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第42話 パーティーを終えて
しおりを挟むそうして今度こそ会場から出ていく三人を見送ったら、横から少し情けない声が聞こえてくる。
「……えっと、クラリッサ」
「どうしました?」
コンラッド様は声と同様にどこか情けない表情をしている。
「サマンサとお茶をするのはいいんだけど……」
「コンラッド様はわたくしの昔の話も知っているのに、わたくしは聞いてはダメなのです?」
「……うっ! そんなことは無いが……」
ギクッとしたコンラッド様は、顔を逸らすとすごくすごーく小さな声で「クラリッサの前ではいつだって、かっこいい自分でいたいじゃないか……」と言った。
(そんなこと言わなくても、いつだってあなたはかっこいいのに?)
…………ってそうだわ!
そこで、わたくしはまだコンラッド様に“好き”と自分の気持ちをきちんと伝えていないことに今更ながら気付いた。
「コ、コンラッド様! あの……!」
「?」
このまま勢いで言ってしまおうかと思ったけれど──
(……ハッ! すごい見られている!)
わたくしたちは今、注目を集めている真っ最中!
「え、えっと……お、お兄様からの手紙の件、あとでじっくり聞かせてくださいませ!」
「わ、分かってる……」
さすがに今では無い気がする……と、この場では断念した。
その後は大きなトラブルもなく、パーティーは進行し無事に終了を迎えた。
最後の挨拶を終えた時は、安堵の気持ちでいっぱいだった。
「───どうにか終わったね」
「はい」
挨拶の後、顔を上げたコンラッド様と小声でこっそりそんな会話をする。
関係各所に報告はしておいても、結局、これは自分たちで収めなくてはならない問題だったので本当にホッとした。
「……サマンサたちは別室で事情聴取を受けている。終わったら私たちもそこに合流だ」
わたくしは静かに頷いた。
❋
「……偶然、拾ったのです。そして中身を読んでしまった時は本当に驚きました」
あの場で暴露しようとしていた令嬢の一人は青白い顔で震えながらそう口にした。
「ですが、コンラッド殿下と王女殿下の婚約の話を聞いてから、サマンサ様が明らかにショックを受けていたのでこれを皆の前で明かせば婚約は破談になる……サマンサ様も喜ぶ……そう思ってやりました」
彼女の供述は想像した通りだった。
偶然拾った報告書を怪しむこともなく内容を信じて、詳しく調べることもせずにもう一人に伝えた。そして二人で王女の本性を暴露する。そう決めたそうだ。
本日のパーティーで披露すれば婚約は破談になり、最終的に邪魔者王女は消えてコンラッド様とサマンサ嬢が結ばれるはず。
そう思っての行動だったという。
(もし、本当にそうなった場合に起こりうる問題点とかすっぱり頭から抜けてしまったのでしょうねぇ……)
本当に人って感情だけで突っ走るととんでもないことになるわ。
そう実感させられた。
なんであれ、これだけはハッキリさせてもらう。
「……そこに書いてあることは、半分真実で半分は誤解です」
「え?」
「半分……?」
わたくしのその言葉に、ごめんなさい、ごめんなさいとずっと泣きじゃくっていた二人が顔を上げる。
「わたくしが愚かなことをしていたのは事実。ですが、殺人未遂の件については誤解です」
「ご、かい……?」
「そうだ。ランツォーネとの話し合いでこの事件は冤罪だったと既に立証されている。それから、私はここに書かれていることも含めてクラリッサとの婚約を望んだ」
コンラッド様の言葉に二人の目が大きく見開かれる。
「冤罪……だった、ですか?」
「そうだ。それを暴露していたら君たちはとんでもない罰を受けるところだった」
二人はひっ! と小さく悲鳴をあげた。
「コンラッド殿下が望んだ婚約……」
「噂が流れていただろう? あれは間違いでもなんでもない。私はクラリッサにベタ惚れなんだ!」
「「!」」
二人はますます頭を床にこすり付けそうな勢いでわたくしに謝罪し、サマンサ嬢はずっと横で静かに話を聞いていた。
三人のこれからの関係はサマンサ嬢次第なのだろうけれど、わたくしは今のサマンサ嬢なら、きっと彼女たちを見捨てない……そんな気がした。
事情聴取を終え、陛下たちにも事の顛末の報告を終え、ようやく様々なゴタゴタが片付いた。
そのまま部屋に戻ろうとしたところ、コンラッド様が話がある、とわたくしに言った。
なので、そのまま自分の部屋には戻らずにコンラッド様の部屋へと向かった。
「サマンサがあんな風に振る舞うようになったのはクラリッサのおかげかな?」
「わたくし?」
「クラリッサから聞いた話をサマンサなりにしっかり受け止めた結果なのだと私は思っているよ」
「……わたくしが話したのは無駄では……なかった?」
「そういうこと」
(良かった……)
コンラッド様は優しく微笑んでわたくしの頭を撫でてくれた。
けれど、すぐにどこか少し切なそうに笑う。
「クラリッサに友人が出来て──それも公爵令嬢なのは心強いものがあるけれど」
「……」
「幼馴染なのは考えものだよなぁ……」
「……」
(まだ言っているわ)
複雑そうな表情なのは、情けないという過去の話を暴露されることを気にしているのかと思うと可愛く見えてしまう。
わたくしはクスッと笑った。
「クラリッサ……」
「?」
「そんな可愛い顔で笑うのは狡い────」
(あ……)
コンラッド様の顔が近づいて来て、チュッと唇が額に触れる。
すぐに離れてしまったその感触を寂しく思いコンラッド様の目を見つめた。
「その目も狡いんだ、もっとしてと言ってくるから───」
そう言われて今度は唇に……という所でわたくしはハッと思い出した。
「────手紙! コンラッド様、手紙のことを説明してくださいませ!」
「っ!」
すんでのところで止まったコンラッド様がそのまま硬直する。
そして、気まずそうに目を逸らそうとする。
「あれは明らかにお兄様の字体でしたわ! 手紙……届いていたのですね?」
「……」
コクリと無言で頷いたコンラッド様がそのままわたくしをギュッと抱きしめる。
そして、耳元で小さく囁いた。
「……最初の手紙……本当は帰国の寸前に渡されていたんだ」
「え?」
「ふざけるな! と言ったんだけど、必死に頭を下げるんだよ……いつか、クラリッサに手紙を渡しても構わない───そう思える時が来たら私の判断でクラリッサに渡して欲しいって」
「……」
全然知らなかった。コンラッド様はいったいいつお兄様たちと顔を合わせていたのかしら?
「それから、この手紙には“クラリッサへの冤罪”についてを記しておいたから、と。もし、プリヴィアでクラリッサがこの件で誰かに責められるような事態が起こった時は使ってくれ……とね」
「それで、コンラッド様は手紙を懐に忍ばせていたのですね?」
「そうだ」
(あの時、言っていた「アレ」ってこれの事だったのね……)
「それからも定期的に手紙が届いている。どうする?」
「……」
そっとコンラッド様から身体を離す。
そして渡された手紙をじっと見つめた。
「……たとえ、これを読んでもわたくしの気持ちは……」
「うん。彼らから受けた仕打ちを許す必要はないよ」
「……返事を書く気には……」
「書かなくていい」
「……」
コンラッド様のその言葉を受けてわたくしはそっと手紙を開封した。
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