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第20話 懸念事項
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ランツォーネ国に向かう準備をしながら、そういえば大事なことを確認していないと気付いた。
(この国の人たちは、わたくしの事件のこと知っているの? 知らないの?)
使用人がよそよそしかったのは、コンラッド様とサマンサ嬢が恋仲でわたくしを邪魔者だと誤解していたからというのは理解したけれど──……
「さすがに、この国にまで噂は流れて来ていないよ」
気になったわたくしは、うじうじ悩むよりコンラッド様にさっさと聞くべきだと思い、時間を見計らって執務室に向かって訊ねてみた。
そして側近たちを部屋から追い出して、笑顔でわたくしを出迎えてくれたコンラッド様の返答は思っていた以上にあっさりしたものだった。
「そ、そうでしたか」
「うん。でも、さすがに父上や母上……王族は知っているけどね」
「!」
(当然、よね……)
コンラッド様はそのまま続ける。
「クラリッサを望んだのは私だけど、国同士の事もあるからさすがに耳には入るよ」
コンラッド様が最初にわたくしに求婚したのは昨年のパーティーの後。
その時は良かったのかもしれない。でも一年経ってあの事件──……
「は、反対されたり……は」
「……」
神妙な顔で黙り込んでしまった。
一年も縁談を断り続けて、さらに厄介な事件を起こした国の王女など普通は反対するに決まっている。
でも……
「……その場に自分もいたことを打ち明けてね、クラリッサの冤罪なんだと説明した」
「え?」
「それでも半信半疑のようだったから、先入観や思い込みで決めつけないでクラリッサ自身を見てくれ! 絶対に婚約の打診は取り下げない! そう説得した」
「コンラッド様……」
コンラッド様の想いに胸が熱くなる。
改めて思う。勝手に身を引かないで良かった。
そんな事をしていたら、わたくしのために必死に説得してくれたコンラッド様だけでなく、息子の思いを信じてわたくしを迎え入れようとしてくれた人たちの気持ち……全てを踏み躙るところだった──……
「だから、父上たちはいいんだ。ただ……」
そこで、コンラッド様の表情が少し翳る。
「ただ?」
「私がクラリッサと婚約したことで、クラリッサとランツォーネ国について調べようとする者は必ず出てくる。だから、そう遠くないうちにこの国の人たちの耳にも入ってしまうと思う」
「……!」
言われてみれば当然だった。
お父様たちは事件を隠蔽することはしなかったし、ランツォーネ国内にもあれだけ広がっていたのだから。
(あぁ、だからコンラッド様は今のうちに決着を付けさせようとしているんだわ)
「ごめん」
そこで、何故かコンラッド様がわたくしに謝ってくる。
「……たとえ、冤罪だったことを証明出来てそれを公にしたとしてもクラリッサを疑惑の目で見る人は必ず出てくる。そういう意味ではこの先、君は辛い目に──」
「──コンラッド様、そんなの今更ですよ?」
「え?」
悲痛な表情を浮かべるコンラッド様に、安心して欲しくてわたくしは微笑みを向ける。
この方は本当にわたくしのことばっかりだわ。
「こう言うのもおかしな話ですが、そんなものは向こうの国で慣れました! だから心配要りません! それに……」
「それに?」
コンラッド様は不安そうな目でわたくしを見る。
「あなたがいてくれるじゃないですか」
「クラリッサ……」
「向こうではわたくしを庇い信じてくれる人なんていませんでした。でも、今は違いますよね?」
(たった一人でもいい。信じてくれる人がいる。それだけで全然違うから──)
あなたがわたくしを守ってくれるのでしょう?
そんな目でコンラッド様の目を見つめたら、ガバッと抱きしめられた。
「クラリッサ」
「はい」
「────愛してるよ」
(あ、愛っ!)
