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第21話 祖国へ
しおりを挟むそうして、いよいよコンラッド様とわたくしは、ランツォーネ国に向かうことになった。
その馬車の中で───
「……クラリッサ」
「……」
向かい側に座ったコンラッド様が、わたくしの名を呼んでいる。
でも、わたくしはチラッと視線を向けるだけで返事をしない。
「クラリッサ……」
「っっ!」
そんなシュンッとして捨てられた犬のような顔をされても、わたくしは……!
絆されたりなんかしない……しない……しない……しな……
(もう! なんてずるい人なの!)
「……なんですの?」
「クラリッサ! ようやく声が聞けた!」
「っっ!」
コンラッド様の顔がパアッとたちまち明るくなる。
そんな嬉しそうな顔するなんて……その顔を見るだけで胸がキュッとなる。
───本当に本当にこの方は狡い人よ。
「キスと抱っこして歩いたこと……まだ怒ってる?」
「怒っ……てはいない、ですけど、は、恥ずかしかったです!」
「城中、結構な騒ぎになってしまったね」
ははは……ではなくってよ!
「でも……」
「!」
コンラッド様の手が私の頬に伸びる。そして優しく撫でられた。
「私は可愛く照れるクラリッサの顔が見られたし、たくさん触れられたし、皆にクラリッサは私の可愛い婚約者だってアピール出来たからいいことしか無かったよ?」
「……そんなに、わたくしのことが好きなんですの?」
「ああ!」
なんの邪気もなく笑って即答するその顔が眩しすぎて私の胸は破裂しそうなくらいドキドキしてしまった。
「……と、まぁ、愛しのクラリッサへの愛を囁くのは一旦ここまでにして、少しこの後のことを話そうか?」
(一旦? 続きがあるということ!?)
色々、追求したいことはあったけれど、これからの話の方が大事なのでわたしくしはコンラッド様の話に耳を傾けることにした。
「ランツォーネへの入国方法と入国してからのことだけど、とりあえずは、普段、私がお忍びで使っているルートから入ろうと思う」
「……はい」
コンラッド様はこれは帰国ではない、そう言ってくれたけれど、さすがに正面から堂々と乗り込んだら警戒されてしまう。
そうすると調べたいことも調べられない。だから今はまだ大人しくしておく。
ただ──……
「大丈夫でしょうか?」
「私の協力者のこと?」
「……はい」
コンラッド様をランツォーネに手引きをしてくれている人は、王女であるわたくしのことを見たら──
「クラリッサ。大丈夫だ」
コンラッド様の手が優しくわたくしの頭を撫でる。
「コンラッド様?」
「……クラリッサは、牢屋にいる時も釈放されてからも、ずっと悪意にさらされていたせいで皆が君を恨んでいる……そう思っているかもしれないけどね? 実際はそんなこと無いんだよ」
「……え?」
「少なくとも、私の協力者には今回、妻となる女性も連れて行くと連絡したけれど“来るな”とは言われていない」
「……それ、は」
クラリッサ王女だと分かっていないのでは? という疑問は次の言葉でかき消された。
「もちろん、私の妻となる女性が誰のことなのかはその人も当然知っている」
「そう……なのですね」
「そうだよ」
コンラッド様はそう言って笑うと、わたくしの頭をもう一度、優しく撫でてくれた。
その手に撫でられながら思った。
わたくしは皆に嫌われて憎まれていると思い込んでばかりで全然周りが見えていなかったのかもしれない──と。
❋
「……コンラッド様は商人のフリをして入り込んでいたんですね?」
「うん? その時々によるよ。入国してからは他国の貴族を名乗っていることもあるし。あ、クラリッサのパーティーに参加した時は貴族のフリをしていたね」
「……」
(あっさりそう言っているけれど、よくよく考えるとこれってランツォーネの警備が緩いということなのでは……?)
長旅を終えて、いよいよランツォーネに入国──という所でコンラッド様に変装用のカツラを渡された。
それがあまり貴族らしいものではなかったので、確認したらまさかのこの返答。
「クラリッサ? どうかした?」
「いいえ、ですが……まさか自分の生まれた国にこうしてこそこそ入国することになるなんて、夢にも思わなかったな、と」
(二度と戻ることは無い……そう思っていたのに───)
「……気分は大丈夫?」
「大丈夫です」
わたくしはそう答えるとそのまま顔を上げる。
正直、少し怖いと思っていた。色々なことを思い出してもっと苦しくなるかとも思っていた。
けれど、そんなこともなくて今、穏やかな気持ちでいられるのは、こうしてコンラッド様がいてくれるから。
「さぁ、行くよ。クラリッサ」
「はい」
わたくしは差し出された手をしっかり握って、再び祖国へと足を踏み入れた。
❋❋❋
それから。
入国してからのコンラッド様の動きは凄かった。
すでに手に入れていた情報の裏付けを取ったり証言を聞きに行ったり……
(わたくしは役立たずだわーー……)
自分が下手に動けないことを差し引いてもそう思った。
「……クラリッサ。ようやく警備責任者が吐いたよ」
「え?」
本日も積極的に動き回っていたコンラッド様が戻って来るなりそう言った。
「───パーティー前にバルコニーの会場点検は正確に行われていなかった」
「なっ! どういうことですか!?」
「点検しようとしていた所に、声をかけられて至急の用事が出来てしまい、バルコニーだけ別の者に交代して点検の続きをお願いしていたらしい」
「別の者? その人は交代すると言っておいて実際は点検しなかった? それともその人が細工を?」
コンラッド様はふぅ、とため息を吐くと頷きながら言った。
「おそらく細工だと思うね。なぜなら、代わりにバルコニーの点検をしたことになっているのは、ディーラー侯爵の息がかかった人物だったから」
「ディ……! 本当に何もかもがあの人に繋がるんですね」
「うん」
コンラッド様も頷いた。
───ディーラー侯爵。
彼には離婚歴がある。元妻との間には娘が一人───
その娘こそが、アルマ・リムディラ。
リムディラ伯爵家は侯爵の元妻の実家だった。
(そう。アルマは……あの人の娘……ここでも繋がる)
「ディーラー侯爵はよっぽどクラリッサにワインをかけられたことがご立腹だったのかな……はたまた、他に狙いがあったのか……両方なのかな」
「……」
コンラッド様の集めてくれた様々な情報は全てあのツルッとした頭を持つ元宰相と繋がっていた───
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