげで、もう未練なんて無いときれいさっぱりそう思えたわ」

  そう口にしたサマンサの顔はどこか晴れ晴れとしていた。





  (今すぐクラリッサに会いたいな)

  公爵家から王宮の自分の部屋に戻った私の頭の中は相変わらず、クラリッサのことばかりだった。
  
  (ギュッとたくさん抱きしめて──)

  そんなことを考えた時、側近が私に向かって手紙を差し出す。

「殿下、ランツォーネから手紙が届いています」
「!」

  またか!  ついこの間も届いたばかりだというのに!
  私は肩を竦めながら聞き返す。

「───また、クラリッサの兄王子のどちらかか?  それとも」
「いえ、そのどちらの方でもありません。と、言いますか……クラリッサ様の家族からではありません」
「?  では、誰だ?  侯爵も定期報告送ったばかりだぞ?」

  私は眉をひそめながらその手紙の送り主の名前を見た。
  そして驚きと共にこんな声が出てしまった。

「待て……!  な……なんで、コイツが!」

  私が驚くのも無理はない。
  その手紙の送り主は─────ジャン・トュース。
  クラリッサの心を大きく乱したあの初恋の護衛騎士からだった────……

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