コンラッド様がわたくしの耳元でそう囁いた。
びっくりして身体を離して逃げようとしたのに、がっちり捕まっていて動けない。
いくら人払いしていても、恥ずかしいものは恥ずかしいというのに!
「───クラリッサ」
そうしてわたくしが顔を赤くしていると、そっと顎に手をかけられて上を向かされる。
え、なに?
と、思う間もなくコンラッド様はわたくしの唇にチュッとキスをした。
❋
「───お、下ろしてください」
「ダメ」
「ひ、一人で歩いて部屋に戻れますわ!」
「でも、クラリッサ、腰抜かしたよね?」
「……うっ」
コンラッド様による不意打ちのキスのせいで、わたくしは腰を抜かしてしまった。
そうして動けなくなったわたくしをコンラッド様は軽々と抱き上げると、部屋まで送るなどと言い出す。
そして、止めるのも聞かずにコンラッド様はそのままわたくしを抱き抱えてスタスタ歩き出すと部屋を出た。
部屋を出ると、扉付近に追い出されていた側近たちが控えていたけれど、まさか王子が婚約者を姫抱っこして出てくるなんて夢にも思っておらず、目を丸くしてわたくし達のことを見ていた。
(顎が外れるのでは? というくらい大きな口を開けて間抜けな顔を晒していましたわよ?)
その後も、コンラッド様は皆の視線を我関せずといった様子で廊下を歩く。
その際にすれ違う使用人たちも、とにかく驚いた顔をして最低三度見くらいはしていたように見えた。
「み、皆様が見ています!」
「うん、見せつけておこう!」
わたくしの訴えを爽やかな笑顔で流すコンラッド様。
「コンラッド様!」
「だってほら、そう振舞った記憶もないのにサマンサとの噂が流れたからね。最初からこうしておけば良かったんだ」
「こうって……」
「こうしておけば私の最愛はクラリッサなんだって、目が節穴でもない限り分かるだろう?」
「~~~!」
そしてこの後、コンラッド王子が鼻の下を伸ばして、これまで見たことがないくらいのデレデレの顔をしながら婚約者となった王女を抱っこして闊歩していたと城中で騒ぎになった。
❋ ❋ ❋
───その頃。
「コンラッドが、王女を抱っこしながら鼻の下を伸ばしてデレデレしていたですってーーーー!?」
「は、はい。サマンサ様……その、お城の者たちはもうその話で持ち切りで……サマンサ様のことなどすっかりどこへやら……」
「嘘でしょう!? 私とコンラッドには十年以上の絆が……!」
サマンサはそう食いつくけれど、侍女は首を横に振った。
「サマンサ様と殿下の絆は、王子と王女の新しいロマンスに塗り変わっております」
「はぁ!?」
意味が分からない。
権力を笠に着せて現れた政略結婚の王女のせいで、無理やり引き裂かれた幼馴染の恋はどこに行ったの!?
「その……なんでも、殿下はデレデレしながらも、愛おしそうに王女のことを見つめていて……」
「なっ!」
「王女殿下も可愛らしく頬を真っ赤にしていて……」
「ちょッ……」
「二人から漏れ出る空気の甘さに、鼻血を噴いて倒れた者がいたとかいないとか……」
(そんな馬鹿な話! 信じるものですか!)
自分の知っているコンラッドはデレデレもしないし、鼻血を噴いてしまうような甘い空気なんて出さない男よ!
これは、何かの間違い……
サマンサはギリッと唇を噛む。
「本当ならそこには私がいたはずなのに……!」
もともとコンラッドの帰国にあわせてお城に行くつもりでいた。
なのに、お父様からしばらくお城への立ち入り禁止を言い渡されてしまっていた。
(その間にこんな事になるなんて……)
これは、あの王女がコンラッドに何かしたに違いない!
いったい何者なのよ、あの王女は!
蹴落としてやる! どんな事をしても蹴落としてやるわ!
「───……ランツォーネ国」
サマンサはどこか意味深にそう呟いた。
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