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第28話 愚かな元宰相
しおりを挟む(ツルッ……て言いかけたわ、コンラッド様……)
その様子に内心で笑いをこらえていた、その時。
うわぁぁぁーーという聞き覚えのある声が会場内に響いた。
「───待て!」
「くっ……し、知らん! 離せ! これは何の話だ!」
元宰相が大暴れしていた。
逃げようとしたところを捕まえられて騒いでいる。
「離しませんよ? コソコソとどこに行こうとしていたのですか?」
「ど、どこでもいいだろう!? ───くっ! 離せぇ!」
捕まえてくれているのは、トゥライトル侯爵。
わたくしもコンラッド様も元宰相の近くにはいられないので、逃げられることのないようにとずっと見張ってくれていた。
「分かりやすい人だね」
「ええ……これでは“私には疚しいことがあります”と自分で暴露しているようなものですわ」
わたくしとコンラッド様が顔を見合せて囁き合う。
「───アルマ……なぜ、さっきから黙っているんだ!」
「……」
「どうして話してくれなかった!」
「……」
「なぁ……まさか、本当に……あの転落事故は……」
一方で、ジャンとアルマの様子は変わっておらず、ジャンの問いかけにアルマは真っ青な顔で震えているだけ。
(父親まで矛先が向かった今となっては、アルマも下手なことは言えないわよねぇ……)
「───自業自得でしかないのに、職務を終われた元宰相は、クラリッサだけでなく自分に処罰を下した王家にも恨みを募らせた」
コンラッド様のその言葉に、王家にまで!? と驚きの声が上がる。
お父様やお兄様たちも驚いた顔を見せる。
「王女を溺愛するだけの腑抜けた国王は娘可愛さに宰相という地位から自分を降ろした──そんな風にね」
淡々とコンラッド様が話を続ける中、件の元宰相は「離せ、離せぇぇ」と騒いでいた。
警備も駆け付け、トゥライトル侯爵と一緒に押さえ付けてくれている。
「王女も含めた王家に恨みを募らせた元宰相はそこで、娘を使って皆を陥れる計画を立てた───ということなのだけど、何か言い訳はありますか? 元宰相殿?」
「……き、貴様ぁ!」
元宰相は真っ赤な顔でコンラッド様を睨む。
対してコンラッド様は元宰相に向かってにこっと微笑みを向ける。
「あぁ、そうでした。昨年のパーティーでは随分と酷い言葉をありがとうございました」
「……んぐっ!」
「これが一国の宰相がする振る舞いなのかと、内心ですごく驚かせていただきました」
「きっ!」
元宰相はますます顔を真っ赤にする。
「あ、あの時の男性が、プリヴィアのお、王子だなんてあの時の私に知れるはずが──」
「何を言っている? 私が誰か知っていようと知っていまいと、そもそもあなたのとっていた行動は人として褒められた行為ではないだろう?」
王女の誕生日パーティーという席で酔っ払ったあげく令嬢に絡む。そして、止めに入った男性にまで怒鳴らり散らす……
そんなの愚かで情けない行動としか言えない。
「──王女が……いえ、私の愛しいクラリッサがあの場であなたを止めていなかったら今頃、プリヴィアとの国際問題にまで発展していたかもしれませんが?」
「な!」
コンラッド様はお忍び入国だったことを棚に上げつつも、元宰相を脅し始めた。
「国際問題への発展を防ぎ、あなたの大好きなお酒までたっぷりプレゼントしてくれたクラリッサのどこに恨みを抱く必要が? ここはむしろ感謝するべきでは?」
「───あ、頭から! こっちは頭からワインをかけられたのだぞ!? どこに感謝する要素がある!?」
「ええ? でも、あの時クラリッサも言っていたが、ツルツルの頭も更に冷えて丁度よかっただろう?」
(───言った! ツルツル言っちゃった!)
