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第36話 分かってしまう気持ち
しおりを挟むそれでも、わたくしはそのまま続ける。
「前回のわたくしは、サマンサ様のお話を聞いているばかりでしたから。今日はわたくしの話をしたいなと思ったのです」
「そ、そうです、か……」
サマンサ嬢は戸惑っている。
きっと、わたくしのことを調べたサマンサ嬢は、わたくしが偉そうな態度を取って、
「コンラッド様はわたくしのことを愛しているのよ! いいかげんに諦めたらどうかしら?」
くらいのことは言うと思って身構えていたのかもしれない。
(そんなことは言えないし、言わないわ──……)
確かにコンラッド様は、こんなわたくしのことを大切に想って愛してくれている。
でも、そのことを優位に感じてサマンサ嬢に事実を突き付けるのはきっと違う。
本音はもちろん、コンラッド様のことは早く諦めて欲しいし、わたくしも譲る気はないわ。
でも、それはサマンサ嬢自身が自分の気持ちと向き合って決めること。
「聞いてくれますか?」
「え、ええ……」
「……ありがとうございます」
表情はまだ引き攣っているけれど、とりあえず頷いてくれたのでホッとした。
「───サマンサ様。実はわたくし……」
「……」
サマンサ嬢は、変な緊張した空気に耐えられなくなったかそっとお茶のカップを手に取り二杯目を飲み出す。
「この国に来る前。ランツォーネにいた頃は、我儘で傲慢で身勝手な性格で……自分は誰からも愛されている存在だと信じて疑っていない愚か者だったのです」
ゴフッ
「サマンサ様!?」
ああ、大変! サマンサ嬢がお茶を吹き出してしまった。
ゲホゲホとむせてしまっている。
とても苦しそう……ええ、確かにいきなりこんなこと言われたら驚くわよね……と申し訳ない気持ちになる。
「ケホ……お、王女殿下? あなた、な、なんの話を……ケホッ……」
「───今、ここにいるわたくしが我儘で傲慢で身勝手……そんな性格をきちんと改められたかはともかく…………自分が誰からも愛される存在だとは信じられなくなりましたが」
「え?」
サマンサ嬢が明らかに戸惑いの表情を浮かべている。
「国にいた頃のわたくしは、好き勝手に振る舞い、何をしても許される……本気でそう思っていたのです」
「え? ちょっ……」
「…………わたくしには大好きだった護衛騎士がいました。しかし、愚かなわたくしは彼も自分のことを好きで愛してくれているのだと大きな勘違いをしていました」
「か、勘違い……?」
「ええ、勘違いです。それが愚かな王女であるわたくしの初恋ですわ」
わたくしは静かに微笑み浮かべて続ける。
だけど、サマンサ嬢はなんとも言い難い表情をしていた。
「ですが、彼はわたくしではなく別の女性を選びました。しかし、わたくしはその事実を受け入れることが出来ませんでした」
「え……?」
「“本当に彼が好きなのはわたくしなのに”“ああ、きっと彼はあの女に騙されているのよ”……受け入れることの出来なかったわたくしは都合よくそう考えました」
「……っ」
……サマンサ嬢の目が大きく開かれた。それに顔色が少し変わった気がする。
きっとわたくしの気持ちが分かってしまったのだと思う。
だって、わたくしが口にしたその感情は今、サマンサ嬢がわたくしに抱いている気持ちそのものだろうから───
「そして、そんな嫉妬の心はいつしか憎しみに変わります」
「に……憎しみ……」
「そうです。“あの女さえ居なければ”と」
「───っ!」
わたくしのその言葉にサマンサ嬢はヒュッと息を呑んだ。
「そして愚かなわたくしは、その女性の事が許せず、彼女に対して嫌がらせを開始しました───……」
「そ、そん……」
「そ?」
「……っ!」
サマンサ嬢は何かを言いかけて悔しそうに口を噤んだ。
表情もなにか言いたそうな様子。
「……」
───そんなことをしていた女が、王子妃……コンラッドの妃になるなんて!
おそらく今、サマンサ嬢はそう言いたかったはずだ。
だけど、言えなかった。
だって、またしてもわたくしの気持ちが分かってしまったから。
「ですけれど、そんな卑怯で愚かなことをしたわたくしには大きなしっぺ返しが待っていました」
「しっぺ返し……?」
「バチが当たったのでしょう。最終的にわたくしは、殺人未遂の濡れ衣をきせられました。被害者はもちろんわたくしの好きだった護衛騎士が選んだその彼女です」
ガターンッ
突然、サマンサ嬢が勢いよく立ち上がったせいで、椅子が倒れてしまっていた。
「そ、その話って……」
「わたくしはやっていない───何度訴えてもその主張が受け入れられることはありませんでした。当然ですよね、本当に愛されているのは自分だと愚かな勘違いをして彼女に嫉妬し勝手に憎んで嫌がらせをしていたのですから。そんな女の主張など信じられるはずがありません」
「ほ、本当に愛されているのは……か、勘違い……」
そう呟くサマンサ嬢の目がどこかうつろになっていく。
わたくしは一呼吸おいて、お茶を一口飲んでから続けた。
「───ですが、実は先日、殺人未遂……その疑いはどうにか晴らすことが出来ましたの」
「…………えっ!?」
「全部、コンラッド様のおかげです」
「コンラッド……の?」
サマンサ嬢の瞳が大きく揺れる。
「はい。コンラッド様だけはわたくしの無実を信じてくれていました」
「───は? ちょっ……ちょっと待って!」
「はい?」
───ちょっと待った! が入ったのでわたくしは首を傾げた。
「……コンラッドは……お、王女殿下のその話を知って、いた、のです……か?」
「ええ、嫌がらせのことも、殺人未遂のことも知っていました。そうして先日、冤罪を晴らすための協力をしてくれました」
「──!」
サマンサ嬢が言葉を失って呆然とした様子でわたくしの顔を見ている。
そんな彼女の顔を見ながらわたくしは心の中で願う。
(──お願い。気付いて! もし今、わたくしの噂を流したら自分がどうなってしまうのか!)
「……」
少しの間、放心していたサマンサ嬢が無言のまま椅子を元に戻して座り直す。
そして、静かに口を開いた。
「え……冤罪、だったの、ですか?」
「はい、殺人未遂に関しては。ですが、嫌がらせは本当にしたことです。そのことは何度反省しても足りない、そう思っています」
「そんな……コンラッド……知って、た……知っていて……王女殿下と婚約、した? なんで!?」
「……それは」
サマンサ嬢が混乱してそんな言葉を発した時。
「───理由は一つだ。私がクラリッサのことをずっと好きだったからだ」
「!」
(え? この声……)
部屋の入り口から聞こえて来たその声にわたくしとサマンサ嬢が慌てて振り返る。
「コンラッド……!」
(なぜ? ややこしくなると大変だから、おとなしくしていると言っていたのに……!)
そこには来ないはずのコンラッド様が立っていた。
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