上 下
44 / 57

第42話 パーティーを終えて

しおりを挟む


  そうして今度こそ会場から出ていく三人を見送ったら、横から少し情けない声が聞こえてくる。

「……えっと、クラリッサ」
「どうしました?」

  コンラッド様は声と同様にどこか情けない表情をしている。

「サマンサとお茶をするのはいいんだけど……」
「コンラッド様はわたくしの昔の話も知っているのに、わたくしは聞いてはダメなのです?」
「……うっ!  そんなことは無いが……」

  ギクッとしたコンラッド様は、顔を逸らすとすごくすごーく小さな声で「クラリッサの前ではいつだって、かっこいい自分でいたいじゃないか……」と言った。

  (そんなこと言わなくても、いつだってあなたはかっこいいのに?)

  …………ってそうだわ!
  そこで、わたくしはまだコンラッド様に“好き”と自分の気持ちをきちんと伝えていないことに今更ながら気付いた。

「コ、コンラッド様!  あの……!」
「?」

  このまま勢いで言ってしまおうかと思ったけれど──

  (……ハッ!  すごい見られている!)

  わたくしたちは今、注目を集めている真っ最中!

「え、えっと……お、お兄様からの手紙の件、あとでじっくり聞かせてくださいませ!」
「わ、分かってる……」

  さすがに今では無い気がする……と、この場では断念した。

  
  その後は大きなトラブルもなく、パーティーは進行し無事に終了を迎えた。
  最後の挨拶を終えた時は、安堵の気持ちでいっぱいだった。

「───どうにか終わったね」
「はい」

  挨拶の後、顔を上げたコンラッド様と小声でこっそりそんな会話をする。
  関係各所に報告はしておいても、結局、これは自分たちで収めなくてはならない問題だったので本当にホッとした。

「……サマンサたちは別室で事情聴取を受けている。終わったら私たちもそこに合流だ」

  わたくしは静かに頷いた。





「……偶然、拾ったのです。そして中身を読んでしまった時は本当に驚きました」

  あの場で暴露しようとしていた令嬢の一人は青白い顔で震えながらそう口にした。

「ですが、コンラッド殿下と王女殿下の婚約の話を聞いてから、サマンサ様が明らかにショックを受けていたのでこれを皆の前で明かせば婚約は破談になる……サマンサ様も喜ぶ……そう思ってやりました」

  彼女の供述は想像した通りだった。
  偶然拾った報告書を怪しむこともなく内容を信じて、詳しく調べることもせずにもう一人に伝えた。そして二人で王女の本性を暴露する。そう決めたそうだ。
  本日のパーティーで披露すれば婚約は破談になり、最終的に邪魔者王女は消えてコンラッド様とサマンサ嬢が結ばれるはず。
  そう思っての行動だったという。

  (もし、本当にそうなった場合に起こりうる問題点とかすっぱり頭から抜けてしまったのでしょうねぇ……)

  本当に人って感情だけで突っ走るととんでもないことになるわ。
  そう実感させられた。

  なんであれ、これだけはハッキリさせてもらう。

「……そこに書いてあることは、半分真実で半分は誤解です」
「え?」
「半分……?」

  わたくしのその言葉に、ごめんなさい、ごめんなさいとずっと泣きじゃくっていた二人が顔を上げる。

「わたくしが愚かなことをしていたのは事実。ですが、殺人未遂の件については誤解です」
「ご、かい……?」
「そうだ。ランツォーネとの話し合いでこの事件は冤罪だったと既に立証されている。それから、私はここに書かれていることも含めてクラリッサとの婚約を望んだ」

  コンラッド様の言葉に二人の目が大きく見開かれる。

「冤罪……だった、ですか?」
「そうだ。それを暴露していたら君たちはとんでもない罰を受けるところだった」

  二人はひっ!  と小さく悲鳴をあげた。

「コンラッド殿下が望んだ婚約……」
「噂が流れていただろう?  あれは間違いでもなんでもない。私はクラリッサにベタ惚れなんだ!」
「「!」」

  二人はますます頭を床にこすり付けそうな勢いでわたくしに謝罪し、サマンサ嬢はずっと横で静かに話を聞いていた。
  三人のこれからの関係はサマンサ嬢次第なのだろうけれど、わたくしは今のサマンサ嬢なら、きっと彼女たちを見捨てない……そんな気がした。




  事情聴取を終え、陛下たちにも事の顛末の報告を終え、ようやく様々なゴタゴタが片付いた。
  そのまま部屋に戻ろうとしたところ、コンラッド様が話がある、とわたくしに言った。
  なので、そのまま自分の部屋には戻らずにコンラッド様の部屋へと向かった。
  

「サマンサがあんな風に振る舞うようになったのはクラリッサのおかげかな?」
「わたくし?」
「クラリッサから聞いた話をサマンサなりにしっかり受け止めた結果なのだと私は思っているよ」
「……わたくしが話したのは無駄では……なかった?」
「そういうこと」

  (良かった……)

  コンラッド様は優しく微笑んでわたくしの頭を撫でてくれた。
  けれど、すぐにどこか少し切なそうに笑う。

「クラリッサに友人が出来て──それも公爵令嬢なのは心強いものがあるけれど」
「……」
「幼馴染なのは考えものだよなぁ……」
「……」

  (まだ言っているわ)

  複雑そうな表情なのは、情けないという過去の話を暴露されることを気にしているのかと思うと可愛く見えてしまう。
  わたくしはクスッと笑った。

「クラリッサ……」
「?」
「そんな可愛い顔で笑うのは狡い────」

  (あ……)

  コンラッド様の顔が近づいて来て、チュッと唇が額に触れる。
  すぐに離れてしまったその感触を寂しく思いコンラッド様の目を見つめた。

「その目も狡いんだ、もっとしてと言ってくるから───」
  
  そう言われて今度は唇に……という所でわたくしはハッと思い出した。

「────手紙!  コンラッド様、手紙のことを説明してくださいませ!」
「っ!」

  すんでのところで止まったコンラッド様がそのまま硬直する。
  そして、気まずそうに目を逸らそうとする。

「あれは明らかにお兄様の字体でしたわ!  手紙……届いていたのですね?」
「……」

  コクリと無言で頷いたコンラッド様がそのままわたくしをギュッと抱きしめる。
  そして、耳元で小さく囁いた。

「……最初の手紙……本当は帰国の寸前に渡されていたんだ」
「え?」
「ふざけるな!  と言ったんだけど、必死に頭を下げるんだよ……いつか、クラリッサに手紙を渡しても構わない───そう思える時が来たら私の判断でクラリッサに渡して欲しいって」
「……」

  全然知らなかった。コンラッド様はいったいいつお兄様たちと顔を合わせていたのかしら?

「それから、この手紙には“クラリッサへの冤罪”についてを記しておいたから、と。もし、プリヴィアでクラリッサがこの件で誰かに責められるような事態が起こった時は使ってくれ……とね」
「それで、コンラッド様は手紙を懐に忍ばせていたのですね?」
「そうだ」

  (あの時、言っていた「アレ」ってこれの事だったのね……)

「それからも定期的に手紙が届いている。どうする?」
「……」

  そっとコンラッド様から身体を離す。
  そして渡された手紙をじっと見つめた。

「……たとえ、これを読んでもわたくしの気持ちは……」
「うん。彼らから受けた仕打ちを許す必要はないよ」
「……返事を書く気には……」
「書かなくていい」
「……」

  コンラッド様のその言葉を受けてわたくしはそっと手紙を開封した。

しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

処理中です...