コンラッド様の大胆発言に今、会場の心は一つになった。
「ツッ……!」
「はい、ツルツル。今日も素敵に光っている」
「ひかっ!」
コンラッド様が煽ったので、元宰相はこれ以上は無いというくらい怒りで全身が真っ赤になった。
「あぁ、そんなに興奮すると毛根が死滅する…………ってもう生えないから関係ないか」
「……なっ! 生え……」
最大の嫌味とも取れるコンラッド様の独り言を拾った元宰相が、ますます真っ赤になってコンラッド様に向かって怒鳴る。
(これは本当に毛根死滅しそう……)
そう言いたくなるくらい元宰相は怒り狂っていた。
「き、貴様ぁ! たかがプリヴィアの第三王子如きが!」
「───たかが第三王子如き……それは、ランツォーネからプリヴィア王国への侮辱として受け取っておきましょう」
チラッとコンラッド様はお父様に視線を向けた。
コンラッド様のその言葉と視線にお父様の顔は青くなっていた。
国として抗議を受けることを想像したせいね。でも……
(…………お父様は気付いているのかしら?)
この会場にはお忍びで来ていたコンラッド様(と、わたくし)以外にも他国の者がいることを。
先程からのこの事態が彼らの目にどう映っているのかを──……
(もう、手遅れでしょうけどね)
ランツォーネは、確実に見放される。
せめて、次期国王となる予定の王太子であるお兄様が混乱を鎮めることが出来ていれば、まだ望みはあったかもしれないけれど、お父様と一緒にオロオロしている姿しか見せていないこの状態では完全に終わりだわ。
わたくしがそんなことを考えている一方で、コンラッド様は元宰相を更に追い詰める。
「と、まあ……あなたの髪の毛と毛根事情は置いておくとして……」
「貴様! いい加減に……」
「──クラリッサが、父親である国王に殺人犯とまで呼ばれて嵌められた一連の事件。それを裏で手を引いていたのは全てあなただ」
ぐっ……元宰相が黙り込む。
「娘のアルマが思惑通りクラリッサの護衛騎士を誘惑し、これまた思惑通りクラリッサはアルマを標的に嫌がらせを開始してくれた」
「……」
「そこであなたは、クラリッサを決定的に陥れて、ついでに王家にも非難が向く方法を考えた」
「い、いい加減にしろ! なにを適当なことを……!」
「それが、あの転落事故だ。計画に多少の粗があっても、すでにクラリッサがアルマに嫌がらせを行っているという証拠も証言も沢山握っている。クラリッサを嵌めることなんて簡単だっただろう」
わたくしはあの日、自らの意志でバルコニーへと向かったけれど、きっとわたくしが自分から行くと言わなくても、護衛が「風に当たってきたらどうですか?」とでも言って、そう仕向けるつもりだったに違いない。
「そうして目論見通りに事故は起きた。しかし、ここで予想外のことが起こる」
「……」
「クラリッサは国王や兄王子たちに見るからに愛されていた。だから、あなたは彼らがクラリッサを守ると思っていた。そこを非難して追求するはずだったのに──」
元宰相もお父様たちの愛がこんなに薄っぺらいものだとは思わなかったのでしょうね。
「結果、クラリッサを嵌めることには成功したが、王家まで陥れることまでは叶わなかった」
「……っ」
元宰相は悔しそうに唇を噛む。
「せめて、罪人にさせられたクラリッサが、無実を訴えて暴れてくれれればもう一度チャンスが……とも考えただろうが、クラリッサ本人は冤罪を訴えることもやめて、罪を受け入れて大人しくなってしまい王家を叩く要素は無くなってしまった。これも誤算だっただろうな」
「……」
「だから、本日、私とクラリッサがこの場に現れ国王の断罪を始めた時、私の正体を知って少し怯えてはいたがどこか嬉しそうだった。私とクラリッサがこんな形でパーティーに乗り込んできたというのに──まさか、あなたの行いがバレていないとでも思ったか?」
「ぐっ!」
コンラッド様にジロリと睨まれた元宰相は最後の反論を試みる。
そう。こういう時に一番やってはいけない、自分だけは助かりたい精神で仲間を切り捨てるという方法で───……
「し、知らん! 転落事故の被害者が娘だったから? そんなことで私を犯人扱いするな! これはアルマが王女殿下を恨んで勝手にやったことだ!」
元宰相は娘を切り捨てることを選んだ。
「───そ、そんな! お父様……酷いわ! 私はお父様に“こんなことになったのは王女殿下と王家のせいなんだ”と言われたから──……」
そのせいで、耐え切れなくなったアルマの自白が開始した。
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